第11話

「――それで正座させられたあげく言われたよ。『待てができないくせにお座りは上手なのね』って」

「ぷーくすくす、先輩リアルで負け犬扱いされたんですかー?」

「そんなかわいいもんじゃないぞ。あいつ僕のこと犬以下だって言ったんだ! 運動音痴をオブラートに包んだつもりでさ!」

「ふふっ……包めてませんね……」

 後輩女子ふたりはあることないこと尾ひれがついた昔話にすっかり聞き入り、笑いをこらえていた。さながら道化の気分である。

 好きでやってることだから、そう悪くもないけどさ。

「……面白い人、ですね。知子ちゃんが意識するのもうなずけます」

「あれだけ天然かましといて自分を『できる女』だと本気で思ってるようなやつだもん。そりゃもう」

「そんな部長と仲良くできる先輩もじゅーぶん面白いんじゃないですかねー?」

「へ?」

「あっ、くわばらもそう、思いますぅ……」

(なんてこったい)

 突拍子もない共感をするともちゃんとつつめちゃんを前にして、僕はささやかなめまいを催した。

 きっとふたりは類は友を呼ぶって言いたいんだろう。もちろん似ているところはある。ただ、僕と桜花はそういう関係とも少し違う。どちらかというとジャイアンとスネ夫みたいな間柄だ。

 我が強く、己がきょうしゅのためにいつも僕に言葉の暴力を振るうのが桜花で。

 そんな彼女からどういうわけか離れられず、せめて日々を劇的に過ごしたいと頑張るのが僕。

 あまりにでこぼこな関係だけど、あのふたりと違って接する機会がさほど多くないから成り立っているのだと考えられる。

 だからこそ、いざ僕と一緒になると羽目を外すかのごときちくっぷりで遊びたがるのかもしれないが。はた迷惑極まりないな。

「ま、まあ桜花のことはこれくらいにして」

 僕は気を取り直すべくせき払いしてから、

「セッションはどこまで進んだっけ?」

 しれっと話題の転換を試みた。

「えっとぉ……確かナコが気絶して……」

「窓のない教室みたいな場所で目覚めて、あたりを見回したところですねー」

「即答だね」

「記憶力には自信あるのでっ」

 知子ちゃんは自慢げに胸を張ってみせる。記憶に関して似たようなことをセッションの前に公言していたかと思うが、別にほらを吹いてるわけじゃない。嘘偽りなく、彼女は多くの文章を読んだままに覚えられるのだとか。

「君が言うなら間違いないんだろう。よしキーパー、続きのほうをお願い」

「では2D6を振ってください。《正気度》ロールです」

 なんで?

「あのぉ、《正気度》ロールというのは……?」

「特筆すべき恐怖に出くわしたときにどれだけ《正気度》が削られるかを決める判定さ」

 僕は捕逸くんのキャラシに設けられた《正気度》欄を人差し指でとんとんたたく。

「けど、あの描写に怖いことでもあったかなあ……」

「……あっ。もしかしてナコたち、ら、拉致されてるんじゃないでしょうか……?」

「そーそー、それよつーちゃん。『体育倉庫で誰かに襲われ、気がついたら知らない場所にいた』とか、リアルで考えたらふつーに怖くない?」

「なるほど」

 CoCでも、常識ではあり得ない形で変な場所に飛ばされたときには《正気度》ロールもといSANチェックが入ったりするもんね。

「もちろん程度としてはなんとも言えない怖さなので、《正気度》ロール成功で減少なし、失敗で1点の《正気度》減少となりまーす」

「ナコの《正気度》は……あっ、書き忘れてました……」

「うっわ、アタシとしたことが見落としてたかー。ごめんねつーちゃん?」

(先に振っとくかな)

 囁ちゃんがキャラシに《正気度》を書いている間に僕は6面ダイスふたつを振った。

 捕逸くんの《正気度》および目標値は『8』。成功確率はざっくり63%だ。

 暗算の終わり際にダイスが動きを止める。示された数値は『1』と『2』を足して『3』。よって捕逸くんの《正気度》は変わらず『8』である。

「成功したよ」

「ほいほい。次、ナコちゃんの《正気度》ロールね」

「ふ、振ります……!」

「ハハ、そう力まずともいいんだよ。ナコちゃんは《正気度・10》もあるからね」

 とか言いつつ、僕は僕でちょっと前にファンブルを見せちゃっている。

(我ながら説得力に欠けるなあ)

「そぉー……よしっ」

 囁ちゃんは胸もとに垂らした髪に右腕を隠しながら、控えめにガッツポーズをした。

 出目の合計は『7』なので捕逸くん同様に《正気度》の減少はない。順当な結果である。

「では、林コンビのおふたりは限りなく拉致に近い状況に陥ったものの、取り乱したりなどはしませんでした。ひとりきりではなかったことが幸いしたのかもしれませんねー」

 大変なときにひとりってのはつらいもんな。

「ところで、結局ナコたちはどこに連れてこられたんでしょう……?」

『それを調べられるのは俺たちだけだぜ』

 これはTRPGであり、セッションの主役は探索者だ。

 そう暗示するかのように僕は親指で鼻がしらをなで、元野球少年らしいロールプレイで囁ちゃんに応じた。

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