第31話 疲れた

 

 クロに2人の事を託す事に迷いは無かった。


 最初は魔王を自称する胡散臭さいオバケだった。

 偉そうで自由過ぎる振る舞いにイラッとくる事もあった。


 でもアイツはタナトスを前に一度も逃げろと言わなかった。

 俺が死ねばアイツもどうなるか分かったもんじゃない。

 それなのに、だ。


 俺はステラとリサを守らなきゃいけない。

 そう約束したからだ。


 でもクロはそんな俺の意地に文句の一つ言わず、命をかけてくれた。


 だから今はそんなアイツクロを信じれる!


「あの娘達が気になって仕方ない様じゃな? しかし、他人を心配する余裕があるのかのぉ?」


 その言葉と同時にタナトスの周囲を急速に黒い煙が立ち込め、あっという間にその姿が見えなくなる。


 ただの目眩し――


 そう思った瞬間、唐突に奴の気配が消えた。


 それまで確かに感じていた気配が消えた事による一瞬の戸惑い――


 そして、黒い煙の中から振り下ろされた大鎌の斬撃――


 目に飛び込んできた光景に思わず大きく後ろに飛び退く。

 と、同時に俺は自分のしでかした致命的なミスに気がついた。


(っ! 気配がッ――!)


 確かに目に写る斬撃、だがそれには微塵も気配がない。


 フェイク――


 気がついた時には手遅れだった。


「危ない!!」


 悲鳴に近いリサの叫びが耳に響く――


 背後に感じる気配と殺気、そして迫る大鎌の気配を無理矢理身体を捻りながら躱そうとするも、反応の遅れは取り返しがつかなかった。


 次の瞬間、俺は地面に両膝を突いていた。


「『ファントムスラッシュ』幻影でしか無い斬撃じゃ、意識が他に向いておらねばお主なら瞬時に看破しておったろう」


 確かに奴の大鎌は俺の胴から真っ二つに刈り取っていった。

 だが、身体は泣き別れどころか傷一つない。


 しかし、凄まじい疲労感に襲われ、立ち上がる事すら出来ない。

 体力を根こそぎ奪われたようだ。


「カッカッカ! 今度こそ勝負ありじゃ、もはや立ち上がる事すら出来まい?」


「ダメッ!」


 俺を庇うように目の前に小さな背中が飛び込んでくる。


「リサ?! 何やってんだ!」


『ハイヒール』


 リサは俺の言葉に返事を返さず、魔法を使う。

 お陰ですぐさま体力は回復した。


 だが、何故逃げてない?


「なんじゃ? まだ逃げ出しておらんかったか、せっかく小僧の体力を奪ったと言うのにまた振り出しに戻されたか」


 俺の疑問をタナトスが口にする。

 2人を逃がそうとした事に気がついていたのか……


「奴の言う通りだ、なんで逃げてない!」


 思わず声を荒げてしまう。

 確かに助かったのだが、これでは振り出しに戻っただけだ。


 表情は見えず、やはり返答はない。

 だがその身体は小さく震えている。


「ここは任せて先に逃げてくれ、必ず後から俺も追いかけるから」


 あ、ヤバ!

 これ誰でも知ってる死亡フラグってやつだ……


「逃がさんよ、しかしいい加減面倒になってきたのぉ手……もうよい、少しばかり切り刻んでも良かろう」


 タナトスが大鎌を再び構えた。


「気をつけるんじゃな、もう先程の様に身体を傷つけない代物ではないぞ?」


 ようは次は胴体真っ二つって事か……


「当たらなければ良いだけだろ?」


 もうさっきみたいな手は食わないぞ。

 元々一発アウトの条件でやってたつもりだ。

 さっきのは運が良かっただけだからな。


「リサ! 行け!」


「ッ! でも!」

「でもじゃねぇ! 早く行け! 頼む!」


 振り返ったリサの目には涙がたまっている。

 ここまで一度も涙を見せなかったリサが、だ。


「逃がさんと行っておるだろ!」


 タナトスの視線がリサに移る。


「テメェの相手は俺だ!!」


 右手に魔力を集中し、思い切りその胴体に拳をねじ込む。

 さっきはここで爆発させたが、今回は違う。


 気を集中して拳を突くのと同じだ。

 奴に打撃は効かない。

 だが、魔力を込めていれば違うんじゃないか?


 右手に硬いモノを突いた時と同じ手応えが返ってくる。

 それと同時にタナトスの身体が僅かに後ろへと下がった。


「ぬぅ……やはり面白いのぉ……一手打つごとに成長しおる、なんとも貴重な研究対象じゃな」


 効いたのか?

 表情が動かないから効いてるのかどうか分からないぞ……


「やはり一匹づつ確実に捕えるのが良さそうじゃな!」


 再びタナトスから黒い煙が吹き出す。

 先程と同じように煙の中へと姿を消すと、気配が消えた。


 先程は幻影の一撃が煙の中から現れ、背後に回られた。

 だが今回も同じとは限らない。


 どこから来るとも分からない一撃に全神経を集中する。


『ミナトォ!!』


 タナトスの一撃に備えていた俺の頭の中にクロの声が響き渡る。

 その声に考えるより先に紫電でステラ達へ駆け出した。


「クソッ!!」


 奴が狙ったのは俺じゃない!


「取るに足らんと思うて捨て置いたが、お主の回復魔法は面倒じゃ、すまんが先に仕留めさせて貰うとするわい」


 ヤバい!

 2人とも奴に飲まれて固まっている。

 このままだとまとめてやられる。


 もう一度殴り飛ばすか?

 だが、もし防がれたら2人ともやられる。


 なら防ぐしか無い!

 上手く行く保証はない。


 だが――


(考えてるヒマなんかねぇ!)


「おおおおおお!!!」


 振り下ろされた大鎌が2人に迫る――


(間に合えぇぇぇ!!)


 ギリギリでタナトスと2人の間に滑り込むと大鎌を受ける為に拳を重ね、全力で魔力を集中する。


 あの大鎌は魔力を物質化したもの――

 そして魔法でなければ防げない――


 確かに俺は魔法なんて使えない。

 唯一使える黒炎ですら奴からすれば紛い物だと言われた。


 だが、魔法しか効かないはずのヤツでも魔力を込めた拳で殴れたのだ。


 ならこの大鎌も魔力を集中したこの拳なら防げる筈だ!


「愚か者め! その程度で儂のグリムリーパーを防げると思うたか!」


 もしヤツの言う通り防げずに終われば、俺は両腕はおろか、命もないだろう。


 そんな事、覚悟の上だ!


「ッ! 『ハイプロテクション!』」


 目の前に薄らと光る透明な壁が浮かび上がり、タナトスの大鎌を防いだ――


「小賢しいわ!!」


 透明な壁にヒビがはいる――


「ヒュウガさん!」

「逃げて!」


 そう2人が叫ぶが、俺はここから動くつもりはない。

 次の瞬間にはリサの魔法は砕け散るだろう。

 そうなれば、2人は死ぬ。


 だから俺はここから動く訳には行かないんだ!


「ダメ! もう持たない!」

「終わりじゃ!!」


 その言葉と同時にリサの魔法が砕け散った。


「やられるかぁぁぁぁ!!!!」


 両の拳を襲う衝撃に身体ごとのを必死に耐える。


 そう、――


「バカな!!」


 斬り飛ばす筈の俺の両拳にタナトスが驚きの声を上げる。


「おおおらぁあああああ!!!!」


 受け止めた大鎌を弾き上げる。

 止められるとは微塵も思っていなかったのだろう、タナトスが大きく体勢を崩した。


「いい加減しつこいんだよ――」


 目の前には体勢を崩し、ガラ空きの胴体――


「ぶっ飛べ――」


 地面を砕く勢いで踏み込み――

 全ての力を余す事なく拳に乗せた正拳突き――


――ほう!!!!』


 拳に伝わる確かな手応え――


「ッッッ!!」


 声にならない声と共にタナトスは吹き飛び、そのまま廃教会の壁に穴を開け中へと消えていった。


「……疲れた」


 気力も体力も空っぽだ。


 地面に座り込み、自分の腕に視線を落とす。

 そこには黒い手甲がいつの間にか装着されている。


「なにこれ?」


 見覚えの無いソレはただ静かに黒く輝いていた――

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