第25話

 見上げるほど大きな鉄格子を2枚、両開きになるよう構えた門の向こうには、宮殿と見まごうばかりの白い屋敷がそびえている。あれを極道、すなわち一家の根城だと明かしたところで、ほとんどの人間から失笑を買うに違いない。僕を除くしろ小の全生徒に対して桜花が身元を隠し通せているのも、ひとえにこうしたカムフラージュのおかげというわけだ。

《ゲーム倶楽部》のセッションから3日経った土曜の昼下がり。僕は近所のバス停で知子ちゃんと合流してから、バス移動と徒歩にそれぞれ10分かけて桜花の自宅へと赴いた。

 すべてはあいつとのトークオブトリップを果たすために。

「ひえー……すっごい大きい」

「知子ちゃんは来るの初めてかい? じゃあ驚くのは無理もないかな」

「もちろん知ってはいましたよ、部長の家が豪邸ってことぐらい。ただ、こんなにすごいとは思わなくて……」

 知子ちゃんは驚き半分、ねたみ半分といった調子で目を遊ばせる。

「西洋のお城みたいな外壁に、噴水つきの庭園、おまけに回廊まで……ここって日本でしたっけ? ハウステンボスじゃないですよねー?」

 そこは長崎県なんだよなあ。

 だいたいオリジナルのほうに庭園と呼べるものはないし、どっちにしても似てないよ?

「こういう言い方はしたくないけど、桜花の部屋に着くまではおとなしくしててくれると助かるな」

「友だちんに来たみたいな乗りじゃだめなんですかー?」

「一応僕にも立場ってものがあるからさ」

「むっ、確かに『市長ノ息子ガー』なんて言われそう……」

 なにより君にはうわべだけでも品行方正でいてもらわないと困る。黒服たちの自然な監視下で軽々に桜花の陰口なんかたたいてみろ。十中八九「お嬢のため」を口実に一部組員が暴れだすぞ。

「ここはひとつ副部長たってのお願いってことで」

「りょかーい」

(軽い)

 僕は一抹の不安を覚えつつ、表門のチャイムを鳴らす。しばらくして、小学生なら余裕で隠れられそうな植え込みから、黒いスーツと西洋チックなグレーの口ひげが印象的な中背の老年男性が駆け足でやって来た。せんていばさみなど携えているあたり、2世帯住宅がすっぽり収まりそうなあの前庭を手入れしていたらしい。

 僕みたいなやつにも折り目正しく「少々お待ちを」とひと声かけてから表門を開けてくれる、この見上げた御仁はどうたんぞう。須佐美一家に専従する最古参の執事である。

「やあ不動さん、こんにちは。お仕事中にすみません」

「なんの。懐人殿がおいでになることは、お嬢様よりうかがっておりますゆえ」

 不動さんはのうのうとした態度で眉尻を下げる。一方で身のこなしは実にきびきびしており、敷地内に僕たちを迎え入れたかと思えば、流れるような手さばきで表門の花を模した錠にカギをかけた。

「そちらのお方は?」

「彼女はクラブの一員で僕の後輩です」

なる知子ですー。部長にはいつもお世話になってまーす」

 知子ちゃんは普段より4割増しな空々しいハンブルさでしゃくした。もうすっかり猫をかぶるのが板についているらしい。

 これなら僕の心配は取り越し苦労ですみそうだ。

「わたくしめは不動と申します。当屋敷にて使用人を務めております。本日はわたくしめがお嬢様のお部屋までご案内いたしましょう」

(道順は覚えてるけど)

 知子ちゃんの手綱を締めるのにこれ以上の適役もいないよな。

「お手数をおかけします」

「なんの。さあさお二方、こちらにございます」

 不動さんはすっと体を反転させ、僕たちを先導する形で屋敷のほうに歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る