オープニング spectrum for color
OP1 宵は巡りて虹となる
6月13日、暮れて数時間の頃。
居酒屋を訪れる影が一つ。
黒い髪に白い肌、場末の居酒屋には珍しいほどの麗しい女性。
軍帽にマント、中身も軍服という出で立ちで無ければ、誰かが声の一つをかけただろう。
席についた彼女は、これまた格好から似つかわしくないスマートフォンの通知を見る。
『帰蝶さん。蛸わさと鶏皮を塩で頼んでおいてください』
と書かれた一文を見て、こう注文した
「すいませーん! イカ刺しに肝、鶏皮のタレをくださーい」
カウンターに並べられた注文の品を味わう。
「流石は漁港の町、イカの鮮度も良くて食感も良いでありますなぁ」
古い長州訛り、いや、軍人訛りが口から出る。
現代の日本にはおおよそ不釣り合いな光景に、さらに不釣り合いな影が一つ。
身長は2mほどだろうか、全身を白であつらえた大柄の美丈夫
男は当然のように、帰蝶と呼ばれていた女性の横に座る。
「ウーロンハイとハツの煮込みを下さい」
男の方に一瞥もくれず、女性は食を進める。
「そこもとの食の好みは自分と関係はありませんが、かような所では刺し身を堪能するのがスジでありますよ。
ああ、席なら向こうが空いて居ます故」
そっけなく返した女性に対して、不快になる様子も無く
「そうおっしゃらずに。 生みの親の次に、付き合いが長いのですから。帰蝶さん」
「長い付き合いの貴女にお別れとお誘いを言いに来たのです」
そう言うと、男はコトリと白い箱を置いた。
帰蝶は、その箱を見逃さなかった。 彼女の数十年…そう、数十年に及ぶ戦いの記憶、そして知識から
この箱が、防諜用のシステムである事を。
そして、今この男と刃を交えた場合、この居酒屋が血の海になる事を避けられない事を直感した。
自分のすぐ横に居る男と帰蝶は、数年に及ぶ決着のつかない戦闘を繰り広げて来た。
男が襲撃した施設を帰蝶が守る。その繰り返しだ。その都度撃退して男の任務は果たされないが、
帰蝶自身も毎度打ち倒される。 両者に負けが無く、勝者もない戦い。
「ここまで、23回貴女と戦って来ました。ですが、それも昨日までです。
―こちらの目的が、果たされましたので。」
「帰蝶さん。 K町、レネゲイトロンのそびえる場所へ、私を殺しに来ませんか」
「妙な言い回しでありますな? 自殺志願のような世迷い言に興味ありませぬが…
軍人は、戦略的勝利が目前と宣言されて動かぬ生き物ではありますまい」
そういって、帰蝶は
「鶏皮の塩とたこわさ一つずつ」を頼んだ。
男は帰蝶の注文を代わりに受け取り、食べはじめた。
「お察しの通り、罠です。 私の知るもっとも上司に当たるものの邪魔になるのが貴女で…
全力で貴女を始末する事が最善だと結論づけました」
口を拭いて
「お互い、逃げられません。」
「相変わらず、持ってまわって「来てほしくない」というのを長々と講釈したものでありますね?
そこもとも知らぬわけではありますまい? 自分が相手の嫌がる事をする癖があるでありますからな」
男の手元においてあるたこわさを箸でつまみ、口に放り込む
その様子を気にする風もなく、男は続けた
「…貴女が勝てば”日常”は今まで通り」
「私が、この『ウリエル』が勝てばこの世界は…救済されます。 何もかもが」
酒を煽って、くしゃくしゃになった紙幣を数枚置いた
「貴女自身のために、決断してください。」
その様子を見た帰蝶は、ウリエルと名乗った男を指差して、バン、とカウンターを叩く。
一瞬周囲の客がどよめいたが、異様な雰囲気を察し、誰もが知らぬ顔をした。
「この帰蝶、すでに身命は御国に捧げ、この身はもはや護国の鬼兵ただひとつなり!」
「貴公がこの今ある平穏を乱すというのなら、鬼兵はただそれに立ちはだかるのみ!」
「望み通り、全霊を持ってお相手つかまつる。これまでと変わらず」
その声に、男は少しだけ表情を和らげた。
「ありがとうございます。…帰蝶さん。いや、アンブレイカブル(不壊者)」
「貴女が居なければ、私が真にインビンシブル(無敵)と定義されてしまうところでしたから」
一例して、男は「掻き消えた」
紙幣の上には、重し代わりの小さな虹色の鉱石が乗せられていた
帰蝶は勘定と冷を頼み、それをグイと飲み干すと店を出た。
6月のせいか、夜風が妙にじめついて重い。
ポケットから取り出した先ほどの虹色の鉱石を眺めながら、電話をかける。
「…ええ、K町への出向を希望するであります。 …ふむ、研究者の護衛任務でありますな?」
UGNからの依頼を受けて、着任先へ向かうため、帰蝶は駅へと歩きだした。
「…切間沙織、でありますか。」
先程までの硬い表情からふっと笑みを浮かべる。
「偶然でしょうが、懐かしい名前を聞きましたなあ」
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