第23話 嫌だなぁ……
「あー……染みるわぁー……」
心地よい温度の浴槽一杯に手足を伸ばし、思わずそんな言葉が口から溢れた。
広々とした浴室には大きな浴槽が備えられており、しかも掛け流しで、すぐに入る事ができる様になっている。
一番風呂を譲ってくれたステラには感謝する他ない。
この後、二人にもこの風呂は満喫してもらいたい。
特にリサは長い間水浴びすらしていなさそうだった。
「髪の毛伸び放題だったし、あちこち汚れてたからな……そういえばこの世界って髪切るところとかあるのか?」
風呂を出たらステラに聞いてみよう。
リサはなんと言うか分からんが、少なくとも整えるぐらいはしたほうがいいだろう。
特に前髪なんて目が完全に隠れてたしな。
綺麗にすれば美少女になる。
多分、お約束的に……
そんなくだらない事を考えながら俺は風呂から上がった。
♦︎
「うーむ……やはり思った通りか」
見ただけでフサフサフワフワなのが分かるケモ耳と尻尾、ボサボサだった金色の髪も綺麗に手入れされキラキラサラサラだ。
前髪もステラが切ってくれたおかげで、隠れていた目も出ている。
真っ赤なルビーの様な瞳がこちらを見ていた。
「リサちゃんすっごく可愛いです!」
だが、リサの表情は暗い。
何故そんな表情をするのか不思議に思っていると、リサがポツリと呟く。
「……気持ち悪くないの?」
「「え?」」
いったいなにを言ってるんだ?
リサのどこを見たら気持ち悪い要素があるのかわからない。
「町の人たちはみんなこの姿や
またそう言う話か……
俺は心底この世界の、いや教会の教えにうんざりした。
確かにこの世界の人間からしたら俺の方が変なのかも知れない。
でもステラや屋台のオヤジのように偏見を持たない人間だって少なくないはずだ。
そもそも、教会がなにを説こうとそれは自由だ。
だが、その教義がなんの罪もない人を苦しめるのは許せない。
そんなもの俺は認めない。
真っ向から否定してやる。
俺は俯いたリサの頬を両手で挟み、無理矢理顔を上げさせた。
子どもにこんな悲しそうな顔をさせるのは許さない。
「今まで色んなことを言われてきただろうが、そんなの忘れちまえ。 生きるのに誰かの許しなんか要らないし、それを決められる奴もいない。 もしなんか言ってくる奴がいたら俺がぶっ飛ばすから、気にせず自由に生きろ!」
俺はそうハッキリとリサに告げる。
正直、本当にそれが正しいのかは分からない。
この世界においてはリサのようにこっそりと、人目を忍び生きるのが利口のかも知れない。
だが、そんなものクソ喰らえだ。
どんな理由があろうとも、単に『獣人だから』などと言う理由だけで差別され、迫害されていいはずがない。
少なくとも俺はそう思う。
「どうして、そこまで言ってくれるんですか?」
リサは不思議そうにそう尋ねてきた。
「それが俺のせ……性分だからだ」
『正義だから』そう口にしそうになって咄嗟にそう言い直す。
そんな今時小学生でも言わなそうなセリフを口にする訳にはいかないのだ。
親父に事あるごとに言われていた事を思い出す。
『正義の形は人それぞれ違う、そもそも絶対の正義など存在しない。 だから自分の信じる正義を貫け!」
極端な話だと思う。
だが、間違っているとも思わない。
自分が正しいと思うことをする。
間違えたら直す。
それでいい、俺はそう信じている。
「ふ、ふふ……」
俺が照れ臭いのを悟られまいと平静を装っていると、背後から最近聞き慣れつつある声が聞こえてくる。
「ふ、ふははははは!! 正義! 俺の正義だと? だーはっはっはは! いい歳してなんともまぁ恥ずかしいセリフだ! あ、あははははは!!」
自分の顔が紅潮するのが分かる。
それと同時に腹の底から怒りが、いや、殺意が湧き出てくる。
ステラがクロの言葉の意味を理解したのかしてないのか、尊敬のこもった視線を向けてくる。
やめてくれ、恥ずかしくて死にたくなる。
「正義の味方か!『へーんしん!』とか決め台詞でも考えておいた方がいいんじゃないか? ふははははは!」
「はははは……」
この後、醜く下らないケンカが勃発したのは言うまでもないだろう。
♦︎
「——と言う事で今に至るわけだ」
運ばれてきた夕食を堪能しつつ、俺は改めてリサに俺の事やステラのことを説明した。
相変わらず胡散臭い事この上ない話だが、事実である以上仕方がない。
「じゃあミナトさんは異世界から来た勇者様なの?」
俺からしたら鼻で笑ってしまいそうな話のはずだが、リサはあっさりと俺の話を信じてくれた。
その上、俺が勇者だと目を輝かせている。
「いや、なぜか光属性に適正があるってだけで俺は勇者じゃないぞ?」
というより『勇者』なんて恥ずかしい肩書きは御免だ。
「そうなの? でもお母さんが
勇者様は異世界から来るって言ってた」
それはまた教会の連中が怒り狂いそうな話だな。
教会が担ぎ上げている勇者が偽物だと言っているようなものだ。
念のためリサにはその話と俺が光属性持ちである事は外では話さないよう釘を刺しておく。
リサは素直に頷いてくれたので心配ないだろう。
「さて、そろそろこの後の話をしておくぞ」
ギルドから渡された依頼書の情報を改めて整理する。
依頼内容は街の外に放置された廃教会に住み着いたアンデットとゴーストの討伐。
アンデットやゴーストは単体ではさほど脅威にはならないが、厄介なのはとにかくしぶとい。
アンデットは頭を切り落とそうが縦に両断しようがすぐには死なない。
というより元々死んでいるので、そもそも死なない。
ゴーストは精神体なので物理的な攻撃はほぼ効果が無く、魔法による攻撃が必要になる。
ではどうするか?
方法はいくつかあるそうだが、もっとも手っ取り早いのが聖魔法による浄化魔法だそうだ。
そもそもアンデットやゴーストは負の感情が溜まり過ぎると発生する。
負の感情が死者の肉体に集まるとアンデットになり、魂に集まればゴーストになるのだとか。
そんな負の感情を浄化する事で退治すると言う訳だ。
「なるほどな、しかし、それだとマーリンはそもそもどうやって俺たちにこの依頼を解決させる気だったんだ?」
「ヒュウガさんは光属性がありますし、私の魔法でもなんとかなります」
光属性って言われても使い方すら分かりませんが?
それに闇属性でなんとかするって具体的にどうするんだ?
「負のエネルギーは魔力に近いが、純粋な闇属性の魔力ほどではない、死霊魔法なら負のエネルギーに術者の魔力を混ぜれば丸ごと操れる。 後は術を解除すれば自然とアンデット共は元の屍に戻るだけだ」
クロが俺の疑問に答える。
「はい、でも浄化魔法は広範囲を一度に浄化出来ますが、私ではそうはいかないので少しずつ倒していくしか無かったと思います」
なるほど、なら作戦は絞られるな。
と言うか一つしか無い気がする。
「よし、なら俺とクロが囮になって、ステラはリサを守りつつ出来れば俺たちのサポートを頼む。 んで俺たちが時間を稼いでる間にリサが浄化魔法で退治するって感じで行くか!」
「うむ、死霊どもなど我の炎で消し炭にしてくれるわ」
「はい!」
「頑張ります」
ホントは滅茶苦茶嫌だが、ここまで来たらごちゃごちゃ言う訳には行かない。
……嫌だなぁ……アンデットとか俺のイメージ通りの奴だったら……
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