OP3 七色の日常よ、さようなら
この田舎町でひときわ目立つオートロックの10マンション階建て
学生服の少女がその扉を開け、エレベータのボタンを押す。
7階でエレベータを降り、「水城」と書かれた表札の部屋の鍵を開け、入る。
「おかえり、れん。 外は暑かったやろ?冷房入れといたよ」
少しイントネーションに訛りがある声を聞いて、少女はいつもどおり靴を脱いで、上がる。
声の主も、同い年ぐらいだろうか。 声の先からは、トントンと包丁の音が聞こえてくる。
「ただいま。 …冷房ありがとね、あおちゃん」
「今更他人行儀なこと言うてどないすんの。 あ、今日は"そうめん"な」
れん、と呼ばれた少女は、手にした鞄をリビングの壁に置いて、洗面台へと向かう。
「みょうがのええのがあったんよ」
ノースリーブのワンピースにエプロンをつけて、あおちゃんと呼ばれた少女がテーブルに食事をテキパキと並べていく
ルームシェアをしている寮住まいの女子学生達、に見えなくもない。
やや雑然として、あちこちが飾り付けられた部屋。
ただ、窓という窓が補強され、部屋という部屋に監視カメラがあることを除けば。
れん…暁 錬(あかつき れん)が、この部屋の主、水城 葵(みずしろ あおい)の警護要員に任命されて5年になる。
「やっぱり、こういう蒸し暑い日の素麺はいいよね」
にこにことしながら、Tシャツにショートパンツ姿で部屋から出てくる。
青い陶器の大皿に盛られた素麺と付け合せの薄焼き卵、大葉、肉味噌。
「今日はれんも遅かったし、お腹空いてるやろ?もう食べよか」
錬は、手を合わせて一礼し、箸を進める。
素麺をすすり、その口元をほころばせた。
「やっぱり、あおちゃんの料理は美味しいね」
「インチキの産物やからね。こういう時だけは便利」
と、胸元に光る黒い石を撫でる。
「私だけ、「ターン制の時間」で生きてるからな」
葵は、いつでも好きなだけ、止まった時の中で思考することが出来る。
オーヴァードとして開花した彼女の唯一の技能だった。
「…そう、こういう時だけはな」
と、ニヤニヤと錬の方を見つめている。
「もう…、恥ずかしいからそういうのやめてって言ったでしょ」
「好きなもんを好きなだけ眺める それのどこが悪いん?」
照れもなく、葵は返事を返す。
「いつまで続けられるかわからんからね、この生活」
錬は、食事の手を止め、葵に訪ねた
「…なにか、あったの?」
それには答えず、葵は話はじめた
「れんとうちの関係って、不公平やと思わへん?」
「うちは無力な宝石箱 見た目はキレイやけど中身はあらへん」
「たいするれんは…うちのせいで血で汚れた剣」
「研究所でな、もう最終段階まで進んだんやってさ。
宝石箱も、もう終わり。せやから…もうちょっとだけ辛抱してくれへん?」
珍しく、錬はむっとした表情を葵に向けた
「辛抱なんていい方は…好きじゃない」
UGNチルドレン。有望な超人の少年少女と言えば聞こえがいい。
だが、その実態は秩序維持の為の少年兵同然の扱いだ。
事実、錬も葵の警護任務の過程で幾度と無くその手を血に染めてきた。
「あおちゃんだって、いつも命がけで「お仕事」してるでしょ」
「私は…任務だけじゃなくて、あおちゃんを「守りたくて」やってるんだよ」
その錬の目は、まっすぐ葵を射抜いていた
その視線に耐えきれず、葵は目をそらした。
「強いな、錬は。 誰かの為になんて、うちなんかじゃ無理や」
「うちは、醜い宝石箱やね」
「醜くても、中身を気にしてても…あおちゃんは私の宝石だから。そのままでいて?」
しばらく、エプロンに顔を伏せた後、葵は話し始めた
「明日、偉い先生が来るらしいわ」
「そこでまたうちの「仕事」や。終わったらまたこうやって…部屋に来てくれる?」
「宝石箱やなくて、水城 葵に会いに来て?」
錬が聞いたこともない弱々しい声に対して、はっきりと返事をする。
「明日も、ちゃんと会いにくるよ」
自分の部屋へ戻る途中、錬はスマートフォンのアラームを設定する。
6/15 3:00-
不安と、新しい日常の予感に胸を弾ませて、部屋の鍵を開けた。
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