第34話 一緒に怒られてくれよ?

「なるほどのぉ、随分と難儀じゃな」


 街へと戻る道程で一通りの事情を話した。

 言ってもここ2日の話だ、大した時間も掛からず説明を終えることが出来た。


 ちなみにタナトスは既に姿を消しており、声だけが虚空に響くというホラーな状況である。


「ああ、超困ってる、主にこの自称魔王の存在に頭が痛い」


「我がなにを困らせたと言うのだ、むしろ貴様には協力的だと自負しているぞ」


「それに関しては儂にはどうしようもないのぉ」


 やっぱり無理か、なんか魔法か何かでさっぱり分離とか出来ないか期待してたんだけどな。


「儂に言えるのはミナトの中におるのは、間違いなくこの世界で黒炎の魔王と呼ばれておった正真正銘の魔王ということくらいじゃな」


「マジかよ……断言するんだな」


「そうじゃ、詳しい事は儂からは話さぬがそれだけは保証しよう」


「む? なぜそのような含みを持たせた物言いをする? リッチよ、貴様まさか我の事を知っているのか?」


 確かにそうだ。

 今の言い方だとタナトスの爺さんはクロの事を知っている様にしか聞こえない。

 なら詳しい事を教えて欲しい。


「いや、それはやめておこう。 儂には何故死んだはずのお主がミナトの魂と共におるのか分からぬ。 加えてミナトがこの世界に召喚された理由も分からぬ。 しかしそれらが偶然とは到底思えんのじゃ、ならばそれらの謎を追うのはお主らの運命じゃろう。 儂の話など年寄りの冷や水になりかねんからのぉ」


 なるほど、爺さんの言い分は分かった。

 納得はいかないが、ここは理解したとしよう。

 だが、ひとつ聞き逃せないワードがありましたよ?


「爺さん、俺が召喚されたって言ったよな? それって要するに、どっかの誰かが目的を持って俺を召喚したって事か?」


確かクロも同じような事を言っていた気がする。

やっぱり誰かが目的を持って俺をこの世界に召喚したって事か。


「儂がそうであるように召喚魔法そのものはそれ程珍しいものではない。 じゃがお主は完全に異なる世界からの召喚じゃ、同じ召喚魔法でも掛かる手間も魔力も比較にならん」


 俺の転移は偶然ではなく、誰かが目的を持っての事だと?

 

 だが、当然ながら自分自身まったくもって心当たりが無い。


「今は気にしても仕方なかろう、本当に貴様が何者かに召喚されたのであれば、いずれその何者かから接触して来るであろう」


 その何者かが敵か味方か今は分からない。

 どちらにしても今のままではまずいだろう。


 どんな状況になってもいいように鍛錬を始めないとだな。


 そんな感じで話をしている間に街に戻ってきた。


 とにかく今はゆっくり休む事にしよう。


 リサは両親の事を知って以来殆ど口を開かない。

 ステラはそんなリサを気遣ってくれているが、明らかに疲れている。


 夜明けまでまだ数時間はある。

 無言のまま宿に戻った俺たちは正午まで休む事にして、ベッドに潜り込むとすぐに眠りへと落ちていった。


 ♦︎


「おいリッチ、いるのだろう?」


 我はミナト達が眠りへと落ちたのを確認してから中空へと声をかけた。


「おるがの、なにか用かの?」


 空間が揺らぎ、リッチが実体化する。


「む? 貴様随分と小さくなっておらんか?」


 先程戦った時はミナトと比べても2回りは大きかったが、今はステラとさほど変わらぬサイズになっている。


「話すだけなら充分じゃろ? それにいくら分体とは言え、こちらの世界に姿を顕現させるのは骨が折れるでのぉ」


「まぁよい、貴様とて少しは嗜むのであろう? ひとりで呑んでもつまらん、付き合え」


 酒瓶を示し、意思を伝えるとリッチも乗り気になった。

 矮小な身体故、自ら用意するのも一苦労なのだが、そこら辺を察してくれたのかリッチはグラスを2つ取り出し、魔法で氷まで用意してくれた。


 なかなか気の利くやつだ。


「かぁぁぁ! 美味い! やはり戦いの後の一杯は格別だな」


「ホッホッホ、酒など久しぶりじゃが、確かにこれは極上じゃな。 しかし、この酒随分と値が張るようじゃがよかったのか?」


 聞けばボトルに金貨8枚と札が下げられているらしい。


 …………まぁ開けてしまったものは仕方ない。

 我も命を掛けた以上、報酬を受け取る権利はあるのだ。


 ミナトの奴もそこまで怒るまい――多分。


「して、なんの用じゃ? わざわざ儂を呼び出すくらいじゃ、ただ酒の席に呼んだ訳ではあるまい?」


 グラスを傾けつつ、少し間を空けリッチに尋ねた。


「貴様、先程の戦いで何故手を抜いた?」


「カッカッカ! なんのことかのぉ?」


「しらばっくれるな、今の貴様は分体と言ったな? 先程戦った時も分体であったのだろう?」


 分体と言う事は本体が存在する。

 当然、本来の力を発揮する事など不可能だ。


「それに貴様、突然降参などと言ったが本当はまだ充分戦えたはずだ、それこそ本来の貴様ならば今のミナトなど虫を殺すより簡単だった筈だ」


 ミナトの最後の一撃――

 あれを食らったリッチは間違いなく一度倒れたはずだ。


 にもかかわらず、奴はわずかな時間で復活した。

 いかにアンデットでもあれ程早くは復活出来るはずがない。


 恐らく倒れた分体の復活をやめ、新たな分体を生み出したと考えるのが自然なのだ。


「カッカッカ! そうでも無いぞ? ミナトの成長は目を見張る。 儂との戦いの最中でも恐ろしい速度で成長しておった。 あのまま戦い続けてもどうなるか分からんかったわい。 それに本体の顕現はあの程度の召喚では供給される魔力がまるで足りんかった、仮に本体で戦えたとしても万が一負ければ折角の研究が出来んくなるわい」


 こやつにとって一番大切なのは研究という訳か……

 まぁ好き好んでリッチに身を落とした者の考えなど理解出来るはずもないか。


「その気になれば自身の魔力で本体を顕現させる事も可能であったのだろう? 万が一と言うくらいだ、負ける気などしなかったはずだ」


「儂にとってはこの結果は最上じゃ、ミナトとお主を間近で観察出来る。 あのまま戦うより収穫が見込める」


 我の空いたグラスに酒を注ぎつつリッチは話を続けた。


「本音を言えば確かに100回やって99回儂が圧倒するじゃろ、だが隠れておった者の実力が未知数じゃった。 わざわざ危険を冒す必要もないじゃろ」


「隠れていた者だと?」


 馬鹿な、そんな存在気がつかなかったぞ?


「なんじゃ、気づいておらんかったのか? ミナトは気づいておったぞ? と言っても恐らく最後の最後で気がついたといった感じじゃったがのぉ」


 正直まったく気がつかなかった。


「そんなことより、黒炎の魔王よ、お主の事に気がついておるか?」


「なんの事だ?」


「ふむ……いや黒炎の魔王がそう言うのならそれでいいじゃろ」


 まったく、このリッチは随分と迂遠な言い方が多い奴だ。

 ミナトも面倒な奴に気に入られたものだな。


「そうしてくれ、折角のいい酒が勿体ない」


「そうじゃな、魔王と呼ばれた者と酒を呑み交わすなど長き時を生きてきた儂でも初めての経験じゃ、ありがたく馳走になるかのぉ」


「ふん、生きてきたなどと、アンデットが使う言葉としては語弊があるのではないか?」


「カッカッカ! 違いない!」


 面倒な奴ではあるが――まぁ酒の付き合いが出来る者が増えたのは悪くはないか――


 空になったグラスにお互い新しい酒を注ぐ。


「リッチよ」


「なんじゃ?」


「貴様がなにを言いたかったかは分からぬが――」


 注いだばかりの酒をあおる。


「ミナト達に余計な事は言うでないぞ?」


 今後がどうなるかなど我には分からぬ。

 だが、世の中には知らなくても良い事などいくらでもあるのだ。


「カッカッカ! なるほどのぉ、ミナト達は随分と黒炎の魔王に愛されておるようじゃな!」


「戯言をぬかすな! それと我の事は今後魔王と呼ぶでない、ミナトが怒って仕方ない」


 甚だ不本意ではあるが、今の我にはクロという名がある。

 取ってつけたような安直な名ではあるが、既に定着してしまった以上、今更他の名など不要なのも事実だ。


「ふむ、そうじゃな、ならばお主も今後は儂の事をリッチと呼ぶでないぞ?」


「よかろう酒を呑み交わす友として、今後は呼び名ぐらい気を使ってやるとするか――では友としてこの酒を飲んだ事、一緒にミナトに怒られてくれよ?」


「なんと! お主が勝手に開けた酒じゃろ! 儂を巻き込むでない!」


 寝静まるミナト達を尻目に我と新たな友タナトスのささやかな宴は朝日が登るまで続いた――

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