第2章

第5話

 机を3つ、椅子を3つ、三角になるようにぴったり設置した卓に僕たちは着く。

 僕と知子ちゃんはゲームクラブに属している。だけど、今この場に設けたのはゲームクラブの非公式卓。『クラブ活動として』『人が集まらなくて』なんてのは真っ赤な嘘、はったり、言葉の綾というわけだ。

 こうして付き合ってくれた囁ちゃんと、今頃別の教室でセッションしているであろうゲームクラブの面々にはちょっとだけ申しわけなく思う。

「知子ちゃん、遊ぶのは桜花が調整したほうのシステムでいいんだよね?」

「そーですねー」

「ならキャラシの書き方は僕が教えるよ」

 僕は自慢のリュックにいつも入っているダイス、ペンケース、キャラクターシートを机に広げながら確認する。

 ルールのほうはおいおい説明すればいいか。難解じゃない分、ゲーム中でもさほど時間は取られないだろうし。

「キーパーは知子ちゃんがやるんでしょ? 今のうちに段取りとか確認しておきなよ」

「えー」

 知子ちゃんは心底面倒くさそうに唇をとがらす。

「ちゃーんと頭に入れてきたんですけどー」

「そう言わずにさ。時間は有効に使うものだよ」

「懐人先輩がそこまで言うなら、仕方ないですね……」

 そう言って知子ちゃんはスカートのポケットから、数枚まとめてホチキス留めされた4つ折りのプリントを取り出す。そしてなお面倒くさそうにそれをめくりながら、あたかも台本を暗記するように言葉の断片をぶつぶつつぶやき始めた。

「というわけで囁ちゃん」

「くわばらです……」

「ん? ああ、ごめんね桑原ちゃん」

 囁ちゃんの指摘を聞き流すように応じつつ、僕は説明の仕切り直しをする。

「じゃあ改めて、まずはゲームに使うプレイヤーキャラクターもといPCの作成といこうか」

「は、はい」

「これはキャラクターシート。PCの能力値やら性格やらの設定を記録するもので、僕たちプレイヤーはこれに書いたとおりの人物になりきるんだ」

 僕は枠に数字にと、いろいろ印刷されたB5用紙を1枚、囁ちゃんの机に滑らせる。

「わぁ……なんだか総合学習の時間みたい、ですね」

 囁ちゃんが赤いランドセルからペンケースを取り出そうとするのを見計らって、僕は言葉を継ぐ。

「《筋力》、《びんしょう》、《知性》、《体力》、《外見》、《精神》、《体格》、《教養》。PCのごく基本的な特徴は、この8つの能力値で表現されることになる。まずはこれを決めようか」

 コールオブクトゥルフ――邪神に魔法に怪奇現象、なんでもござれのリアル系ファンタジーTRPG――を知らない人には一部わかりにくい表記だろうけど、ひとまずばくぜんとしたニュアンスでとらえてほしい。《筋力》は腕っぷし、《敏捷》ならすばやさもしくは器用さって具合にね。

 そう、これから僕たちが遊ぶシステムはTRPG界において有名な、あのCoCに準拠している。ただしトークオブトリップでの用途に合わせて簡易たれと下方調整されたものだから、いささか中途半端に思えるかもしれない。

 そのあたりはご愛敬とでも言っておくよ。下手にこき下ろした日には、しろ市の闇に通じるゲームクラブ部長からむくつけき黒服男たちを紹介されかねないだろうし。

 ――思えばこのシステム、いわゆるアレンジだからか名前がつけられてないんだな。

 せっかくの機会だ。便べん上、CoCの略称にならってToTと呼ぶことにしよう。呼び名があったほうが扱いやすいでしょ、うん。

「はいこれダイス。とりあえず6面ふたつあればいいかな」

「お、お借りしますぅ……」

「始めに能力値8つに対して1D6――ああ、6面ダイスをひとつずつ振ってもらうよ。出た目はキャラシに記入してね?」

 僕の説明に囁ちゃんはこくりとうなずき、6面ダイスを手のひらから転がすように机上へと落とす。人生初であろうダイスロールの記念すべき出目は『2』。彼女はそれを確認してすぐにロケットペンシルを右手に取り、ゆっくり確実にキャラシへと書き込んだ。

 彼女のやる気がそうさせたのだろうが、僕がペンケースから鉛筆と消しゴムを出そうとする隙に囁ちゃんは「できました」と僕に伝えてくれた。

 手際がよくて助かる――そう安堵した矢先に、僕の胸にとてつもない不安が浮かび上がる。

(……こりゃひどい)

《筋力・2》、《知性・2》、《体力・1》、《体格・1》。

 CoCを知る人なら、これらの能力値を×3で計算すれば理解できることだろう。囁ちゃんのダイスがいかに振るわなかったかを。

 特に問題なのが《HP》だ。ToTにおいてこの能力値は『体力+体格+2』の合計値で求められる。つまりこのままだと、TRPG初心者でありながら囁ちゃんは最低値である《HP・4》というぜいじゃくなPCでセッションに臨まなくてはならないのだ。

「あー桑原ちゃん? もし能力値が気に入らなければダイスを振り直してもいいんだよ?」

「そう、ですか?」

 囁ちゃんはふわふわした表情のまま小首をかしげる。まるで出目が悪いだなんてかけらも思ってないみたいじゃないか。

 いや、そうか。各能力値について具体的な説明はまだだったっけ。これはちょっと段取りをミスってしまったかな。

「僕なら振り直しちゃうような能力値だと思うなーうん。……というわけで」

 直後、「振り直そう」という僕の言葉をさえぎるように机が重たい悲鳴をあげた。なくてはならない学徒の友を平然と打ち鳴らしたのは知子ちゃんだ。

「せーんぱーい、まーだ時間かかりそーですかー?」

 まだもなにも、キャラシを書き始めてから5分も経ってないんだけど……。

「探索者はふたりしかいないんですから、能力値くらいこう、ドバー! っと決めちゃってくださいよー」

「シナリオの確認は?」

「もう充分ですー! だいたい暗記したもの何度も読むとか新手の拷問じゃないですかーやだー!」

 食事の席で嫌いなものを食べたくないとごねる幼児のように、知子ちゃんは前のめりになりながら両手で机をべしべしたたく。『待て』を覚える犬を見習え犬を。

 しかし相手は独断専行を地で行く女の子、成海知子だ。下手に待たせてかんしゃくを起こされると、なにをしだすかわかったもんじゃない。

「わかったわかった。今ダイスを振るから」

 こうなったら、囁ちゃんと一緒にプレイヤーとして参加する僕が戦力バランスを整えなくては。

 そう胸に刻んだのち、僕は1D6をロールしつつ出目を頭にたたき込んでいく。

(4……2……3……4……)

 間髪を入れずもう4回。

(4……4……6……! ……4)

 神妙に、計8回。

 全体的に出目がいい。昨日とは打って変わって運気が高まっているようだ。

 というかやたら4が出たな。日本じゃ『死』を思わせる縁起の悪い数字だってよく言われてるし、素直に喜びにくいったらないや。

 なにはともあれ、僕のPCはまともな能力値にできそうで助かった。こっちまで貧弱だと囁ちゃんをエスコートするどころじゃないからね。

 念のためいくつかの出目は入れ替えておこう。《体格》とか『6』あっても腐りそうだし。

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