第26話 はは……なにして遊ぶよ?

「じゃあ気を取り直して行くぞ?」


「貴様が腰を折ったのだろう」


「3…2…1…行くぞ!!」


 合図と同時に一斉に茂みから飛び出す。


「クロ!!」

「どこまでも勝手な奴め!」


 右手に神経を集中するとあの黒い炎が目の前で唸りをあげるゾンビを飲み込み、一瞬にしてその存在を消滅させる。

 同時に僅かな目眩を感じたが、問題ない程度だ。


「ステラ! リサ! 一気に行くぞ!」


 黒炎によって真っ直ぐに出来たスペースを走り、一気に広場の中央に向かう。

 当然こちらに気がついたゾンビやゴーストたちが襲いかかってくるが、その動きは緩慢で駆け抜けるのは容易だ。


「リサ! ここら辺でいいか!?」


「うん!」


「よし! ステラ無理すんなよ!」


「はい!」


 広場の中央に陣取り、いよいよゾンビ共を相手にする。

 囲まれる前に近い奴を片っ端からブッ飛ばすだけの簡単なお仕事だ!


 無手の神玉に魔力を込め、最初の一体を殴り飛ばす。

 が、その手応えに全身鳥肌が立った。


「ぎゃーー! グチャっていった! グチャって!!」

「やかましい! 腐敗しておるのだそのぐらいで騒ぐな!」

「いやいや! だってさぁ!」

「そらまだまだ来るぞ!」


 鳥肌が立つのを堪え、近づいてくるゾンビをひたすら殴り飛ばす。

 その度に『グチャ!』とか『ビチャ!』とか……

 ガーブのくれた無手の神玉のおかげか、手にアレなモノがついたりはしていないが、多分それ以外には色々飛び散ってる気がする。


 考えたく無いけどね!


「!! 上だ!」


「っつ! おらぁ!」


 反射的に上から迫る気配に拳を振り抜くと風船を殴った様な手応えが返ってきた。


「ミナト貴様ゴーストを殴り飛ばしただと!?」


「え? そうなの?」


 どうやら頭上から襲って来たのは大量に飛び交うゴーストだったようだ。


「なんというデタラメ……いや、その腕輪の力か」


「どう! いう! 意味! だ!!」


 手を休める余裕は無いのでゾンビを相手にしながら叫ぶ。


「普通なら実体を持たぬゴースト相手に物理攻撃が通用する訳なかろう、だがその腕輪は魔力を纏う装備だ。 結果、今貴様の攻撃は物理攻撃と魔法攻撃を同時に行える、とあの武器屋の店主が言っておったろう」


 ……全く記憶にございません。


 そんな事言ってたか……?


 だが、そんな事どうでもいい。


 なるほど、という事は今の俺はオバケもぶん殴れるという事か。


「ならもう怖いもんはねぇ!」


「……貴様が何故幽霊を恐れるのかわからんかったが、なるほど今理解したわ」


「ばっか! こっちは何も出来ないのに向こうは好き放題出来んだぞ? 卑怯だろ! あと別にオバケが怖いわけじゃねぇての!」


「たった今『もう怖いもんはねぇ!』と言っておったろ……」


 うるさいヤツだ、こっちは倒しても倒しても無限湧きなんじゃね? って感じで戦ってるっつぅのに……


「ヒュウガさん!」

「!!」


 声のした方へ振り返ると、そこにはゴーストとゾンビに囲まれるステラの姿がーー


「っち!! 伏せろ!!」


 ステラがその場で伏せたのを確認し、再び右手に神経を集中する。


「絶対ステラに当てんなよ!」

「言われんでも分かっておるわ!!」


 右手から放たれた黒炎が飛び交うゴーストとゾンビの上半身だけを見事に焼き尽くす。


「大丈夫か!!」


「はい、すみません」


「一体どうしたんだ? 一瞬前まで上手いことやってたように見えたんだが」


 俺はゾンビを相手にしつつも、ステラとリサには細心の注意を払っていたつもりだ。


 ステラの叫び声が聞こえてくる前はどうやっているのか分からないが、ステラに近づくゾンビやゴーストは全てその足を止めていた。


「わかりません、最初は問題なくコントロール出来ていたんですが、突然一切こちらの魔力を受け付けなくなってしまって……」


 理由は分からないが、ゾンビ達が操れなくなったという事か……


「まずいぞミナト! 撤退だ! 急げ!」


 突然声を上げた。

 その声は明らかに焦りが含まれている。

 初めて聞くクロの剣幕に嫌なものを感じたが——


「ミナトさん! 浄化魔法発動出来ます!」


 それとほぼ同時にリサから合図が上がった。


「クロ! どうす——」

「リサ! 浄化魔法を発動しろ! 発動したらすぐさま撤退だ!」


『どうする?』そう聞く暇もなくクロが叫ぶ。

 理由は分からないがクロの焦り様からあれこれ聞いている場合ではなさそうだ。


「分かった!」


 リサは手にした杖を頭上に掲げると——


『ホーリーフィールド!』


 その発声と同時にリサの杖から眩い光が頭上で炸裂し辺り一面に降り注ぐ——


「ミナト! リサを抱えて走れ! 逃げるぞ!」

「ちょ! 待て!」

「説明してる暇はない!」


 リサの浄化魔法は発動したはずだ。

 だが、クロの様子から浄化魔法はただ逃げる為だけに発動させたとしか思えない。


 こりゃ素直に従う方が良さそうだな。


「ステラ行くぞ!」

「は、はい!!」


 リサを抱き抱え一目散に駆け出した。

 浄化魔法の影響か周囲のゾンビはその場に倒れ、飛び交っていたゴーストも見当たらない。

 一見すれば予定通り万事解決に見えるのだが——


「!! 止まれ!!」


 もうすぐ森の中といった所でそう叫ばれても急には止まれない。

 俺はたたらを踏みつつもなんとか森に入る一歩手前で足を止める。


「っ! なんだよ! 逃げろって言ったり止まれって言ったり!」


「……どうやら手遅れだったようだな」


「何を言って——ッッ!!!」


 まず襲って来たのは吐き気だった。

 胃の中を無理矢理かき混ぜられた様な激しい不快感に思わずその場で蹲りたい衝動に駆られる。


 だがそれを許さない程の強烈な気配に今度は全身がその場に縫い付けられた。


 ソレは振り返ればそこにいるだろう。


 だが、身体が動かない。

 いや動きたくないのかも知れない。


 これまで生きてきてこれ程までに明確な悪意と脅威に晒されてきた事はない。

 そんな気配を振り撒く存在を見たくないだけかも知れない——


「しっかりせんかミナト!」


「ッブハ!」


 クロの声でようやく自分が呼吸すら忘れていた事に気がついた。

 固まっていた身体も今は動く。


 相変わらず背後からは強烈極まりない気配が存在するが、先程のように飲まれる事は無かった。


「サンキュークロ……俺を気配だけで居竦ませるとはな」


 軽口を叩いているが、実際は冷や汗が止まらない。

 動けるようになった今でも出来る事なら振り向きたくないのが本音だ。


 だが、そうはいかない。


 腕を通してはっきり伝わる程に震えるリサと後ろにいるステラを守るのが俺の役目だ。


「カカカカカカ! 面白い気配を感じて網を張ってみれば随分と珍しい雛鳥が迷い込んだようだのぉ」


 しわがれた爺さんのような声が背後から聞こえてきた。

 間違いなく強烈な気配の主だろう。


 意を決して振り向くと、そこには一言で言えば死神がいた。


 真っ黒なローブを身に纏った骸骨——

 両手に握られた巨大な大鎌——

 フワフワと宙に浮き、落ち窪んだ真っ暗な眼孔からは視線を感じる——


「最悪だぞミナト……ヤツはリッチだ」


 金持ちなのか? などという下らない冗談が思い浮かぶだけさっきよりかはマシな精神状態だが、流石にそれを口にする余裕は無い。


「ほうほう、ワシと相対して動けるか、雛鳥にしてはなかなかじゃな」


「はっ……全然褒められてる気がしないな」


 震えそうになる声を必死に押し殺す。


 経験した事の無い圧倒的な死の気配に気を抜けば心が折れそうになる。


 だが、ステラとリサを逃すまでは何としても時間を稼がなければならない。


 リッチから目を離さず、ゆっくりとその場にリサを下ろしつつ、小声で話しかける。


(リサ、合図をしたらステラを連れて死ぬ気で走れ)


 一瞬躊躇いを見せたが、すぐに小さく頷いてくれた。


 正直、まるで勝てる気がしない相手だ。

 どれだけ時間を稼げるかも判らないが、二人が森を抜けるまでなんとかしなければならない。


「ふむ、悪くない判断じゃがそう上手く行くかのぉ?」


「随分耳の良い爺さんだな……」


 油断してくれるならありがたい話だが、残念ながらあれは余裕だ。


「ステラ、リサと逃げろ」


 バレっているなら遠慮は要らない。

 今はとにかく二人が逃げてくれるのが最優先だ。


「どれ、少し遊んでやろうかのぉ」


「はは……なにして遊ぶよ?」


 不意打ちは好きじゃないが、四の五の言ってる場合じゃない。

 見てろよ、その余裕すぐになくしてやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る