第12話
『しっかしひどい有様だな』
僕はTRPGの先輩としてロールプレイの口火を切る。
『机に椅子に黒板にと、どれも長年使われなかったかのようにぼろぼろだ。まるでどっかの旧校舎だな』
『真白小じゃなくて、ですか?』
『うちの学校にこんなとこあったか? 少なくとも俺は知らないぞ』
『ナコも知りません。けれど……』
囁ちゃんは下からあごを支える形で右手を添え、考えるそぶりを見せる。
『可能性はあるの。ナコの制服、濡れていないから』
(制服?)
確かにそういう描写はなかったけど……。
『それがなんだってんだよ』
『外は雨が降っていました。だから、車かなにかで拉致するにしても、まったく濡らさずにナコたちを運ぶのは現実的ではありません』
『……なるほど』
仮に衣服が濡れていれば校外に運び出された可能性も視野に入る。ただし、濡れてなければ一考の余地もない。PCたちの拉致された先が校内だと考えるほうがある意味、現実味がある。
歴史小説を志向していた某推理小説家も『すべての不可能を消去して、最後に残ったものが――』なんて言葉を自らの著作に残してるのだ。最後に残った
『よくそこに目をつけたな』
『ナコは賢いの』
こんなロールプレイができる囁ちゃんもね。
あるいはきっと、想像力が豊かなんだろうね。体育倉庫で発生した架空のイベントにかなり驚いてたし。
『もっとも、これは推理じゃなくて当て
『ああ、そうだな。俺たちには確かめなきゃいけないことが山ほどある』
捕逸くんの決意表明を演じる僕に同調したいらしく、囁ちゃんは無言でうなずいた。
目下の謎はふたつ。
捕逸くんたちが誰に襲われたのか。
捕逸くんたちがどこに拉致されたのか。
人数的にもぴったりでいかにもあつらえ向きである。
「ロールプレイはそのくらいで、次の描写していいですかー?」
『俺はいいぞ。ナコは?』
『どうぞ』
「ではでは」
プレイヤーふたりの返事を受けて、知子ちゃんはキーパースクリーン代わりのノートを――『国語』のシールが貼ってあって、いかにもセッションには関係なさそうだけど――ぱらりとめくる。
『――互いに言葉を交えて気を落ち着け、薄闇への暗順応も果たした。あとは自分たちの置かれた状況を確かめるだけ。――そう思った矢先のことだった。ざらついた放送が冷静たらんとする頭に突き刺さったのは』
『放送?』
「ぎーんごーんがーんごーん」
「……効果音まで演じるんですね」
「必ずしもやる必要はないよ。彼女が演技好きってだけさ」
『――やあ《ゲーム倶楽部》の諸君。よく眠れたかな?』
いったいどこに行けば購入できるのだろうか。それほどまでに怪しげなこぶし大の機械をどこからともなく取り出した知子ちゃんは、どこか通信士じみた調子でそれ越しに演技を始めた。機械を通した彼女の声色がとたんに
それはともかく、漫画やアニメでありがちな放送で語りかけるデスゲームスタイル。シナリオ上の演出としては正直なところ嫌いなんだよね。
電話じゃあるまいし、リアクションに困るじゃないか。
『ああ、君たちの様子はカメラでモニタリングしていてね。音声も拾っているから遠慮なく答えてくれていい』
そんなこともなかった。
『だったら聞かせてもらうが、体育倉庫で俺を踏みつけたのはあんたか?』
『そうだとしたら?』
『おかげで最高に気持ちよく眠れたぜ。あんたにも味わわせてやりたいぐらいだ』
『ナコは最悪な気分です。こんなほこりっぽい空気を吸わされて、気管支炎にでもなったらどうしてくれるのでしょう』
囁ちゃんは髪や服を手で払い、付着した汚れをひどく気にした感じのロールプレイを行う。
『ほう、
(ナコちゃんの名前を知っているのか)
『ナコの話を聞いてましたか? 決めつけだなんて無作法です』
『人を気絶させた上に拉致するような相手がまともなもんかよ』
『これは手厳しい。……では諸君から余分な
ここで知子ちゃんは数秒の間を置き、よりおどろおどろしく言葉を継ぐ。
『これより
『血と、命……!?』
不意に飛び出した物騒なワードに囁ちゃんは身震いする。
『なにがゲームだ! ふざけてんのか!』
『
『おい!』
『――捕逸の叫びもむなしく、放送は一方的に切れてしまった』知子ちゃんは重くまばたきする。「さてっ、ここから先は探索タイムですが、ここまでで確認したいことなどありますか?」
「ちょっと待ってね。今プレイヤー側に頭を切り換えるから」
メタ視点で見ると、まずPCたちは休職中だったはずの《ゲーム倶楽部》顧問を見つけて、クラブ活動再開のために跡を追った。体育倉庫までほぼ一直線に物語が展開してたから、PCが抱いた当初の目的はシナリオを動かすためのきっかけにすぎないと考えられる。
とすると、このシナリオでPCに課せられる真の目的は十中八九、さっきの放送にかかわっているはずだ。
命令どおりに誰かを犠牲にするか、はたまた自力でこの場を脱するか。
(憶測だけじゃこのあたりが限界だな)
ここは息継ぎがてら、少し探りを入れてみるとしよう。
「キーパー、さっきの放送はいわゆる校内放送だよね?」
「そーですねー。音質的に相当ぼろい機材かな? ってことが感じられたはずです」
「ふうん、やっぱり学校だったんだ」
「それはどうでしょうねー。どこかの舞台セットかもしれませんよ?」
(その言い方は明言してるのと同じさ)
とはいえ、情報をつかんだという手応えがあまりになさすぎる。『場所の重要性についてはシナリオに明記されてなかった』という知子ちゃんの言は、どうも嘘偽りではなかったようだ。
僕としては放送を聞いた先生あたりが放送室を調べないのか疑問だけど、いかんせんこのシナリオは桜花の手で書かれている。「深夜で誰もいない」「そも学校じゃない」といった理論武装がシナリオに施されててもおかしくはない。
これ以上詮索したところで情報アドバンテージの獲得は難しそうだ。
「じゃあ次。『カメラでモニタリングしていてね』って発言があったけど、そのカメラってここで《目星》とかしたら見つけられるかい?」
「やだ先輩、盗撮に使われたカメラがほしいなんて……!?」
「なにに使われたかは別としてだね」
「そんな先輩、カメラを使って盗撮がしたいなんて……!?」
「ノー! ノーだよ知子ちゃん! というかそれ捕逸くんが変態ってことにならない!?」
僕にしては真面目に快活系男子のイメージを取り
「僕はただ、カメラの記録から新しい情報をつかめるかもって思っただけだから! ね? ね!?」
「はあ、さいですか」
知子ちゃんはあからさまなまでに残念がる。
新進気鋭の舞台監督じゃあるまいし、果たしてこの子は僕になにを期待してるのやら。
「つーちゃんはなんかある?」
「ううん。どうすればいいのか、ちょっと悩んでるくらい……」
「ならこれ見とけば探索のイメージも湧くっしょ」
そう言って知子ちゃんは僕と囁ちゃんの間に縦長のプリントを差し出す。
左上に《ゲーム倶楽部》という斜体の印字、中央にH型の平面図が描かれたそれは、このシナリオの舞台であろうマップのハンドアウト――すなわちゲーム用の資料のようだ。
マップには縦長の廊下が2本あり、それぞれ外側に三つの部屋がある。上から順に読み上げよう。
まず左側が《教室1》《教室2》《理科室》。
そして右側が《教室3》《教室4》《家庭科室》となっている。
この廊下の上部には左右ともに防火扉があり、一見するとその先にある階段をふさいでいる格好だ。防火扉を開放すればすむ話だが、構造的に教室のドアを経由するルートでも階段に進める点は留意しておこう。有事の際の退路はあればあるほど安心である。
上部のほか、中心部についても言及しよう。縦長で計2本あると述べたこの廊下は、それぞれの中心部が1本の短い廊下とつながっている。左右の教室を行き来するにはこの短い廊下を通らねばならないというわけだ。
短い廊下のほうにも部屋が設けられている。上側が《男子トイレ》、下側が《女子トイレ》だそうだ。ハンドアウトを見るに引き戸だろうか。ゲームとはいえ、臭い対策がされてて大変よろしい。
ほかに見るべき箇所は左右の廊下下部にある《蛇口》と、《教室1》にほど近い無名の小部屋ぐらいかな。さほど時間はかからなさそうだし、各教室を探索する過程で必要とあらば調べてみよう。
――というかこれ、ほぼすべての部屋が教室じゃないか。
どうりで知子ちゃんがここを学校だと匂わせるわけだ。隠しようがないもんね。
「現在地はここ、《教室2》になりまーす」
知子ちゃんはマップの該当箇所を指でなぞる。
「キーパー、質問です」
「はいつーちゃん」
「探索って、この名前がついてる場所を調べに行くことで合ってますか?」
「そそ」
「じゃあ、まずは階段……でしょうか?」
囁ちゃんは顔色をうかがうような上目遣いで僕をのぞく。捕逸くんたちが拉致された以上、得体の知れない場所からの脱出を図るのは至極まっとうな判断だといえよう。
だけどきっと、そう簡単にはいかないはずだ。
なにせこれはCoCベースのTRPG。リセット不能にもかかわらず、見えざるも大きな選択を誤れば最後、取り返しのつかない盤面ができあがるゲームなのだから。
「まずは調べよう。ふたり一緒に、堅実にね」
「は……はいっ」
囁ちゃんはほんのり気合いがこもった返事をしてくれた。
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