第17話
フグみたいなふくれっ面した知子ちゃんが、なおも僕だけをぶすっと
ただちょっと――いや、とてもやりにくいね……。
「き、キーパー、《理科室》の中はどうなってるのかな?」
「なんの
「くわばらたちの学校と同じ、ですね……」
「そんな感じでイメージしていいよー。まあこの《理科室》にも窓はないけどねー」
知子ちゃんの態度と記憶力を当てにして考えると、ここにもシナリオに特記されるようなイベントはないのかな?
念のため、引き出しとかに《聞き耳》振ってから探索するとしよう。
『それではナコは《目星》を使って室内を見て回ります』
『俺は戸棚や引き出しといった、開けなきゃ中が見えないようなとこに《聞き耳》振りたいんだが、いいか?』
『それならナコが代わりに振ってあげるの』
『助かるよ』
『お互い様です』
『そういやそうか。なら《目星》は任せとけ』
そんなロールプレイのさなか、ご機嫌斜めなキーパーが大げさにため息をつく。
「はいはい無自覚はそのくらいにして、さっさとダイス振りましょうねー」
(とげとげしいなあ)
なんて返したらあとが怖いし、おとなしく技能判定をすませよう。
修正に関する発言はない。よって捕逸くんとナコちゃんの目標値はそれぞれ『8』だ。
まずは僕から控えめにダイスをふたつ転がしていく。
(……4と、1だ!)
出目の合計は『5』。文句なしの《目星》成功である。
続いてナコちゃんが振ったダイスの目は『5』と『3』。1個目のダイスが止まった瞬間こそひやりとさせられたが、終わってみれば無事《聞き耳》も成功と相成った。
『どうにかできたの』
「おめでとー! って言いたいところだけど、《聞き耳》でわかるのは『なにも聞こえなかった』って情報だけなのよねー」
「うぅ……はずれみたいです」
「そんなことないさ。あいつのシナリオにはいつだって魔物の影が潜んでるからね」
これで心置きなく引き出しを開けられるってものだ。
「続いて《目星》ですけど、戸棚から古い動物図鑑を見つけられるでしょう」
「えっ、戸棚開けちゃってるの?」
「なにか困ることでも?」
「ああいや」
もし開示された情報の順番が逆なら『0/1』のリアル《正気度》ロールをしていたに違いない。
昨日のドラえもん式邪神
「この動物図鑑ですが、なかなかにボリュームがあります。なので読み通すなら《図書館》ロール成功で30分、失敗で1時間は覚悟してくださいねー」
「特定の分野に絞って読むなら最大50%の時間短縮、だったっけ」
「あーハウスルール――もとい部長ルールですか。アタシは別に構いませんよー」
とはいえ今さら調べたい動物なんて、ぱっと頭に浮かんできたりはしないけどさ。
狼の鳴き声にしてもどうせ活字じゃわからないだろうしなあ。
「ちなみに図鑑の厚さってどれぐらい?」
「んーこれぐらいっ」
知子ちゃんはいかにも直感的に親指と人差し指をコの字にしてみせる。あの間隔だとマックのハンバーガーよりパティ1枚分薄いってところかな。
もっとも、僕は基本フィレオフィッシュしか頼まないたちでね。あんなぺらぺら肉のサイズなんて正確に覚えちゃいない。したがって、情報の
「さっそく読んじゃいます?」
『こんなとこでお勉強できるほど俺は大物じゃないんでな。今は読まないでおく』
「でしたら持ち物欄に追加してどうぞー」
『とりあえず胸もとに――って入るわけないか。適当に持っとくぞ』
そういえば捕逸くんはなに着てるんだろう。今日の僕は白パーカーとタータンチェックの7分丈ズボンだけど、同じに考えたって面白みがないよね。プレイヤーとPCはあくまで別人なんだし。
うーん。元野球少年なら半袖あるいはノースリーブに、半ズボン? 晴れてもいない日にしては薄いかな?
とりあえず捕逸くんにもパーカー着せとくか。チャックついてる取り回しがいいやつね。
『露木さん、それは?』
『動物図鑑だとよ』
僕は手近なペンケースをそれに見立てて机上に置き直す。
『ナコはこういうの好きそうだよな。読むか?』
『はあ』
『あれ、そうでもないのか』
『きっと試験範囲に含まれていないの。だから、読みたいとは思いません』
(ああそっか。ナコちゃん、いいとこのお嬢さんだから)
ぱっと思いつくような名門校かはさておき、警部設定のお父さんが
まだ小学5年生で、しかも家のことだってあれこれ考えなきゃいけないだろうに、よく受験なんかと
『――まあ、
『それより準備室です。ここが一般的な《理科室》ならあるはずなの』
逆にないと大変そうだな。容易に触れられる場所に実験道具やらなんやらがあったら、間違いなくやんちゃな児童に壊されるもん。
現に真白小の人体模型くんは
『ここまで来た以上、きちんと調べましょう』
『よしキーパー、そういうわけだから俺たちは準備室にも行くぞ。あるよな?』
「もっちろん。ただ《理科室》で《聞き耳》に成功してるので、こっちの《聞き耳》ロールは省略させてもらいまーす」
(そのパターンだと、中に誰もいないっぽいな)
『ナコはドアノブを回してみるの』
「準備室のドアはガチャッと簡単に開きました。あっ、電気つけときますねー」
やあキーパー、そんな歯医者の痛み止めみたいな乗りでつけちゃっていいのかい? ホラー的には懐中電灯の頼りない照明で冷や汗をかきながら踏み込むとか、電気のスイッチをつけようとしたら生ぬるい血糊に触れてしまうとか、演出としてはべたなりに面白いよ?
「中はのどを痛めてしまいそうなゴミゴミしい空気に満ちていて、もう何年も放置されていることがいやでもわかるでしょう」
『整理整頓がなってないの』
『そりゃこんだけ……掃除されてなきゃな』
僕は続けて咳き込むふりをする。
「ですが、調べるだけの価値はありそうです。なにせ壁一面に密接した鉄製の3段ラックに目をやれば、実験で使うであろう道具類からおよそ理科とは無縁な品まで、まさにオンパレードなのですからっ!」
『で、目につくものはあるか? あまり長居したくないんだが』
「シナリオシートいわく、どうやらここは限定的なお店みたいな扱いなんですよねー。なのでまずおふたりには、ここで手に入りそうなものを宣言していただきまーす」
つまり買い物ってわけか。
さすがにロケットランチャーみたいな武器のたぐいはないだろうけど。
「手に入りそうなものぉ……手に入りそうなものぉ……」
囁ちゃんは首をひねりながらぶつぶつとつぶやき始める。よく言えばボーナスだけど、悪く言えば
(捕逸くんなら、そうだなあ)
幸いにも《筋力》が最高値であり、《体格》にも恵まれてる。ちょっとした武器や防具なら労せず持ち出せるはずだ。
となればやっぱり僕は消火器がほしいかな。1回きりだとしてもレバーを引くだけで遠距離から目つぶしが狙えるし、重さを生かせば狼だって負かしうる。
なにより教室のドア程度なら物理的に開けられそうでしょ? どう考えても強い、使えるアイテムだ。
「キーパー、いつものやつを頼む」
「それなら置いてあるでしょうけど……小学生に持てます?」
「どのみち《幸運》ロールに成功しないと見つけられないんだろう? 持てる持てないの話なんてそのときになってから考えるさ」
「捕逸の《幸運》は『6』ですか。大見得を切ったわりには頼りない数値ですねー」
「ほっとけ」
知子ちゃんのあおるような物言いを口先で払いのけ、僕は性急に2D6を振った。力加減を誤ったらしく、ふたつの白い6面体は机上を転々としていき、あれよあれよという間にナコちゃんのキャラシへと乗りかかる。
真っ先に出目を確認できたのは言うまでもなく、そのキャラシを書き起こした張本人こと囁ちゃんだ。
「4と6で、10……ですね」
(あっちゃあ……)
気づけば僕は表情筋をぎゅっと突っ張らせ、教室の天井を仰いでいた。
「あらーそうですかー。では捕逸は消火器を見つけたものの、両手両足で踏ん張ってようやく床から離せるぐらいの重量だったため、『持ち歩いたら腰がやばい!』と察するでしょう」
『う、おおおおおぉぉぉ……!』
僕は椅子に座ったまま机の両端を握り、重量挙げのメダリストよろしく持ち上げようとしてみせる。もちろん演技だ。現実の僕なんて小学6年生の平均レベルの力すらないよ。
『おぉぉ……バカか俺は。育ち盛りなんだぞ……』
『そう、ですね……?』
『ああナコ、そっちはなに探してるんだ?』
『ナコは懐中電灯を探してるの』
「ビクッ」
『キーパー、準備室に懐中電灯はありますか? 明かりであれば、実験用のアルコールランプとかでも構わないの』
(これはいいところを突いたな)
アルコールランプとか去年あたりに使ったな。まさに理科室にあってもおかしくないアイテムで、しかも見方を変えればろうそく代わりになるじゃないか。
「あれだけ暗がりを描写しといて懐中電灯のかの字も出てきてないもんなあ」
「そ、そーですねー」
『できれば懐中電灯が望ましいのですが、ありますか?』
澄んだまなざしで尋ねる囁ちゃん。そんな彼女を前に、どういうわけか知子ちゃんは目を白黒させながら語調を乱す。
「あー、あるよー? あるけどもう必要ないかなー? なんてー」
『でしたら振ります、《幸運》ロール』
「いっ、いいの? 本当に? 持ち腐れになっちゃうかもだよ?」
『ほかに必要なものもありませんので』
「うー……そっか。しょうがないにゃあ……」
しどろもどろな応対の末、とうとう知子ちゃんは観念したように「振っていいよ」と許可を出した。
「ずいぶん挙動不審だな。別にシナリオ進行を危うくするものじゃないと思うけど」
「ええまあ、そうならないように途中から記憶ガン見でキーパリングしてましたし」
「ふうん」僕はほおづえをつく。(まるで奥歯に物が挟まってるみたいだ)
たまの暴走こそあれ、紙ないしはテキストデータ形式で読めるシナリオの暗記にかけては、ゲームクラブ内で知子ちゃんの右に出る者はまずいない。ひいてはキーパーとしての適性もトップクラスなわけで、僕の中ではそつなく卓を回せるイメージが定着していた。
そんな彼女が「本気を出さざるをえなかった」とも取れる発言をするなんて、とても珍しい。自分で用意したシナリオじゃないから、どこかで歯車を狂わせてしまったんだろうか。
『キーパー、1と4だから成功なの』
「うい。ではナコちゃんは3段ラックから懐中電灯を見つけられたってことで」
『きちんと点灯しますか?』
「バッチグーよ」
知子ちゃんは右手でOKサインを出しながらぺろり舌をのぞかせる。
『これでようやくトイレを調べられるの』
『ああ、あそこな……』
捕逸くんからすれば忘れがたい恐怖がフラッシュバックされる場所だといえよう。なにしろ喪失した《正気度》はそう簡単に回復などしない。たとえ1点でもダメージは確実に心身へと刻まれているのだ。
『今さら調べなくたっていいだろ。実際、《男子トイレ》はろくなもんがなかったぞ?』
だから僕はあたかも敬遠するようなロールプレイをしてみせた。
眉をひそめて、ぶっきらぼうに。
『なにがあったんですか?』
『なにって――』
《男子トイレ》のありさまを語ろうとした寸前で僕ははっとして、そのまま息を呑んだ。
あの場で目にした情報はまだナコちゃんと共有していない。であれば、やみくもに伝えたりしちゃだめだ。
《正気度》が削られる状況とは、ともすると見るだけでなく、情報として聞くだけでも被害をこうむる危険があるのだから。
やむなく僕は『クソの役にも立たないものさ』と言葉を継ぎ、多少強引に《男子トイレ》の話を切り上げた。囁ちゃんのいぶかしむような視線が実にちくちくする。
『それよりも狼だ。あれは結局どうすんだ? あとは待つだけとか言ってたが、やったことなんてチョコの餌付けぐらいだしよ』
『キーパー、《理科室》の探索からどれくらいの時間がかかりましたか?』
「だいたい2、30分ってとこかなー。そーそー、一応ゲームだからこのぐらいの時間でも効き目が出始めてるってことでよろしくー」
『わかりました』囁ちゃんが僕へと見向く。『それでは露木さん、よろしければこのまま《教室3》へ行きましょう』
『なんだってんだよ、さっきから。目的ぐらい説明してくれよ』
『見ればわかるの。それに――』
『それに?』
『露木さんには話しにくいの』
そう口にした囁ちゃんの
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