ミドル4 虹色の十字架

暁錬は焦っていた。


研究所の爆発事故、行方不明、目の前に『敵』。

葵がどうなったのか、早く確認しなければ。

怪我はしていないだろうか、怯えていないだろうか、生きているだろうか。


これまでに、葵の命が狙われた事は一度や二度では無い。

ただでさえ賢者の石の所持者であり、そして彼女自身に戦闘能力が皆無。

父親の実験台になる道をを選んだ葵に反対しなかったのも、護衛だからではない。その方が安全だと思ったからだ。

だがどうだ、もう研究が終わる。鳥籠から彼女が出られる時だというのに、この事故だ。

町は歪み、道は壊れ、そして目の前には…化け物の群れ。



苛立ちを込めて、手から放った砂を雑魚に浴びせかける。

間髪を入れずに砂を鎖状に変化させ、足止めした怪物達に、ありったけの弾丸を叩き込んでいく。


倒れ伏していく怪物達だが、その圧力は減らない。ジリジリと押し込んでいるが、肝心の『天使』は悠然と後退していくのみだ。

(ゲームのつもりかッ…!あおちゃんを巻き込んでおいてッ…!)


苛立って『天使』に銃口を向ける所で、横から声が聞こえてくる。

「制圧射 効果ありであります!」

「やるじゃない。こっちの見せ場も残して欲しいものね」


余裕を持って『普段の事』のように対応する二人の姿、そして

恐怖を打ち消さんと、手の震えを抑え込みながら魔眼を構える沙織の姿が目に入った。


(…そうだ、ここは私一人で戦っている場所じゃ、無いんだ)

(先生はもっと怖いはず。あおちゃんもきっと怯えてるはず。…私が冷静にならないでどうするの)


頭に血が登ったら負け。チルドレンの道を選んでからずっと叩き込まれ続けた基本。

感覚を取り戻した錬は、着実に敵を追い込んでいく。

「向こうのペースであっても、精神まで呑まれるものか…!」


敵が減ってきた所で、『天使』が動き出した。

(その隙を逃すわけには…!)

動きに合わせて、精密に『天使』の脳天を狙って連射する。 人間の撃つ拳銃の集弾率ではありえない精度で、一点を貫くように弾丸は殺到する。


その弾丸を、天使は手を一振りするだけで全て捉えた。


「まるきり鏡写しですね。貴女と私は」

『天使』は、錬の方を見つめていた。

「鏡写し…?」

つい、その言葉に意識を寄せられた刹那、『天使』の手元に結晶が出来上がっていく。

それを散弾銃のように構えると、トリガーを引く真似事をして、弾き飛ばした。


結晶の弾丸の嵐が押し寄せてくる。

(…ッ!)

コレの直撃を喰らえば確実に命は無い。瞬時にこちらも弾丸を『散りばめ』させて心臓や脳を避けるようにズラした。


だが、降り注ぐ結晶に錬の体中から血が吹き、全身に意識が持っていかれるような激痛が走る。


なんとか意識と体を立て直した錬を、帰蝶が支え起こす。

「全く…時間稼ぎと言いながら無茶苦茶な戦術であります。消耗も考えないとは」

自分を助け起こしながらも、帰蝶は無傷だった。よく見れば軍刀に結晶がいくつか傷を付けている。

(あの弾丸を弾いて捌いたっていうの…?)


「あわよくばと思いましたが…本当に帰蝶さんは人間ですかな?」

「あいにく、今でこそ護国の鬼でありますが、まぎれもなく産湯に浸かって米を食べてスクスクと育ったタチでありますよ」

『天使』の攻撃を喰らっても、尚相手と軽くやりとり出来る余裕を、帰蝶は見せていた。


「まったく、レディに対して人間扱いもしないとは…コレじゃダンスの方も期待出来ませんわね」

服は傷ついてたいたものの、後ろから飛び上がったネロもまた傷は浅かった。


「支部長…!」

「錬、傷はまだ深いわ。ここで私のダンスでも見てゆっくりしてなさいな」

そう言ってネロはウインクして天使の懐に飛び込んだ。



その後は、悪魔めいた翼を広げ猛攻を仕掛ける少女と、それをいなしながら後退する天使を追いかける格好となった。

痛みはひどいが、精神に余裕の出てきた錬は、傷ついた自分の姿を見てショックを受けていた沙織をなだめながら、手を引いて走っていく。


走っていった先は、研究所のレネゲイトロン実験棟。

どうやら、裏道の最短経路へと誘導されていたらしい。


だが、もう迷っている場合ではない。

後退する手を止めた『天使』に向かって

「チェストぉ!」

軍刀を片手に大上段に振りかぶる帰蝶。

そのタイミングに合わせ真後ろに回り込んで爪で斬りかかるネロ

錬もまた、呼吸を合わせて、砲丸サイズはあろう弾丸を生成する。

砂の摩擦熱で点火し、自分の腕力をガイドレール代わりに投擲する。


…全ての攻撃は、無意味だった。

後に残ったのは、いなされて弾き飛ばされた弾丸。

地面に叩きつけられ、受け身を取ったネロ。

軍刀を受け返され、構えなおした帰蝶。


「さて…。この光景をご覧なさい」

そう言って、『天使』が一行に周囲を見渡すように告げる。

全てが、虹色に包まれていた。 もし、虹色の結晶だけで出来た鍾乳洞があれば、きっとこんな外観なのだろう。

そしてその結晶が、メキメキと音をたてながらその量を増やしていく。

「……おかしいと、思いませんか?」

天使は淡々と告げた。

「私が、こんなふうに痕跡も残さずに来れると、本当に思いますか?」

「都合の良いタイミング、時間までハッキリと判明していて、都合よく実験の首謀者と実験材料だけが行方不明」

その言葉と、風景から、錬に一つの最悪の可能性が頭をよぎった。


動揺した錬の横から、帰蝶が再び軍刀を手に躍り出た。

「そこもとは最近おしゃべりが過ぎるでありますな。動揺させる舌戦まで身につけようとは小賢しい!」

その軍刀を再び弾き返すと、手から今までの数倍以上の大きさの結晶を生成する。

これが砕け散れば、前回の比ではない。…確実に消し飛ぶ。


逃げ場は…無かった。

(なんとか先生だけでもかばわないと…)と、沙織の前に出ようとする錬を帰蝶が制した。

「二人共、頭下げて!!」

横を見れば帰蝶がネロの頭を掴んで地面に伏せている。

(でも、それで避けるなんて…)

と、逡巡していた錬の目に映ったのは、目を閉じて、魔眼を構える沙織だった。


それを見て、『天使』が先程までの淡々とした笑みを消して、結晶を放り投げた。


その先の光景は、錬の目にもハッキリと記憶されていた。


沙織が目を見開いた瞬間。

彼女の胸元に浮かんだ正八面体状の魔眼が、周囲の光を吸い込んでいく。 

周囲を闇に変えて青白く輝く魔眼は、目の前の対象に向けて無意志、無慈悲にその青白い光を解き放つ

青白い光の奔流は、結晶も、周囲も、全て飲みこんでいく。

閃光が夜明けの空よりも周囲を暗く染めたあと...

そこには、削り取られた床と、大きく穴の空いた隔壁だけが残った。


その『青い闇』を呆然と眺めていると、『天使』が再び錬達の視界に現れる。

相変わらず無傷だったが、その様子がどうにもおかしい。

「……あなたは、危険だ」

『天使』の言葉に苛立ちが混じっていた。

「この場がどれだけ価値あるか、存分に知っているだろうに!!」

そう言って、切間に向かって一直線に飛び込んできた『天使』が、ピタリと静止した。

「待たんかい」

言葉は、隔壁の奥から聞こえてきた。

隔壁の向こうからは、炉心が見える。

炉心には、水城親子の姿があった。

父親は、結晶に貫かれてピクリとも動かず。

娘は…葵は、手足を磔にされていた。


葵は、まるでペットや家族に言い聞かせるように、『天使』に告げた。

「アンタ、なにしてんねん」

「ウチはアンタに『無敵の外』になることは目指してもええって言うたけどな」

「なんで大事なお客さん、オトンの上司、世話になった先生…それに」

「大事な友だちに、傷をつけろと言った覚えはない」

「分かったらはよ去ね」

「御意に」

『天使』もまた、飼い主の言葉の如く、葵の言うことを聞いて…消えた。





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