ミドル3 生命の分光(Spectrum Of LifeLight)


沙織が意識を取り戻してすぐ、視界に入ってきた光景が一瞬理解できなかった。

屋根部分がえぐり取られた車、先程まで話していたエージェントが血を流し呻く姿。

彼女が好まないバイオレンス・ムービーよりも具体的で、質感を伴っていて、そして何より、この光景が網膜が映したものげんじつということが、頭の理解を拒んでいた。

いや、拒んでいたのではなく、受け入れられなかったのかもしれない。夢であってほしいと、沙織は無意識に願っていたのだ。

だが、現実は沙織をそのたゆたいにとどめてはくれなかった。

「負傷二名!」 「生存者は撤退をお願いするであります!」

「帰蝶、VIPは保護できたようね」「当然でありますよ、支部長殿」

「ではネロ支部長、私がカバーに…。 切間先生!大丈夫ですか? 切間先生!」

腕をゆすられて、また引き戻される。

「暁…君?」 

沙織が、研究の小遣い稼ぎに引き受けていたUGNチルドレン等への『家庭教師』。

錬はその中でも折り紙付きの優等生だった。いつも水城の娘の横に並び、面倒くさがる彼女をなだめ、叱り、時にはスネた振りまで、あらゆる方法で沙織の『授業』を受けさせようと一生懸命だった。

(そうか、この子もUGNの所属だったな…。)

「大丈夫ですか? 安心して下さい、私達がついてますから」

そういって、錬は沙織に笑顔を見せて後ろへ振り返った。

沙織はつられて錬の向いた方を見やる。

体を流体金属化して襲いかかる多数の『化け物』を捌く

たじろぎもせず銃撃を放ち続ける錬。

そしてもうひとり、年若い格好の少女が『空を舞って』化け物どもを切り裂いていく。


―馬鹿にでもわかる、命のやり取りがもうすでに始まっている。そして、その盤面に自分も駒として立っているのだ。

相手の『キング』と思しき巨躯の男の姿も、沙織の視界に入った。

「さて、私の仕事が終わった今、ぶっちゃけここからは時間稼ぎの余興ですが」

白い翼をはためかせ、沙織達の頭上を悠然と舞う『天使』。

「ゲームをしませんか? ルールは簡単、私相手の『鬼ごっこ』です」

「死なないように、私を追いかけてごらんなさい。虹の根元で待っていますよ」

そういって、男が指を鳴らすと、先程以上の『化け物』がそこいらの瓦礫から創り出されていく。

「全く、理科で習わなかったのでありますか?虹は光の加減の産物であり、根元には永遠にたどりつけないと相場が決まっております。それともそこもとは皮肉でも勉強したのでありますかな」

「まったく、朝方から派手にパーティをしてその上鬼ごっこだなんて随分礼儀がなっておりませんこと。少し教育が必要そうですわね」

帰蝶や、ネロと呼ばれていた少女は男の威容にピクリとも動じない。

視線を錬に送るが、自分の方をチラリと見て安心させるように微笑を浮かべる。

「皆さんが乗り気のようで結構です。…それでは、始めましょう。生命の虹、その解き放ちの夜を」

そういって、男は手から紫色の結晶の柱を作り出した。


逃げる? この子たちやばぁやを置いて? 無理だ、そんなの出来っこない。そもそもあんな怪物相手に私の力でどうこう出来るのか? 私はわずかばかりの超能力エフェクトは持ってるがただの科学者しろうとだぞ?

ああ、ごめんなさいおばあさま、沙織はずっと親不孝な子でした。

そこまで思い至った所で沙織はすっと頭を『切り替え』た。

魔眼を胸の前の中心に据える。 額からは冷や汗が流れ、手は震え、歯の奥が鳴る。

―あの日、人間を初めて撃ったあの日を思い出す。 あの時もこうだった。

まだ、こんな所で祖母に会いに行ってなどいられない。

こんな『厄介事』に巻き込んだ、水城に一言ぐらい文句を言ってやらねば、気がすまない。

…そのためにも生き残らねば。  沙織は深呼吸をして、目線を怪物共へと向けた。








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