第33話 そろそろ休みたい

 タナトスに案内され、廃教会の地下室へと来た。


 リサには少し落ち着く時間が必要だと思い、ステラに付き添いを頼み外で待ってもらっている。


「こりゃ別の意味で外にいてもらって良かったな……」


 地下室に足を踏み入れて瞬間、そう思わせる光景が広がっていた。


 10畳程度の広さの地下室――

 そこには数名の遺体が転がっていた。


「召喚術師の補助をしていた者たちじゃ」


 召喚術に失敗した結果、魔力はおろか生命力まで根こそぎ吸い取られたそうだ。

 どの遺体も干からびたミイラのようになっている。


 正直、なかなかキツい絵面だが、先程アンデットの大群を見ているせいか妙な耐性がついており、ギリギリ耐えられる。


「とりあえずさっさと終わらせようぜ……その光ってるやつを壊せばいいんだろ?」


 部屋の中心――

 そこには直径3メートル程の薄ら光を放つ魔法陣があった。


「うむ、その拳で床を砕いてくれればよい。 一部分で充分じゃからお主ならそう難しい事ではない」


 ふむ、それなら確かに簡単だ。

 石造りの床だが、多分普通の岩から切り出したものだろう。

 素手では心許ないが、今はこの手甲がある。

 金属質で頑丈な見た目をしているが、重さは感じない。


「んじゃ、やるぞ? まさかいきなり爆発したりしないよな?」


 さっき死にかけた事が若干トラウマになっている。


「大丈夫じゃ、そんな事にはならん」


 んじゃ、さっさと終わらせるか。


 魔法陣の中心に立ち、言われた通りに床の石を砕く。

 部屋の中心から四隅へと亀裂が走り、魔法陣が光を失った。


「コレでいいのか?」


「う、うむ……一部でよかったのじゃが、まさか床一面砕くとは思わんかったぞ」


「まったく加減というものが分からん男だ……」


 どうやら力加減を誤ったようだ。


 やっぱりこの世界に来てから身体能力が飛躍的に向上している。

 慣らす鍛錬を急ぐ必要がありそうだな……


 なんにせよ、これでタナトスの頼みは達成することが出来た。


 ♦︎


「お待たせ、終わったぞ」


 外で待っていた2人に声をかける。


 これでここでするべき事は終わった。

 あとは街に戻ってマーリンに報告すれば依頼は完了だが、まずは休みたい。

 夜明けまでまだ時間もあるので一眠り出来そうだ。


「では街に戻りましょうか」


「うむ」


「……うん」


「人間の街など久しぶりじゃわい」


 ……ん?


 なんか今、余計なのがひとり混じって無かったか?


「おい爺さん、なんか今変な事言わなかったか?」


「カッカッカ! 研究に没頭しておってのぉ、楽しみじゃ」


「ちょっと待てぇ!! まさかついてくる気じゃねぇだろうな?!」


「その通りじゃが?」


 なに当然のように言ってんだこいつは……

 冗談じゃねぇぞ、こんなのが街に現れたら街中大パニックだ。


「安心せぇ、召喚陣が消えた今この姿を維持出来ん、誰の目にも映らんから大丈夫じゃ」


「なるほどそれなら安心だ――ってそういう問題じゃねぇぇぇ!!」


 見ろ! ステラだけじゃなく、さっきまで暗い顔してたリサまで目を丸くしてるじゃねぇか!


「そう固いこと言うてくれるな、お主は興味深い研究対象なんじゃ、既に魔王を連れておるんじゃから今更リッチの一匹増えたところで変わりあるまいて」


 その魔王で既に手一杯目一杯だっつの……


 カッカッカ、と骨を鳴らして笑うタナトスに俺は頭を抱えた。


「ミナト、我も気乗りせんが今後のことを考えれば悪い話ではない。 此奴の持つ知識はそこらで手に入るものではない、多少の役には立つやもしれし、なにより放っておいてもついて来るだろう諦めろ」


 取り憑き一号に言われても腹が立つだけなんだが?


「そういうことじゃ、年寄りの助言くらいはしてやるでなよろしく頼むぞ。 そうじゃ、お近づきの印にこれをやろう」


 そう言うとタナトスはなにもない空間から一冊も本らしき物を取り出し、手渡してきた。


「なんだコレ――ッ!!」


 差し出されるがままに手に取った瞬間、思わず手を離してしまった。

 理由などない、全身から冷や汗が吹き出し、持っている事を本能が拒絶したのだ。


「大丈夫ですか?」


 ステラがそう俺に声をかけつつ、落とした本を拾おうと手を伸ばす――


「ま、待て! それに触るな!」

「え?!」


 慌てて声を掛けるが、遅かった。


 ステラは本を手にしたまま驚き固まっている――


「だ、大丈夫なのか?」


「え、えっと、なにがですか?」


 が、俺のように本を手放そうとはしなかった。


「ふむ、どうやらその娘は気に入られたようじゃな、お主は嫌われてしまったようじゃ」


「なんの話だ? つかアレなんだよ! 触って大丈夫なのか?!」


 どう考えても普通の本じゃねぇぞ!

 なんかヤバい呪いの書とかじゃねぇだろうな?


「魔導書か、それも凄まじい力を秘めた魔導書であろう?」


 魔導書――

 ファンタジー感満載、どっかの誰かさんなら飛び跳ねて喜びそうな単語の代物だな。


 手にしてなければ胡散臭いと一蹴したくなる所だが、あのヤバい感覚が嫌でも本物だと思わせられる。


「カッカッカ! その通りじゃ【ネクロノミコンの書】黒炎の魔王ならば存在くらいは知っておるじゃろ?」


 うーわぁー……


 語ればすぐさまそっち系の人認定確定の単語が飛び出した……


 確かクトゥルフ神話に出てくる奴だ。

 神話と言っても完全な創作物で、厨二病患者が良く使う設定のやつだ。


「ネ、ネクロノミコンだと?! ミナト、此奴厨二病だ!」


「ぶっちぎりで厨二病のテメェが言うな!」


 なんでクロの反応がこっち側日本人なんだよ。


「なんじゃ、黒炎の魔王ともあろう者が知らんのか?」


「む! それには深い事情があってだな――」

「今はそんな事どうでもいい! あの本触って大丈夫なのかって聞いてんだよ!」


「あ、あのぉ――本、消えちゃいました」


「――はい?」


 ステラの申し訳なさそうな言葉に思わず間抜けな声が漏れる。


 見れば確かに手にしていた本が影も形もない。

 あまりの気持ち悪さに投げ捨てたのかとも思ったが、それならそれでいい。

 あんな物持ってても多分いい事なんて無いはず――


「カッカッカ! どうやら新たな主人として認められたのじゃろう。 娘さんお主の名前を聞いてもよいかの?」


「は、はい! ステラと言います」


「ふむ、ステラじゃな? お主が呼びかければ答えてくれるじゃろう」


 その言葉通り、ステラが念じると再び魔導書が現れた。


「ステラよ、それをどう使うかはお主次第じゃ、強大な力を秘めた魔導書故、今のお主では扱い切れんだろうがいずれは自在に扱える日も来るじゃろ」


「はい、ありがとうございます」


「ステラ大丈夫か? 俺が触った時はすげぇ嫌な感じだったんだが……」


 ステラの様子を見る限り、本人はなんともなさそうだ。


「え? はい、すごい力を秘めている感じがするだけで特に嫌な感じとかはないですよ」


「カッカッカ! お主は嫌われたようじゃな! やはり対極の存在である光属性では触る事すら許さんようじゃな」


 ……まさかコイツ分かってて俺に渡したんじゃねぇだろうな?

 いや、絶対そうだ。


 なんかあったらどうしてくれんだ。


「しかし黒炎の魔王が魔導書ネクロノミコンを知らんとは思えんのぉ、もしや記憶を失っておるのか?」


 鋭いな、面倒だが説明くらいしておくか、なにか聞けるかもしれないし。


「そうだな……すげぇ嫌だけど爺さん俺たちについて来るんだろ? とりあえず街に戻りつつ説明するわ」


 いい加減、そろそろ休みたい。


 それに――


 俺は暗い森の先に目をやる。

 僅か――本当に僅かながら何かの気配を森から感じる。


 ……これ以上、変なオバケに取り憑かれるのはゴメンだ。

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