第4章

第10話

 幼なじみの立場と尊厳を守るため、どうか今だけはを務めさせてほしい。彼女がしろ市を縄張りとする反社会的集団が一角、一家の次代を担うそうりょうむすめだなんて、おいそれと話せるような内容じゃないからだ。

 そう、あいつはふつうじゃない。

 冷静沈着。几帳面。嘘が嫌いで歯にきぬ着せぬ、掛け値無用の優等生――校内でアンケートを実施すれば、こうした評価でほとんどの用紙を埋めてしまう人間だ。僕の目にも表面上はそのように映る。

 言い換れば、実際のところは間違っているというわけで、具体的には僕を含む一部の人間にしか伝わらないレベルのがある。

 今しがた羅列した評価は、おうが虚実取り混ぜた日常性かつ社会性。

 自らを表舞台につなぎ止めるためのいわばパスポートであり、余人がかろうじて認められるほんの一面にすぎないのだ。

 須佐美桜花は自らを善人と称する。

 知り合って8年経った今なお『市長の息子がよかった』なんて僕にぶちまけるぐらいには、善人でありたいと望んでやまない。

 極道の目にはおよそ異常で、バカげた存在に見えるだろう。甘い汁を吸う権利が約束された相応の道レールをよしとせず、凡俗ひしめく表街道オフロードを自らの足で歩もうというのだから当然である。

 だが、そんな道が望ましいという桜花の思い。それ自体は非の打ちどころがないほどにまっとうだ。

 なにしろ彼女は生まれてから実に3回も命を狙われ、そのたびに癒えない傷を負っている。唯一の原因であろう極道の家系という己が立場をうとみ、まるきり正反対の存在になりたがるのはもっともだといえよう。

 ああいや、少しだけ訂正させてもらおうか。

 桜花が傷を負わされる原因は確かに彼女自身の立場にあり、同じ極道の人間や海外から上陸しようとするマフィア、果ては「世のため人のため」とうそぶきながら、か弱い子どもだけを標的とする自称正義の味方の仕業にほかならない。

 だけどあの日、僕が遊びに誘ったあのときだけは違う。

 けして夢寐むびにも忘れない。公園から飛び出したボールを拾おうとしたあの間際、彼女から『逃げる』という選択肢を奪い、あまつさえ立ち上がる力さえ失わせたのは間違いなく僕だった。

 僕自身、知らなかったのだ。

 善人を志す少女がとっくの昔にそうであったことを。

 友人を助けようとする無償の勇気と優しさを生まれ持っていたことを。

 ――さて。では僕の幼なじみについてひとつ、僕ぐらいしか知らない耳寄りの情報を語るとしよう。

 須佐美桜花は善人だ。学校じゃ上級生の鑑がごときしゅくじょで通っている。だけど、実のところ底抜けのお人好しでもあるのさ。

 車に足をつぶされながら、無傷の僕を慰めるほどに。

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