第35話 ふんっ!!
「金貨21枚か、昨日の分と合わせて全部で26枚だな」
「ま、待て! 我とて昨夜は死闘を演じたのだ、勝利を祝い少しくらい好きなものを呑んだところでバチは当たらんだろ!」
首根っこを掴まれたままクロがなにやら言い訳を並べる。
「ほぉ、少しくらいねぇ」
クロの言葉にバーカウンターへと目をやる。
「す、すごい事になってます」
「お酒臭い……」
ステラとリサの言葉通りだ。
小さなバーカウンターには十数本の空き瓶が転がっている。
むしろ乗り切らなかったのか何本かは床に転がっており、部屋中に酒の匂いが充満しているという惨憺たる有様だ。
「お前はこれが少しだと言うんだな?」
「い、いや――我もちょっとだけはしゃぎ過ぎた嫌いはある。 だが、タナトスの奴も同罪だぞ! 奴も我と一緒になって酒盛りに興じてだな――」
「なるほど、んで? その一緒に呑んだ爺さんはどこに行ったんだ?」
言い訳の次は責任転嫁か、見下げた奴だな。
ガイコツの爺さんがどうやって酒を呑むと言うんだ?
「おい! 聞こえているのだろう! 貴様も出てきてミナトに謝らんか! まさかこのまま我に全ての責任をなすりつけるつもりではあるまいな!?」
『…………』
クロの叫びに答える者はおらず、部屋の中に沈黙が流れる。
「さて、昨日の今日でこの所業だ。 もちろん覚悟は出来てるよな?」
俺は笑顔でクロに尋ねる。
「待て! は、話せばわかる! そうだ、依頼の報酬があるではないか」
「お前はまだいくら貰えるかも分からん依頼料で酒を呑んだんだな?」
これはやはり反省を促す必要がありそうだな。
生きる上で金銭の扱いは極めて重要だ。
ない金を使うなど言語道断である。
「わ、我が悪かった! 二度とこのような真似はせん! だから――」
これ以上、言い訳に耳を貸す気は無い。
昨日と同じくテラスへと続く扉を開け、大きく振りかぶる。
「ま、待て! 今そんな振り回すような真似をしたら――」
「星になって反省してこい! このボケがぁああああ!!」
昨日より更に遠くまでぶん投げた。
♦︎
その後2人と相談して遅めの朝食、もとい早めの昼食を取るためにギルドへ向かう事にした。
とは言え、俺を含めて3人とも昨夜は疲れきってしまい、部屋へ戻るなりそのままベッドへと倒れ込んだ為、全身汚れたままだ。
2人は身支度を整えるのも時間がかかるだろうと思い、とりあえず先に風呂に入ってもらう。
その間にクロが散らかしたバーカウンターを片付け、空気を入れ替える。
アイツが散らかしたものを片付けるのは腹立たしいのだが、外出中に宿の人間が片付けに入ったら俺やステラ達が散らかしたと思われる恐れがあるのでそれだけは避けたい。
片付けを終える頃にはステラ達も風呂から出て来たので、俺も手早く風呂を済ませ、早々に食事へと向かった。
♦︎
「うぅぅぅ……頭が割れそうだ……まさか記憶が戻りかけているのか?」
「まだ酔っ払ってるのか? 単なる二日酔いだボケ」
宿を出たところで丁度クロが戻って来てしまった。
そのまま捨てていきたいところだったのだが、ステラが拾い上げてしまったので、仕方なく連れてきた。
「我が宿酔などに……うっぷ」
人の肩の上で
「大丈夫ですか?」
「ステラ、甘やかさなくていいぞ」
「む、無理かも知れん……リサ、回復魔法で治してくれんか?」
「ダメ、反省した方がいい」
うんうん、リサは分かってるな。
こういうのは甘やかしたら同じ過ちを繰り返す。
――まぁこういう奴は甘やかさなくても同じ過ちを繰り返しそうだけどな。
「く、後生だ……このままではミナトの肩がゲロまみ――ウッ!」
「だあああ! リサ! なんとかなるなら治してやってくれ!!」
このままではマジで俺の肩が大惨事だ。
リサは盛大に嘆息すると回復魔法をかけてくれた。
まったく、マジで今後はクロに酒は飲ませられないな……
♦︎
結局リサに二日酔いを治してもらったおかげで回復したクロを連れ、屋台の多い通りにやってきた。
昨日の串焼きも美味かったが、今日は違うものも食べてみたいところだ。
「そこのお兄さん! クルの実買っていかないかい! 栄養満点で保存もきくから冒険者におすすめだよ!」
威勢のいいおばちゃんの声に足を止める。
「クルの実?」
見ればカゴに積まれた木の実、もといカラ付き胡桃が目に入る。
結構好きなんだよな、胡桃。
アイテムボックスがあるので保存に関しては気にしなくて良いのだが、あって困るものではない。
「いいな、買っていくか」
「はいよ! ありがとう! 1カゴで小銀貨一枚だよ」
山盛りだし一つで充分だろ。
俺は小銀貨を手渡す。
「はい確かに! おまけで持ち運びに便利な麻袋をつけとくよ。 割るときに怪我しないように気おつけておくれ!」
受け取った胡桃、もといクルの実を二つ手に取る。
普通に割ると硬くて大変だがこうして二つまとめて握れば割ることが出来るはずだ。
「ふん!」
まったく割れませんでした。
「あっはっはっは! そんなんじゃ割れないよ! よほどの怪力なら話は別だけどね」
どうやら俺の知る胡桃よりはるかに硬いらしい。
ちょっぴり恥ずかしい。
どうやって割るのが普通か聞こうとしたところでリサが手を出してきた。
「貸して」
「ん? いいけどこれクソ硬いぞ」
リサは「知ってるよ」と言いながら手渡したクルの実を一個づつ両手に持つと――
「えいッ!」
合掌、そして乾いた音がリサの手の中から響いた。
「うっそん」
「あれま!」
「リサちゃん凄いですね」
少し照れた様子で中身を渡してくれる。
「驚いたね、長年この商売をしてるけど道具も使わず割れるのなんか力自慢の大男くらいだよ」
「森でよく拾って食べてたから」
小さな身体に大男にも負けない怪力――
なんつうギャップだ。
そういや、タナトスと戦ってる時俺のこと抱えて走ってたな。
しかしこのままではなんか悔しい。
俺は新たに袋から2個取り出しもう一度手で握り込む。
「ふんッ!! っく!!」
「コイツはなにを対抗意識を燃やしておるのだ」
クロの呆れた声を無視して更に力を込める――
と、その時手の中から小さな乾いた音が鳴った。
「はぁはぁはぁ……割れた」
手を開くと2つのうち一つだけ割れていた。
「はぁー……お兄さんもそんな細腕で大したもんだね」
「ヒュウガさんもすごいですね!」
「負けず嫌いにも程がある」
なんとでも言え。
俺は割れた方の実をリサに渡す。
「交換だな」
「うん!」
リサは嬉しそうに破顔した。
うん、笑顔が戻ったな。
やっぱり笑った顔の方がいい。
そんな事を考えながら俺たちはその後もいくつもの屋台を冷やかしながらお腹を満たして、満足したところでギルドへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます