第4話
ビデオゲームのジャンルとして親しみ深いRPGが――本来の意味からは外れるけど――世に言われてる
誤解を恐れずに言えばごっこ遊び、もしくは台本のない軽演劇に近い。正確性を付して語るには千言万語を費やさなければならないので、つまびらかな解説はまたの機会にさせてもらうとしよう。
こればかりは仕方がないんだ。TRPGにはたくさんのシステムがあって、それぞれが特徴的で、共通点なんて両手で数えるほどしかないんだからね。
強いて言うなら紙とペン……いや、鉛筆のほうがいいな。とりあえず書き直せる筆記具、あとそれからダイス。多くのシステムでこれらは欠かせないアイテムとなる。
特にダイスはなかなか面白くてね。すごろくでおなじみの6面体のほかに、4面、8面、10面、12面――10面ふたつで代用するからほぼ使わないけど、中には100面ダイスなんてものもあるんだ。
ただ、6面以外のダイスはぶっちゃけポピュラーじゃない。テーブルゲームの専門店や大きめなおもちゃ屋さんぐらいにしか置いてない可能性も考えられる。そういう意味では、TRPGはゲームとしてはやや敷居が高いのかな?
まあ『全部6面でいいじゃない』と言ってのけた僕の幼なじみみたいに、既存のシステムを調整して遊べばすむ話だ。ダイスの用意についてはさして悩むこともないさ。
……おっといけない。話が横道にそれちゃったな。
さて、TRPGという遊びの概要をざっと説明したところだけど、雲をつかむような思いをした人も少なくないだろう。じゃんけんなんかと違って誰もが経験しうる遊びじゃないからね。恥じる必要も、憤る必要もないよ。
だがしかし、これほどまでに
僕はこの囁ちゃんから、かれこれ数十秒は返事ひとつすらもらえてない。椅子にちょこんと座ったまま、さえずりよりもか細い声でうんうんうめき、視線を左右にふらつかせるばかりなのだ。
もはや彼女がなにかを言い渋っているのは自明だった。
「……知子ちゃん」
「うい」
「ちょっと、いいかい?」
僕はおもむろに席を立ち、上級生の机の上であぐらをかく知子ちゃんへと耳打ちする。
「君の言うとおり彼女にTRPGのことを軽く説明したけど、これと作戦にいったいなんの関係が?」
「関係もなにも、協力してもらうんですよー。部長を出し抜くために」
知子ちゃんは嬉々として僕の左肩に顔をもたせかける。お気に入りの白パーカーに化粧がつくからやめてほしい。
「詳しいことは追ってご説明します。とーにーかーく、つーちゃんと一緒に遊ぶためには必要なことなんですっ」
「なるほど、それなら納得だ」
「ですよねっ!」
「けど、説明の前に言っておくべきだったんじゃないかな。協力してほしいことがあるって」
「え? ……あー」
(今になって察するかあ)
放課後しばらくしてからここ、6年B組の教室に知子ちゃんが見知らぬ女の子を連れてやって来た時点で気づくべきだったな。もっぱら『話はあとで』とか『着いてからのお楽しみっ』で物事を進めてしまう知子ちゃんが、まともな方法で協力者を確保できるわけないって。
どうりで囁ちゃんが言葉に窮してるわけだよ。突然引っ張られたかと思えば、あいさつもそこそこに上級生からTRPGとかいう国内じゃわりとマイナーな遊びについて語られたんだもん。
というかこれ、僕に対する心証まずくない? 大丈夫?
「悪いことは言わない。今からでも僕たちの事情をきちんと教えてあげるんだ」
「えーでもアタシ、つーちゃんとはツーカーの友だちですしー」
「君はまたそういう……」
「あ、あのぉ」
ゲームクラブの関係者ふたりで密談していたところに、不安ながらも意を決したような囁ちゃんの小声が割って入る。
僕は失っているかもしれない心証を取り戻すべく、努めてにこやかに「やあ、ごめんね」と言いつつ彼女のほうへ向き直った。
「ゲームクラブの部員がとんだ粗相をしてしまった。形ばかりになってしまうけど副部長として謝罪するよ」
「なーにが粗相ですか。ぶつくさぶつくさ……」
「ほら知子ちゃんも」
「いえ、その……それはいいんです」
囁ちゃんは申しわけなさそうにあわあわ両手を振る。
「それで、くわばらになにか……?」
「えーっと、そうだね」
あまり気を遣わせてしまうのも悪いし、なにより話が進まない。もういっそ僕のほうから言ってしまおう。
「たぶんだけど」
「たぶん……?」
「いや、実はクラブ活動としてTRPGのセッションをしようと思ってたんだけど、今日に限って人が集まらなくてね」
ここで僕は脇目遣いで知子ちゃんを視界に入れる。
視線を前に戻してから僕は続ける。
「そこで知子ちゃんに友だちである君を連れてきてもらった、というわけさ。簡単なものでいいから一緒に遊んでほしいと思ってね」
「くわばらと、遊ぶ……?」
(これでいいんだよね?)
僕のアイコンタクトに知子ちゃんは気のいい欧米人よろしく「イエス!」とでも言いたげなウインクで応じた。
桜花にこそ通じないものの、僕の出任せもまんざら捨てたものじゃないな。
「無理にでもとは言わないよ。けれどもし人助けだと思ってくれるなら、君の時間を分けてもらえると嬉しいな」
「……そう、ですか」
「お願いだよーつーちゃーん」
「くわばらです……」
「塩あめあげるから! 一生のお願いっ!」
知子ちゃん
「えと、時間のほうは大丈夫……ですけどぉ」
囁ちゃんは伏し目がちにそう言うと、
「……副部長さんに迷惑、かけちゃうんじゃないかって」
たまらなくうやうやしい態度を僕に示した。
「それはもしかして『初めてだからうまくいかないかも』って意味?」
「はい……」
「確かに無視できないルールやシナリオがあるけど大丈夫さ。なにせTRPGは決して型にはまった予定調和なんかじゃない。喜怒哀楽を連ねて織りなす、誰も知らない
口をついて出たのは耳心地がいい思い込み。自分の耳へ届いたとたんに「きれいごとだ」と
感情的になるとついよかれと放言してしまうのは、ただの悪癖だとわかりきってるのに。
とはいえ交渉の盤面が悪化する様子はなかった。わずかなときを
「そーそー、心配いらないって。もしものときは
(友だちなのに、そこは人任せなんだ……)
文句のひとつもなくはないが、助けられたのにはひとまず感謝しないとね。女優を目指してるだけあって、いざというときの対応力はさすがの一言に尽きる。
「……本当に大丈夫、でしょうか? なにも知らないくわばらですけどぉ……」
「これでも一応ゲームクラブの副部長を任されてるからね。手取り足取り教えながら遊ぶのなんて慣れっこさ」
勢いに任せた僕の説得を受けて、ようやく囁ちゃんは顔を上げてくれた。
表情を見るに、不安やら迷いやらも少しは取り除けたらしい。
「けど強制するつもりはないよ。だってこっちの都合で急に付き合わせられるとか、それこそ迷惑な話だろう? 自分で言うのもなんだけどね」
「ちょ、先輩? あとひと押しなんですから」
「知子ちゃん」僕はもたれかかる彼女を肩で押す。「無理強いしない。いいね?」
「あっはい……」
僕の注意を受け、知子ちゃんは複雑そうな面持ちで僕の肩から離れる。次いでいけないことだと思い出したかのようなそぶりで机から降り、手近な椅子にとんと腰を落ち着けた。
作戦の委細がなんであれ、遊びに誘う手前、相手が楽しめないのではだめだ。
たとえ部員の友人であっても、副部長のたっての頼みであっても、この点だけはないがしろにすべきじゃない。
どうあっても、そう思わずにはいられない人間なのだ。僕というやつは。
「……ますか」
「ん?」
「ろーる、ぷれい。引っ込み思案な人にもできますか……?」
囁ちゃんは小さな声を振り絞って尋ねる。彼女の勇気をむげにするまいとして「もちろんさ」と僕は即答した。
「キャラクターの設定はおおむね自由なんだ。好きなように考えれば、初めてのロールプレイだってすぐになじむよ」
「じゃあ、キャラクターになりきって遊ぶうちに知子ちゃんみたいな明るくて前向きな性格に、なれますかっ!?」
「せ、性格はさすがに」
「なれる!」
知子ちゃん?
「演劇クラブがなかったから仕方なーく入部したアタシが言うんだもん、ノアの箱船に乗ったつもりで信じていいよ!」
(でたらめにもほどがある)
というか、その船に乗れる時点で遊んでる余裕はないんじゃないかな。思いっきり世界滅んじゃってるし、人類の未来背負っちゃってるし。
「やります! 知子ちゃんがそういうなら、そのぉ……」
(まあいいか。結果オーライってことで)
それにしても、今の囁ちゃんからは熱意がひしひし伝わってくる。あんなに物怖じしてたのに、友だちの冗談みたいな一言でここまで変わるだなんて不思議なことがあるもんだ。
メダルや賞金がかかってるわけじゃあるまいし、そこまで気張らずともよさそうだけど。
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