第3話 卑怯者のすることだぞ!

 久しぶりに講義に出席した。一番前の席で教諭の講義を聴いてみたが、親に教わったことの繰り返しばかりだった。


 騎士は魔導士よりもずっと以前に生まれた技術体系だ。


 剣、槍、斧、弓、盾を状況に応じて使い分けることが古い騎士の在り方だったが、現在ではそれは非効率的とされ、四種の武器にそれぞれ盾を組み合わせた四つの流派が今では主流である。


 さらに流派ごとに派閥が生まれ、俺は代々家に伝わるフィッシャーマン槍術という絶滅危惧種みたいな派閥にいる。

 このフィッシャーマン槍術がまたふざけた槍術で、古臭い長槍を両手で持ち、中振りの盾を鎧前面にある三本のフックに引っ掛けるというアホの極みみたいなダサさである。しかも、斧や剣、弓も状況に合わせて使えるように腰当てが賑やかなのだ。


 即戦力を求める現代の戦場でこれほど時代遅れで扱い辛い騎士はそうお目にかかれないだろうし、そうなりたくない。


 俺は、絶対的優位さの上にあぐらを掻いて見下してくる魔道士を殺す騎士になりたいのだ。




 昼食はポテトスープだけで済ませ、残りはアレンに横流しした。


「どうした、ビョーキか?」


 アレンが吐いたのは俺を心配してくれているようなセリフだが、見れば全然そんなことなさそうな食いっぷりで、むしろ嬉しそうにしている。餌付けしているようで楽しいな。


「アホ。胃に物が残ってたら決闘中にゲロ吐くだろ」


「いや、今までそんなことしなかったろ」


「今日はそれだけ本気ってことだよ」


「ひっでぇ」


 アレンは食べカスを飛ばしながら笑う。汚え。


「ま、ほどほどに頑張って負けてくれや」


「お前いつか泣かす」


「ひえー、怖い」




 決闘場は魔法を使い易くするために足場が土だったり水路で囲まれていたり、壁一面に間隔をあけて火のついた松明がかけられていたりする。


 入場した時の彼我の距離は百メートル近くあるし、遮蔽物のない地形だから隠れようがない。どこを取っても、魔導師対騎士では魔導士が圧倒的有利な戦場となっている。


 見慣れた決闘場の向こう側に、人影が現れる。本来、決闘は二人が入場した時点、つまり今から始まるのだ。それは遠くに見えるリュートも同じだろう。


 空気を震わせるほど大きな観客の怒号。いつもより激しいそれがリュートの入場でより大きく圧を増した。こんなに空気が乱れていては、不可視の風属性魔法も弱体化してしまうだろう。


「さて……」


 左手で腰の後ろから弓を取り、右手は矢筒から矢を抜く。

 構えは一瞬。狙いは初めから。引いて、放す。


 矢が風を切る音は歓声や怒号に紛れて聞こえない。

 百メートルも先の的に当てられるほど俺は名手ではないが、的の近くをそれとなく射ることなら出来る。まぐれ当たりに期待したいが、遠目に見えた火球がそんな期待を焼き消してくれた。


 山なりに飛ぶ矢に対し、直線に飛ぶ火球。当然、リュートの行使したファイアボールは俺の矢を焼いてからは明後日の方へ飛んでいく。それを目で追い、射程距離を目測する。

 およそ八十。


「咄嗟のファイアボールにしては飛びすぎだろ……」


 やはり、リュートは世界に愛されている。


 弓を捨て、代わりに左手で盾を構え走り出す。真っ直ぐリュートへ向かうのではなく、右手側に壁を置きながら駆ける。


 リュートのいる方角からウィンドアローが高頻度で飛んでくるが、音の波に乱され俺という的を外し闘技場の壁を穿っていく。


 ……は!? 穿っ……なんて!?


 びっくりして壁を見ると、目の前で留め具がひしゃげ松明が中に弾け飛んでいった。


「嘘だろ……」


 リュートの風属性魔法、全然弱体化してないじゃん。しかも俺の目の前にある松明の留め具を吹き飛ばすほどの精密射撃。


 降参しろと言っている。

 お前は俺より弱いんだと言っている。


「…………」


 ムカつく野郎だ。


 彼我の距離はおよそ七十。普通の魔道士ならこのくらいから第二章のアロー系撃ち込んでくるので、やはりリュートにはそこらへんの常識は通用しない。


 距離およそ五十のところで、ようやくリュートの杖が二本あることが確認できた。

 ウィンドアローにファイアボールを混ぜた緩急のある、可視と不可視の弾幕は傍から見る以上に厄介で、ただでさえ凹みだらけだった盾がウィンドアローをひとつふたつ受け流しただけで上下真っ二つに割られてしまった。


 俺の盾なんかより、リュートの杖だ。

 杖が二本。四本かと思っていたが、どうやら杖の両端にそれぞれの属性を象っているようだ。

 右手の杖は火と風、左手の杖は水と土。彼はファイアボールとウィンドアローを馬鹿正直に交互に行使しているので、右手の杖を回しながら魔法を行使している。


「さては馬鹿だな?」


 リュートは魔導士の例に漏れず体力はないようで、魔法を行使する頻度が少しずつ落ちてきた。しかしそれでも行使される魔法の威力が落ちないのだから、流石と言うべきか。


 俺の方がもっと上手く使えただろうに。


「…………っ」


 二枚になった盾を両手に構え直し、右足で地面を蹴って左に方向転換する。

 壁際から離れた俺に驚いたのか、弾幕が途切れる。この隙を逃さず、右手の盾を鎧のフックに引っ掛け右腰に吊った斧を掴み、リュート目掛けた山なりの軌道で、ぶん投げる!


「死ねやあああああああああ!」


 最初の矢よりも殺傷力の高い斧が飛んできたことに驚いたのか、リュートは右手の杖を上に向けファイアボールで斧を焼こうとする。が、いくらリュートであろうともファイアボールはファイアボール。斧を焼けるほどの火力はない。


 て言うか、偏差射撃が恐ろしく下手すぎて上昇中の斧にファイアボールがかすりもしていない。


 何発か撃ってそのことに気付いたのか、リュートは左手の杖を地面に向け、土塊の第三章・ソイルウォールを行使する。


 俺が投げた斧は土壁に突き刺さり、


「んがっ!?」


 全力疾走でリュートに接近していた俺は土壁に顔を突っ込んだ。


「……ふんっ」


 リュートとの距離は三メートルまで迫っていた。当然、彼の焦った表情はよく見えたし、俺のことを全く警戒せず飛んでくる斧ばかり見ていたのもよく見えた。


 決闘以前に、喧嘩も素人だとわかるくらいよく見えた。


 ついでに、地面から生えた壁の厚さがニメートルはあることもわかったし、なんなら壁が反り返り、影が観客席のものと同化しているのもよく見える。


 それにしても……こんなに柔らかい土壁なのにいつまで立っても崩れないということは、俺が登っても問題ないほど世界に強く存在できているということだろう。


「やっぱ、俺の方が上手く使える」


 神様ってやつは不公平だ。


 魔法を使いこなす才能を俺に与えておきながら、魔法を行使するための魔力というものを与えてはくれなかった。


 俺を由緒ある騎士の家の跡取り息子にしておきながら、長槍も満足に振るえない小さな体を与えやがった。


 ホント、神様ってやつは不公平だ。


「なっ!?」


 土壁を登り、斧を引き抜いて出来た亀裂に何度か蹴りを入れると、土壁がいとも簡単に崩れ落ちリュートの驚く顔と声が聞くことが出来た。


「よう、三流魔導士」


 ホント、魔導士のこの顔を見るために俺は生きて――


「参った、降参! 負けました!」


 俺のモノローグを中断してまでそんなことを言い放ったリュートは、両手の杖を地面に放り捨て、両手を高く天に向かって突き上げていた。その顔にはどこか間の抜けた笑みさえ浮かんでいる。


 なんだ……こいつ……?


「――死ね」


 俺は思わずカッとなって、右手に握っていた斧でリュートの脳天を叩き割ってしまった。

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