第2話

「懐人先輩ってば、もーほんと惜しかったですよね」

「先生はなるの演技もよかったと思うよ」

「あじゃーす!」

 ほかのプレイヤーたちが今回のセッションについて、やんややんやと語らっている。日ごとにすいた教室の机を寄せて遊んでいる僕たち真白小学校ゲームクラブの卓は、今やすっかり感想会のような様相を呈していた。

 そんなあいあいとしたまどだが、そこに僕と桜花はいない。ゲームクラブ副部長としてまっとうな文句を言うべく、部長である彼女を同教室の片隅に呼びつけたからだ。

 だっておかしいだろう? 僕がプレイヤー側だとわかるやいなや、部員に伝えていた予定をかなぐり捨ててまであんな高難易度シナリオを出してくるだなんてさ。

 私怨にせよ、なんにせよ、僕が絡むセッションを必ず魔境に変えてしまうのはいくら幼なじみといえどようきゅうする。なによりクラブ活動の中核を担う部長にあるまじき越権だと評せざるを得ない。

 要するに、副部長である僕は桜花の度重なる戯れを看過できない立場にあるというわけだ。頭が痛くてたまらないよ。

「僕たちふたりだけで遊んでるわけじゃないんだぞ。使いたいシナリオがあったとしても、やるからにはゲームバランスの調整をだな……」

「そう」

「導入もそこそこに戦わされるのはまだいい。けど追い詰められてる設定の反乱軍? がわりと強いってのはどうなんだ? 早々に仲間ひとりがロストとか笑えないんだが……」

「そう」

「……もしもーし? 桜花さーん?」

「そう」

 心ここにあらず。目下読んでいる文庫本が相当に面白いんだな。

 ――そんなわけあるか! あの目は活字なんか読んじゃいない。間違いなく僕の反応をちらちら見ては「ゲームごときに腹を立てるだなんて」とかなんとか思いつつ愉悦に浸ってるぞ。

「なにがそうだ! 僕の意見がラクトアイスみたいに甘いって言いたいのか!?」

「そう」

 またも桜花はすげない生返事で僕の怒りに油を注いだ。

 こんなに露骨な塩対応、今日日アイドルでもやらないぞ?

「ハハ……だったらいいさ。隙あらば読んでるその本が、表紙を変えただけのどろどろ系純愛百合小説シリーズだって言いふらすことで報いを」

うちの人間を差し向けるわよ?」

「暴力的譲歩やめろ。……やめて?」

「この手に限るわ」

 限らんでいい。

「それで、なあに? 私のキーパリングがそんなに不服?」

「ああそうさ。決まって僕がセッションに参加するときはシナリオがやたら難しくて、殺伐としてるんだ。たまったもんじゃない」

「まるでやくびょうがみね」

「キーパーのくせによく言うよ」

 僕は腕組みしながら冷ややかに返した。

 そんな僕の前で読書を再開しなかったのは、ひとえに「言い負かされたなどと思われたくない」という意思の表れだったのだろう。窓際の席に座る桜花は意味深長な文庫本を両手で挟むように閉じ、今度は夕暮れの彼方へと視線を移した。

「僕のダイス運が悪かったせいじゃないからな。初見殺しのシューティングゲームかってぐらいめちゃくちゃなシナリオと、それをいけしゃあしゃあと出してのけるのが問題なんだ」

「大それた物言いだこと。まるで口だけが達者な誰かさんの探索者みたい」

「お前の振る舞いほど面倒じゃないさ」

 我関せずと言いたげな顔で澄ましたって僕の言い分は変わらない。抗争すら辞さない姿勢はったりでそう食い下がってみたが、これが意外にも奏功したようだ。

 桜花はこちらに向き直り、クレーム処理班ばりの態度から一転して仏頂面を突きつける。それは生意気をねじ伏せる銃口のように威圧的で、情けのひとかけらさえ見いだせない。

「面倒に思うのなら、いっそやめてしまえばいいのに」

「そりゃこっちの台詞だ。クラブ活動での身勝手を改める気がないなら、部長の相応の道レールは譲ってもらうぞ」

 退屈しのぎから抱き込んだ以須野先生とともにゲームクラブを立ち上げ、放課後にいつでも遊べるぐらいの部員をそろえた努力と手腕は認めよう。

 さりとてほっにんだからといってあらゆる自由がまかるわけじゃない。まして部長ともなれば、規律を守るための自制が求められてしかるべきだ。

 僕の目から見て、今の桜花にそれができるとは思えない。

 ならいっそ僕がその役を担うほうがいいに決まってる。我が強い幼なじみへ大胆にも退陣を迫ったのは、とどのつまり、そういうことさ。

「……これ以上の話し合いは無意味ね」

 桜花はせんのように文庫で口元を隠し、怪しげに目を細める。どうやらおいそれと部長職を手放すつもりはないらしい。

 この程度のリアクションは予想のはんちゅうだ。

 しかしまあ、やっぱり面倒なやつだとあきれずにはいられないね。

「なら、ランタナのように雌雄を決しましょうか」

「ランタナ?」

「花言葉は『厳格』。誰の邪魔も入らず、互いに遊び慣れた公正な遊び方システムを使うということよ」

 邪魔も入らず、遊び慣れたシステム?

「――まさか」

「ええ。ゲームクラブらしいでしょう?」

 言葉の端々から絶対的な自信を感じさせる桜花を前にして、僕はのどがひっつくような緊張に襲われる。売り言葉に買い言葉でつい彼女の口車に乗せられてしまったからだ。副部長としての立場と責任を持ちだした手前、もう後には引けそうもない。

 ゲームクラブの関係者ぐらいしか知らないだろうなあ。『公正なシステムを使う』という桜花の提案がなんら公正ではないってことを。

 システム名――トークオブトリップ。

 これは嘘を嫌う桜花が考案した、嘘つきな僕をかんなきまでにろうするためのTRPGである。

「敗者はひとつだけ勝者の言うことを聞く。私が従わざるを得ない状況を作りたいのなら、この条件をつけるほかなくてよ?」

 桜花がここぞとばかりに大見得を切る。そんな彼女に僕は紋切り型のはんげんひとつさえ口にできなかった。

 当然の帰結だといえよう。

 なにせ僕はトークオブトリップにおいて、ただの一度も桜花に勝ったためしがないのだから。

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