第2話 卑怯者で嘘吐きで、性根の腐った誠実な人間です
目的達成のためならあらゆる手段を用意しろ。
騎士の子はそう習うようだが、俺は違った。
誇りのために誇りを捨てろ。
なんのことかと親に聞いても、「いつかわかる」としか返ってこない。
「なあ、お前リュートと決闘するって噂マジ?」
「マジなわけないだろクソボケアレン」
蒸しポテトを狙うアレンの手にナイフの柄尻を突き立てておく。
「そもそも、なんだよその噂?」
「クリスティーヌ様が吹聴してまわってた」
「なんなんだあの人……」
人生に刺激を求めるあまり、とうとう他人を遊び道具にし始めたのか。流石過ぎる。
「とにかく、俺はリュートと決闘なんてしないからな。第一、顔も知らないしな」
「ふーん。俺、お前が負けるの方賭けたから、ホドホドに負けてくれよな」
「だからしないって……え、なに? お前俺が負けると思ってんの?」
「だってリュートだぜ? いくら卑怯者のグレイでも無理だろ」
「この野郎……」
卑怯者のグレイとは、決闘で魔導士科の生徒を「参った」と言わせる間もなく殴りまくった結果に付いた通称だ。魔導士科には全戦全勝だが、騎士科と決闘すると負けが多いことからも由来しているとも俺は思う。
要は、なにか卑怯なことをしているから騎士の分際で魔導士様に勝ててしまうのだ。
「まあ実際、その通りなんだけどな」
「だろ? いやー、楽しみだなー。早くお前の負け姿拝みたいぜ」
「いつでも拝めるだろ」
「魔導士様に負けるところが見たいんだよ」
相変わらず性格のねじ曲がった奴だ。
「あー、あんたグレイだよな?」
「あ?」
さっさと図書館に引きこもってしまおうと昼飯を胃の中に掻き込んでいると、騎士科側から声を掛けられた。
声の主を確認すると、知らない顔があった。肩の腕章から騎士科の三年生だとわかる。先輩は一瞬アレンのことを見たが、すぐに視線を俺に戻した。
「えっと、俺になにか用でしょうか」
「そう! 魔導士科と決闘することになっちまってさ! 明日、代理お願い出来るよな?」
先輩は顔の前で合掌しながらそう聞いてきた。そんなこと聞かれるまでもなく答えは決まっている。
「良いですよ」
「良かったぁー! グレイを代理にして決闘する、つって脅かしたのに、相手が決闘受けちゃってさ! いやホント助かったよ」
「それにしても、魔導士科と決闘なんて珍しいですね」
昔から騎士科と魔導士科とでいざこざがあった時、決闘で解決する風習があった。入学してから二ヶ月間、俺が魔導士科相手の決闘で無敗を誇った結果、騎士科の間では「卑怯者のグレイを代理に立てて決闘するぞ」と魔導士科を脅し、争わずしていざこざを解決することが流行った。
そのおかげか、俺は鍛錬目的の騎士科連中と決闘することが多くなり、滅多打ちにされて図書館で調べものどころではない日が多くなった。
「相手は誰なんですか?」
この時、この質問をしなければ良かった。いや、俺は相手のことを事前に調べてから決闘に臨むのだからしないということはあり得ないし、遅かれ早かれ知ることになるのだからこんな後悔の仕方はおかしな話だろう。
「相手も代理立ててきてさ。リュートって一年。知ってるだろ?」
だけど、気分的に言わせて欲しい。
「聞かなきゃ良かった……」
嬉しそうに肩を叩いてくるアレンが鬱陶しい……。
魔法には火・水・風・土の基本四属性と、聖・闇・時空の特殊三属性、合わせて七の属性がある。
何年か前までは闇と時空は無属性として纏められていたが、今は関係のない話だろう。
魔導士は自身の得意な属性に合わせた杖を媒介として魔法を行使する。普通、二つ以上の属性を扱うにはそれなりの用意や手順が必要となるが、決闘中にいちいち隙を晒してはいられないので大抵は一番得意な属性に合わせた杖を使うのがセオリーだ。
つまり、杖を見るだけで相手がどんな魔法を使ってくるかわかるということ。
モチーフがランタンやロウソクなどなら火属性。
水瓶や流水などなら水属性。
風見鶏や風車などなら風属性。
ショベルや岩石などなら土属性。
光輪や宝石などなら聖属性。
そしてどれにも当てはまらないなら闇属性か時空属性。
決闘が大好きな血の気の多い魔導士科の生徒は基本の一属性だけしか使えない。多い少ないではなく、必ずそうだ。しかも一年生となると、第二章のアロー系までしか使えない者がほとんどだ。
そういう奴等は、魔法を避けながら近付いて魔力切れを起こして疲れている隙に杖を奪い気絶するまで顔を殴り続ければ勝てる。
「ただ、リュート相手には無理だろうな……」
極東の地からの魔導士見習いという話だが、どうも地方によるアレとかソレとか関係なしに、素養からして魔法の質が違うようだ。
魔導士科一年を脅して聞いた話では、無詠唱で第三章の基本四属性を行使できるらしい。
例えば俺が火属性魔法を行使できるとした場合、使えるようになり始めたころは「グレイ・フィッシャーマンによる火炎の第一章・ファイアボール」と一々唱えなければならない。これでも初期の魔法と比べれば短くまとめられた方だが、さらに短く「ファイアボール」だけに省略することを簡易詠唱、なにも言わずにファイアボールが行使できれば無詠唱となる。
魔法は元々あった世界の仕組みを書き換えて行使する神の御業に近いもので、それを無詠唱ともなると相当世界や神様から愛され、特別扱いされているということになる。
第一章の無詠唱は魔導士科ニ年生への進級に必須となる技能だが、第三章まで無詠唱となると卒業生レベル、つまり魔導士見習いではなく新米魔導士レベルだ。ただし、これは基本一属性だけの話。
基本四属性の第三章までを無詠唱なのだから、もしかするとリュートは憧れのクリス先輩よりも強いかもしれない。
「…………」
魔導士の家はより強い血を混ぜて才能ある子孫を遺したがるとよく聞く。だから魔導士科の連中は人一倍かそれ以上プライドが高いし、家名を背負った貴族になると家の名を守るためにひたすら魔法の訓練しかしない。
争いを好むのは、理想と現実のギャップに打ちのめされた落ちこぼれの一年生だけだ。
……俺が負けたら、クリス先輩はリュートと付き合ったりすんのかな。
「ぐあー! 今そんなこと関係ないだろ!」
くそ、でもそう考えると余計に負けたくなくなる。リュートはいつでも基本四属性を行使できるようにしているらしいし、噂では他の三属性まで行使できるとかできないとか。
前世でどんな不幸な目にあったんだよってくらい世界から愛されてんな……。
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