第24話

『――かい!』

 少年は幼なじみに呼ばれたため振り向こうとする。しかしそこでなにかに体を押され、少年の視界がぐんと上向く。しりもちをついてしまったのだ。

 急なことで驚いたものの、痛みはない。なのですぐに少年は立ち上がろうと前を向いた――そのときだった。

 重く、大きく、恐ろしく、破壊的な音が耳を打った。

 石が飛び、ガラスが砕け、しぶきが舞った。目と鼻の先で。

 気づけば、そこになかったはずの黒い乗用車がバンパーをくしゃくしゃにして止まっていた。

 わけがわからない。手品よりずっと意味不明で、少年にはその光景が名状しがたい落書きのようにしか見えなかった。道路まで拾いに行ったサッカーボールを固く抱きしめていなければ、間違いなく現実感すら手放していたことだろう。

 ――なにをしている?

 ――よく見ろ! 車と電柱の間を!

『…………おうか?』

 少年の目がようやく現実をとらえる。

 ひび割れた電柱の下でぐったり体を横たわらせたまま動かない、悲劇のヒロインの姿を。

『おうか? おうかっ!?』

 ――泣くな、わめくな! お前だって幼なじみを助けたいんだろ!? 血だまりなんかにビビってんじゃねえっ!

『ねえおうか、だいじょうぶ!? ねえ、ねえってば!?』

 少年は無意識にサッカーボールを手放し、真っ赤なアスファルトに両膝をつけ、力ない幼なじみの体を抱きかかえる。そうして桜色のワンピースのすそが色濃く染まりゆく中、ひとしきり彼女の名前を呼び続けた。

 少年は浅はかだった。けれど愚かではない。とっさに脳細胞を働かせ、惨劇を飲み込み、罪悪感に身震いする程度には賢かったといえよう。

 ――だからこそだ。

 ――僕はあの日、我が身かわいさで嘘をついた。

 ――正義の味方だなんて自らをかたり、偽善に走ろうとしたのである。

『……ぼくは悪くない。悪いのは車……そうだ、この車なんだ……』

 違う、違う、違う。

『ぼくの……ぼくのせいなんかじゃ……!』

 僕なんかの……僕なんかのせいで……!

『――ひどい顔。さながらヒナゲシのよう』

『おうか!』

『待てができないくせにお座りは上手なのね。……外は危ないと、教えてあげたのに……』

 少女の呼吸が徐々に薄らいでいく。衰弱した体ではもう嘆息さえおぼつかない。

 ああ桜花、僕はお前を……こんな目に……!

『……アマドコロ』

『え?』

『寄り添うような、花……花言葉も……あなた、に――』

 思いを伝えたかったであろう、か細い声がふっつり途絶える。ふたたび少年が呼びかけるも、閉じた瞳は戻らない。

 むごたらしい現実を直視した少年のどうこくが鼓膜を突き抜け、がいの内側にて渦巻く。かつての自分と今の自分が責任の所在を巡ってせめぎ合うかのように。

 ――この夢の終わりはいつもこうなんだ。まったく、どうしてこう毎回同じシーンを見てしまうんだろうね。

 アマドコロの花言葉なんてとっくに調べ済みだというのに。

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