第27話
語り手はとある人物の体験――厳密には、自身がプレイヤーとして参加したセッションの顛末――を語ろうとするが、ときに語り手という立場をも騙る。ゆえに卓上へと持ち込まれる第6~10節で紡がれるその物語は、ほとんどの人間にとって信頼に値しない。
そんな眉唾物にも等しい話の真偽を暴き、突き止め、完膚なきまで言い当てることが聞き手の役目であり、ゲームの勝利条件となる。
語り手を担う僕はその逆で、あることないことのたまって物語の本質を秘するのが使命だ。
具体的には物語に潜めた嘘をひとつも暴かせないか、暴かれた嘘より聞き手の誤解が多ければ使命を果たしたとみなされる。物語の当事者たる探索者のプライバシーはどのみち侵されてしまうのだが、それはそれとして、だ。
換言すれば、トークオブトリップは語り手と聞き手が織りなす審理戦。
その要とも呼べる大事なダイスが今、知子ちゃんのネイルつやめく手によって僕たちの眼前で硬い音を響かせる。
(まずは僕のほうからだ)
これから決められるのは《嘘の権利》。「1D3+1」の数だけ行使可能なこの権利をもって、語り手たる僕はトークオブトリップの舞台に持ち込んだ捕逸くんの物語を守っていく。
簡単そうに見えてこれがなかなか難しいんだ。理由はトークオブトリップに設けられた『語り手が嘘偽りを口にできるのは《嘘の権利》を行使したときのみ』というルールにある。
語り手に際限なく虚言を並べられてはゲームとして成立しない。
そうした都合もさることながら、これはトークオブトリップにおける語り手が本格的な存在であるがゆえの設定だともいえよう。
物語の
「……はい、懐人先輩の出目は3でーす」
(よしっ)
1D3の最大値は『3』だから、僕が手にした《嘘の権利》は計4回。文句なしの最大値だ。
ふつうの聞き手なら険しい表情を浮かべてしまうに違いない。しかしながら、幼なじみの観点から僕の思考パターンを熟知し、なにより嘘を嫌うあまり生ける
「ふうん、そう」
「おやおや部長ときたら余裕
「相手が懐人だもの、当然だわ」
(こっちが負け越してるからって言ってくれるよ)
「続いて《質問の権利》は……っと」
知子ちゃんがふたたびダイスを転がしていく。しかし今度のダイスロールはキーパースクリーンで隠されたシークレットダイス。語り手である僕に出目を見るなど許されない。
わかるのはせいぜい《嘘の権利》より出目が高くなりそうってことぐらいか。なにせ《質問の権利》を決めるダイスは《嘘の権利》より1個多い、2D3に設定されてるからね。
余談だが、このふたつの権利はトークオブトリップのプレイヤーにとって見えない手札だと表現できる。
語り手には聞き手が握っている手札の枚数がわからず、他方で聞き手には語り手がどこで手札を使ったかがわからない。
こうした要点を押さえつつ、いかに自分の権利を効果的に使えるかが審理戦の明暗を分ける。そう言ってしまっても過言ではないだろう。
「はい、部長の出目はこちらになります。ご確認を」
「……そう。わかったわ」
ずらされたキーパースクリーンの裏を
「じゃあぼちぼち始めようか。メモの用意はいいか?」
「その必要があると思って?」
「毎度のように聞き直される身にもなれよ」
「ユキノシタのような前置きに興味はないの。とく語りなさい」
「はいはい」
そんな生返事をしつつ、僕は4つ折りにしたルーズリーフのページ1枚をズボンから取り出した。捕逸くんを主人公として全10節にまとめた《ゲーム倶楽部》のセッションが記録されたハンドアウトである。
以下に読み上げた内容を示そう。
①《ゲーム倶楽部》の部員、
②そんなある日、ふたりは欠勤していたはずの以須野眷を校内で見かけたため跡を追ったが、たどり着いた先の体育倉庫で何者かの奇襲に遭い、意識を失ってしまった。
③ふたりは見知らぬ教室で目覚め、まもなく怪しい校内放送から「生け贄の血と命をささげなさい」と狂った
④ふたりはこの状況を脱するべく廃校のような未知の領域を探索し、《施錠された教室》《カギを守る狼》《かつての被害者の記録》《チョコレート》を見つけた。
⑤露木捕逸の機転によって《カギを守る狼》の脅威を《チョコレート》で打ち破り、ふたりは《カギを守る狼》のせいで調べられなかった教室の安全とカギを確保した。
⑥だが、その教室から進める道は土砂で完全に埋まっていた。よってふたりは手に入れたカギを使い、それまで入れなかった《施錠された教室》を探索することにした。
⑦ふたりはカギを使って《施錠された教室》に入ったが、そこで自らを
⑧互いに力を合わせ、辛くも戦いを切り抜けたふたりは《施錠された教室》から廊下と階段を進み、見慣れた体育倉庫まで戻ることができた。
⑨無事に危機を脱したふたりの告発により、一連の事件は白日の下にさらされた。だが、以須野眷の死亡によって《ゲーム倶楽部》の活動再開は遠のいてしまった。
⑩後日、露木捕逸は退屈していたナコをTRPGのセッションに誘い、ふたりきりでクラブ活動を再開させるのだった。
前述の物語がそっくりハンドアウトに書かれていたわけではない。
僕が読み上げたのは《嘘の権利》をもって虚実を織り交ぜた、いわゆる
――失礼。『物語中の嘘を当てる』というゲームである以上、ここで《嘘の権利》を使わないのはルールに反する。
「すでに審理戦は」なんて調子よく独白したけど、別に自分の意思で攻勢をかけたわけじゃない。ただただ僕が
「露木捕逸、木暮ナコ……」
物語を聞かされた桜花は肘掛け椅子に肘を預け、胸もとで両手の指の腹を合わせる。まるで事件に秘められた謎を思い巡らすロンドンの名探偵だ。
「さしずめ林コンビってところかしら」
そんなこともなかった。
というかまたその呼び方かよっ!? 一言一句同じとか相当な
(お前ら、本当は犬猿の仲なんかじゃないだろ……)
僕は悩ましさから生じた眉間のしわに指先を添えた。
「キーパー、探索者全員のキャラクターシートを」
「はいはいこちらですー」
「ありがとう」
「つーん」
知子ちゃんはぷいと顔を背けながらも、捕逸くんとナコちゃんのキャラシを桜花に手渡した。
聞き手の淡い視線が2枚のB5用紙をなめていく。会社の社長然とした検分ののち、桜花は「そう」とつぶやき、それら一式をろうそくの隣へとぞんざいに置いた。そのはずみに揺れた灯火はおろか、火気に燃えやすいものを近づける行為にすら無頓着というのはいかがなものかと思えてならない。
「『勝手に哀れむな』だなんて、否定でも肯定でもない返事ならごまかせると思っていたのかしら」
「なんのことだ?」
「木暮ナコ――いいえ、私の知らないもうひとりの
芯のある、しんとした目つきで桜花が正視する。心の隅まで洗いざらい洞察されそうな気がして、僕は我にもなくポーカーフェイスを作ってしまう。
「捕逸のプレイヤーが懐人なのは言わずもがな。男性で、名前のセンスが悪くて」
(お前が言うな)
「なにより『動物になつかれやすい』特徴を備えておきながら、実際にペットを所持しているのが木暮ナコなんだもの。探索者同士の関係をヒゲナデシコのように構築できる好材料を動物が絡んだだけで無視してしまう人なんて、あなたぐらいよ」
「キャラシを見ただけでそこまでわかるもんか」
「わかるわよ。幼なじみだもの」
――前言撤回。メタ推理にかけては平成のホームズもかくやといった鋭さだったな。
「それに私はゲームクラブ部長でもある。
「なんだそりゃ。僕ってそんなに気を遣われてたか?」
「権力者の息子と
桜花はしたりげに知子ちゃんを横見する。
「……なんですかその目。やめてくださいます?」
「あら、成海さんは知らないのね。懐人が動物、とりわけてペットが嫌いだってこと」
「はー? それぐらい知ってるに決まってるんですけどー?」
「つまりあなたは不文律を破った木暮ナコではない。そのくせ捕逸を演じたであろう懐人をして協力者と言わしめたとなれば、消去法的にあなたはキーパーとして関与したことになるわ」
「ギクッ」
(見事に鎌をかけられてる)
軽々しい知子ちゃんからぼろが出るのは想定の範囲内だけど、よくもいけしゃあしゃあと真実を看破するものだ。百発百中かよ。
なにがすごいって、一連の推測に偽り言がみじんもないんだよなあ。
恐ろしくうまい話術、僕ですら見透かされちゃうね。
(なんておどけてる場合じゃないか)
僕に協力を申し出る際に知子ちゃんが口にしていたとっておきの作戦。
その要である囁ちゃんの存在に、あと一歩というところまで肉薄されているのだから。
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