第25話 人の話はちゃんと聞かなきゃな……

 慣れない暗闇に神経を尖らせながら獣道を歩き、ようやく目的地を視界に捉えた。


 木々が生い茂る森の中とは違い、建物とその周辺は月明かりに照らされ思いのほか視界は悪くない。

 廃教会と言われていただけあり、建物は遠目に見てもボロボロで、周辺も荒れ果てた花壇らしき物とベンチの残骸などかつては訪れた人々の憩いの場であったであろう事が辛うじて分かるのだが——


「……うぇ」

「凄い数です」

「……」


 建物周辺には恐ろしい数のアンデットが埋め尽くしており、更にそのアンデットの頭上を半透明の何かが飛び回っている。

 多分全部で200体はいるだろう。


 とてもこの世の光景とは思えません。

 だが、ここで引き返す訳にはいかない。


 と言う事はこの中に突っ込んで行く訳です。


「……よし、クロ行け」

「馬鹿者この姿ではなにも出来んと言っておるだろ。 貴様が突っ込み、我が黒炎で焼き尽くすのが最も手っ取り早い」


 うーん……正直悩む。

 キモイから殴りたくないってのもあるが、この数相手だ。

 いざとなったら火事が云々言っていられないかもしれん。


「マジで燃え移ったりしないんだな?」

「何度も言っておるが、そんなヘマはせん。 だが問題はこの数を焼き尽くすにはミナトの魔力では足りんかも知れん」


 魔力か、確かオークの時は一発撃っただけで目眩がした。

 目の前のゾンビやらオバケどもを全滅させるとなると一発二発じゃどう考えても厳しい。


「リサ、ちなみにこの数を浄化魔法で倒すとなったら何発必要だ?」


「えっと、時間さえあれば一発でまとめて浄化出来る」


 なんですと?


「広域浄化魔法『ホーリーフィールド』範囲が広いほど発動までに時間が掛かる、多分10分か15分……あと自分を中心に範囲を広げるから……」


 出来るだけ奴らのど真ん中にって事か……


 だが、逆に言えば奴らの中心で時間さえ稼げば一掃出来るって事だ。


「よし、ならやってやるか!」


「え? まさかあの中に突っ込むんですか?!」


「ああ、広場の中心まではクロの炎で強引に突破する。 二人は俺についてきてくれ」


「でもそれじゃ囲まれてしまいます! いくらなんでも危険過ぎませんか?」


 ステラの言うことはもっともだ。

 だが、あの数を相手にするのであればいずれは囲まれる可能性が高い、ならいっそ最初から囲まれる事を前提で突っ込んだ方がいい。

 それにいよいよヤバくなったらクロの炎で包囲を突破し逃げればいい。


「まぁでも危険なのは間違いない。 街のチンピラ騎士とは訳が違う、アイツらは最初からやる気満々だ。 二人の事はなにがなんでも守るが、怖いなら街へ引き返してもいい。 マーリンには俺から説明する」


 ぶっちゃけ俺だって怖くないと言えば嘘になる。

 今まで色々とケンカをしてきたが、最初から命のやり取りなんて事はなかった。


 だが、この世界ではそれが当たり前になる。

 遅かれ早かれ命懸けの戦いに身を投じなければならないなら、今逃げたところで意味はない。

 まだ子どもとは言え、リサだってそれは同じだろう。


 だが、ステラは違う。


 彼女はまだ生きる世界を選べる。

 街の中で普通に働いて生きる道だってある。

 なら今ここで無理をする必要はない。


「そんな事出来るはずありません! そもそもヒュウガさんを巻き込んだのは私です! だから私も戦います!」


 だから別に巻き込まれた訳じゃないんだけどな……

 まぁステラならそう言うと思ったけど……


「リサも覚悟はいいか?」


「うん、私は最初からそのつもり」


 リサは元々俺たちとは目的が違う。

 両親の為に危険を承知でここに来たんだ。

 最初から腹は決まってるって訳だ。


「よし! なら行くぞ準備はいいか?」


 二人は手にした杖を強く握りしめ、無言で頷く。


「……そういやぁ二人とも新しい杖なんだよな、使い勝手とか色々試さなくて大丈夫だったのか?」


「今更それを言うのか貴様は……」


 いや、締まらなくて申し訳ないんだが、状況的に命を預ける物だし……


「だ、大丈夫です」

「私も大丈夫」


 ……次から気をつけよう。

 ステラさんの苦笑いとリサの心なし冷たい目線にそう心に誓った。


 ♦︎


「これが武器なのか?」


 ガーブに手渡されたのは銀細工の腕輪だった。

 多少の装飾はあれど至ってシンプルな作りだが、親指の先ほど透明な宝石が目を惹いた。


「ああ、おめぇさんにピッタリな武器だ。 いいか? そいつは無手の神玉っつぅ無茶苦茶貴重な宝玉が埋め込まれた腕輪でだな——」


 長くなったので要約すると、コイツをつけると装備者の魔力で手足を保護してくれるんだそうです。


「……さっき言ってたこのコートの身体強化ってのとおんなじじゃね?」


「……オメェ俺の説明全然聞いてなかったろ?」


 あれ? どうやら違うものらしい。

 なにが違うのか少し考えてみたのだが、思い返して気がつく。


(このコートも付与ってのが色々あるって言ってた気がするんだが、なんだっけ?)


 どうやら思ってた以上に聞き流してたらしい。

 だって話長いんだもん。


「かぁああ! たく仕方ねぇ野郎だ! もう一度説明してやっても良いが聞く気あるか?」

「ない」


 もう一度言うがこのガーブと言う男、話が長い!

 どのくらい長いかと言えば夏休み前の終業式の校長の話ぐらい長い。


「だと思ったぜ、とにかくその腕輪をつけて魔力込める! で、全身を包み込む! まぁ扱いの難しい装備だが、使いこなせりゃぁ——」


 ガーブに言われた通りにやってみると、すぐに腕輪に変化が起きた。

 クロの炎を使った時に魔力を込める感覚はなんとなく理解していたので出来る気がしたのだが、それは間違いではなかったようだ。


 腕輪に埋め込まれた宝石——もとい宝玉が光を放ち始めた。


 んで、次は全身を包み込むだったか?


 ……意味わかんなくない?


 ああ、手足を保護してくれるんだったか。

 ならあれだ、グローブと靴のイメージだな。


 我ながら適当過ぎる気もしたのだが、はたしてそれが上手くいってしまった。


 ガーブの言う通り、目には見えないのだが、確かに手足を包み込む何かを感じるので多分上手くいったのだろう。


「これで良いのか?」


「……驚きを通り越して呆れるぜ、おめぇさんは光属性だろ? 今の魔力はなんの属性も持ってねぇ、普通は逆なんだけどな」


「逆?」


「慣れねぇとどうしたって自分の得意な属性に魔力の質が寄っちまうもんなんだが、今のその魔力はいわゆる無属性ってやつだ。 上位属性ほど普通は——」

「あ、うん。 大丈夫、なんとなく分かった」


 また長くなりそうなので適当に話を遮っておく。


「……普通ならオメェみてぇな野郎に売るもんはねぇんだが、今回はそのセンスに免じてくれてやる、だがこれだけはは覚えとけ! 武器にしろ防具にしろ生かすも殺すも使い手次第だ、面倒でもテメェの装備くらい完璧に理解してやれ!」


「……分かった」


 ♦︎


 あの時、ガーブ対して失礼だったと反省した。


 あの時の俺は緊張感が足りなかったんだろう。


 命を預ける装備品を理解するのは大切な事だ。


「——ヒュウガさん?」


 二人はしっかり自分の装備品に関して理解していました。

 うん……人の話はちゃんと聞かなきゃな……

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