第24話 魔法は男の子の夢

 日が落ち、夜を迎えたスクルドの街は昼間とは少しだけ行き交う人たちも変わっている。

 多くは仕事を終えた者たち、中には冒険者らしき男女のグループも見て取れた。

 これからそれぞれが飯を食ったり酒を飲むのだろう。


 だが、そんな楽しげな人々の波に逆らい俺たちが向かうのはレストランでも酒場でも宿屋でもない。


 煌びやかな光を放つ街の外——

 アンデットとゴーストが待つ廃教会だ。


「……帰りたい」


「すみません、私がマーリンさんにあんな事言ったせいでヒュウガさんまで巻き込んでしまって……」


 俺のボヤキが聞こえたのかステラが申し訳なさげにそう口にする。


「いや、別にステラが悪い訳じゃ無いよ、どちらにしてもこの依頼は受けることにしてたさ、俺にはコイツが必要だったからな」


 そう言って俺は自分のギルドカードを見せる。

 コイツがどこまで効果を発揮するかはわからないが、出来るだけ揉め事は起こしたくない。


「の割には早々に教会連中をぶん殴っておったがな」


「あれは仕方ないだろ、それにお陰で強力な仲間が出来たんだ結果オーライだろ」


 俺がリサの頭に手をやるとこちらを見上げた。

 フード付きローブのお陰で耳や尻尾は隠れているが、会った時とは違い前髪は整えたので表情ははっきり見える。

 だが、その表情はどこか固く緊張しているようだ。

 不安の色も見て取れる。


 まぁ、無理も無いか。

 なにしろこれから向かう先に両親がいるかも知れないのだ。

 それもリサの知る姿では無く、アンデット化した両親が、だ。


「ミナトさん」


 そう俺の名を口にしたリサはギュッと自分のローブを握りしめ、俯く。


「どうした?」


「どうしてミナトさんはこんなに良くしてくれるの?」


 そう恐る恐るといった感じで尋ねてくる。

 だが、そんな事言われても答えは一つしかない。


「リサみたいな子どもが困ってたら助けてやりたくなるのは当然だろ? と言うかさっきも言った通り、少なくとも俺はそういう性分なんだよ」


「でも、そんな人今まで誰も居なかった。 獣人だからって意地悪する人か、子どもだからって話も聞いてくれない人ばっかりだった」


 リサはそう言って悲しそうに顔を伏せた。

 10歳そこらの女の子がひとりぼっちで味わうにはキツすぎる境遇だ。

 それでも必死にできる事をしようと足掻いたんだろう。


「言ったろ? 俺はお前の味方だ、むしろ今は仲間だと思ってるぞ? 自慢じゃ無いが俺はオバケが嫌いなんだ、頼りにしてるから頼むぜ?」


 俺はわざと戯けて見せる。

 リサは一瞬キョトンとしたが、すぐに薄い笑みを浮かべて頷いてくれた。


「私も頑張ります!」


 拳を握りしめ、やる気に満ちた表情のステラが宣言する。


「ああ、ステラも頼むぜ」


 こりゃオバケが苦手とか言ってる場合じゃなさそうだな。

 俺も一丁気合い入れてくか!


 ♦︎


 街の内と外は高く頑丈そうな外壁で隔てられている。

 出入りの為の巨大な門は昼間とは違い閉ざされていたが、見張りの騎士に事情を説明しギルドカードを見せたらすんなり通してくれた。


 だが、街から少し離れた所であるミスに気がついた。


「……暗すぎる」


 そう、バリバリの都会育ち現代っ子である俺は灯りの重要性というものがすっかり抜け落ちていたのだ。


「そうですか? あ、でも確かも森の中では月明かりが足りなくなるかも知れません」


「私は慣れてるから大丈夫」


 どうやら程度の差はあれど、二人はこの暗闇でもある程度視界が確保出来ているようだ。

 だが、俺はそうはいかない。

 廃教会は森の中にあるらしいが、現時点でほとんど見えないのに、月明かりすら遮られそうな森の中となったら間違いなく何も見えない。


 仕方ない、面倒だが一度戻るしかないか……


 俺がそんな事を考えているとリサが控えめにマントを引っ張った。


「灯りが必要?」


「ん? ああ、少なくとも俺は無いと厳しいな」


「分かった」


 そう言うとリサを杖の先端掲げる。


『トーチ』


 その呟きと同時に杖の先端から小さな光の球が現れ、俺たちの周囲を照らし出した。

 足元の確認が出来る程度の弱い灯りだが、歩くには充分な明るさだ。


「これでいい? 明るすぎると獣や魔物が寄ってくるから」


 なるほど、考えた上でこの明るさなのか。


「助かった、にしてもこれも魔法だよな?」


「うん、トーチって言う魔法、簡単な魔法だから練習すればミナトさんも使えると思う」


 魔法か……

 改めて考えるとこの世界で魔法は当たり前に存在してるんだよな……

 クロの炎は別として自分で使ってみるって発想は無かった。

 まぁ使うって言っても使い方なんて分からんけど。


「うーん……なら依頼が終わったら教えてくれるか? 使えるかは別として興味はあるしな」


 どこかのチビ助と違って俺は厨二を患っている訳ではないが、魔法を使うなんて男の子なら誰でも一回くらいは夢見るものだ。


「分かった!」


 リサは俺が魔法を教えて欲しいと言ったのが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべる。


 出会って半日、初めて見せた年相応の笑みだった。


 ♦︎


 リサの魔法のおかげでなんとか移動出来る程度の灯りを手に入れたが、それでも木々が生い茂る森を移動するのは簡単ではなかった。

 なにしろ1メートル先も見えない程度の灯りなのだ。

 その上、野生の獣や魔物にも注意を払わなけばならない。

 教会までは整備された道もあるらしいのだが、森の中から目立ってしまうのでやむ終えず道なき道を進まざるを得ないのだ。


「二人とも大丈夫?」


「ああ、なんとかな」

「私も大丈夫です、リサちゃんは大丈夫ですか?」


 四苦八苦する俺とステラとは違い、リサは平然と森の中を進んでいく。

 気がつけば先頭を歩くのはリサになっていた。


「まったく情けない男だな、助けるとか息巻いていた割にここまで全く役に立ってないではないか」


 クロの的確かつ抉る様な指摘にぐうの音も出ない。

 出ないが、人の肩の上で楽をしている様な奴に言われたくない。

 嫌味の一つも言ってやろうと口を開きかけた瞬間ーー


「っ?!」


 唐突に得体の知れない不快感が全身を駆け抜けた。


「ミナト、貴様も気がついたか」


 クロのいつになく真剣な声音に気のせいではなかった事を確信する。


「……ああ、なにかは見当もつかないがとりあえずすげぇ嫌な感じって事だけはわかった」


 言い様の無い不快感——

 無理矢理例えるなら、服の中で蠢く何かに気がついた瞬間の様な感じだ。


「ああ、我も同じだ、だが、何かあるのは間違い無い警戒しろ。 そこの二人」


「はい……なにかあったんですか?」

「どうしたの?」


 どうやら二人はなにも感じなかったようだが、俺たちの様子を見て何かを感じ取ったのか少し表情に不安の色が浮かんでいる。


「いや少し警戒を強めるだけだ。 だがもしかすると想定以上に危険かも知れん、万が一の際は我と此奴が時間を稼ぐ、二人は躊躇ちゅうちょせず逃げろ」


 二人の様子を見たからなのかクロは今感じた何かについては話さない。

 ひょっとして悪戯に不安を煽らない為か?

 それが優しさなのか単純に足を引っ張らせない為の方便なのか分からないが、まぁ多分言わなかったのは正解だろう。

 それに事前に撤退に関して釘を刺したのは正しい。


「そんな、おふたりを置いて逃げるなんて出来ません!」


 だよな、ステラならそう言うだろうな。


「我と此奴なら死霊如きに遅れなど取らん。 このメンバーなら殿しんがりは我と此奴以外おらん、貴様が逃げねば我らはいつまでも撤退出来んのだぞ?」


 クロの言っている事は正しい。

 ステラの考えは戦場では命取りどころか仲間を危険に晒す事になる。


「分かりました……でもおふたりも絶対無事に逃げて下さいね?」


 ステラはそう言って頷いてくれたが、その表情は暗く一抹の不安を感じさせる。


 反面、リサはクロの言っている事をしっかり理解していた。


「……その時は私が先導します、森の中を突っ切るのでステラさんは絶対に私から離れないで下さい」


 敵を撒くなら死角の多い場所を通り抜けた方がいい。

 夜目が効くリサが先導するのは理にかなっている。


 なにより——


『聡い子だな』

『ああ、リサが逃げたらステラの性格上放っておく事はしないだろう』


 これでいざと言う時の備えも出来た。

 まぁそうならないよう頑張るつもりだけどな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る