第22話 楽しまなきゃ損だろ?

 キースの店で買い物を済ませた俺たちは、屋台のオヤジに教えられた銀嶺亭と呼ばれる宿の前に来ていた。


「素直に凄いなこれは……」


 真っ白な建物は宿というより屋敷の様な外観——


 広々とした庭園には色とりどりの花が咲き乱れ、手入れも行き届いており、更に中央には噴水まである。


 どこからどう見ても超がつきそうな高級宿である。


 屋台のオヤジは高いと言っていたが、どうやら間違いなさそうだ。


 同じ様な事を考えているのか、ステラは言葉を失って呆然と建物を見つめている。

 リサは目をキラキラと輝かせている。


 ちなみに、キースの店からここに来るまでに、今日の宿代は俺が出す事を二人には伝えている。

 当然の如くステラは固辞していたが、依頼の作戦会議をする為だと言って強引に納得させた。


(確かに高そうだが、足りないって事は無いだろう。 何より俺はどうしても風呂に入りたい!)


 俺のアイテムボックスには金貨が数十枚は入っている。

 これで足りないと言われたら流石に諦めるが、まぁ大丈夫だろう。


 なんにせよ、眺めていても仕方ないのでとりあえず中に入ってみよう。


「あ、あの本当にここに泊まる気ですか?」


「え? そうだけど、なんで?」


「なんでって、どう見てもすっごい高そうです!」


「大丈夫大丈夫」


 そう言って俺は建物の扉を開ける。


 建物の中も外観に負けず劣らずといった様子だ。

 煌びやかで豪華な造りだが、過剰過ぎない。


 内装を眺めつつ、期待に胸を膨らませていると、恰幅のいい女性が声をかけてきた。


「はいはい、ようこそいらっしゃいました! 3名様ですか?」


 40代くらいだろうか? なんとも人の良さそうな笑顔を浮かべている。

 なんとなくだがここの女将な気がする。


「ああ、ここには風呂があるって聞いたんだが間違いない?」


「ええ、各部屋に自慢の浴室を備えておりますよ」


 その言葉に俺は内心ガッツポーズをとる。

 とりあえず夜までゆっくり休み、依頼に備えよう。


「じゃあ二部屋頼めるか?」


 俺は紳士なので、ステラ達と部屋は分ける。

 クロの何か言いたげな視線など気にならない、ならないったらならないのだ。


 だが、そんな俺の決意とは裏腹に女将(?)が申し訳なさそうな表情で口を開いた。


「申し訳ありません、現在ご用意出来るのは一部屋しか無いんですよ」


 なんですと?


「良いのではないか? 空きがないのでは仕方なかろう」


 見なくてもクロがニヤニヤしているのが分かる。

 ゲスい。


 だが、真面目にどうしたものか困る話だ。


「ヒュウガさん、私の事なら気にしなくて大丈夫です!」


「うーん……」


「お部屋はウチで一番上等ですから広さは十分だと思いますよ! 代金も勉強させていただきます」


「じゃあ頼む」


 値引きに釣られてしまい、思わず首を縦に降る。


「はい、ありがとうございます! 一泊一名様銀貨4枚のところ三名様金貨1枚で結構ですよ」


 ふむ、思っていたより安い気がする。

 まぁ単純に金銭感覚が身についてないだけな気もする。


「じゃあとりあえず二泊で頼む」


 そう言って金貨2枚を手渡す。

 背後で「え?!」と言う驚いたような声が聞こえた気がしたが、やはり高いのだろうか?

 そういえば以前、ステラの住んでいた村なら金貨2枚で冬が越せるとか言っていた気がする。

 そう考えたら、やはり結構な金額なのかも知れない。

 まぁ、さっき二人の服に金貨2枚使ってるし、今更だな。


 今後は積極的に買い物をして、金銭感覚を身につける事にしよう。


「ありがとうございます、確かに頂戴しました。 ではお部屋にご案内いたします」


 案内してくれる女将っぽい人の後に俺は軽い足取りでついていく。

 驚いた事にエレベーターがあった。

 まぁ魔法が存在する世界だ、多分魔導具とかそんな感じだろう。


「こちらのお部屋でございます。 ごゆっくりおくつろぎ下さい」


 部屋に入ってまぁ驚いた。

 三人で使うにしても広すぎる程の部屋だ。

 しかも複数扉があり、ベッドも見当たらないので寝室は別にありそうだ。

 天井にはシャンデリア、大理石っぽいテーブルとフカフカのソファー、更には小さいバーカウンターまである。

 知識でしか知らないが、いわゆるスイートルームというやつだ。


「右手奥のお部屋が寝室、その手前が応接室、左奥に浴室でして——」


 一通り部屋の説明を聞き終え、鍵を受け取る。

 出かける際は鍵をカウンターに預けるか自分で管理するそうだ。


 最後に食事の時間を聞かれたので早めに頼んでみたところ、日が落ちる頃に部屋まで持って来てくれるそうだ。


 ちなみにあの女性はやっぱり女将さんだった。


 女将さんが去り、俺は立派なソファーに身を沈める。

 思った通りフカフカだ。

 リサは部屋の中が気になるのかキョロキョロしながら部屋の中を物色し始める。

 だが、ステラは部屋の入り口で動こうとしない。


「ん? どうした?」


「あ、あの……本当にこんな部屋に泊まってしまっていいんでしょうか? 一泊で金貨1枚なんて贅沢が過ぎる気がして……」


 その言葉に俺は大きくため息をついた。


「初めから俺が出すって言ったろ? 金の事は気にせず、ゆっくり英気を養って依頼に備えようぜ?」


 ステラは少し悩んだ後、遠慮がちにソファへ腰を下ろす。


 うーん……どうせならもっと満喫してもらいたいところだが、ステラはどうも人の厚意に甘えたりするのが苦手っぽいな。


「すみません……お金は今回の依頼が済んだらお支払いしますので……」


「それはナシだ。 元々今日の宿は俺が出すって言ったろ? それにだからこういう場合は『ありがとう』でいいんだよ」


 勝手な想像だが、ステラは今まで誰かに甘えたり頼った事がほとんどないんじゃないかと思う。


「とにかく! ステラはもっと色々楽しめ! せっかく村を出て、これから自由に生きれるんだ。 大変な事もあるだろうが、それならその分を楽しまなきゃ損だろ?」


 ステラがこれからどうするのか、それは本人が決めていく事だ。

 だが、このままじゃ村にいた時と変わらず慎ましやかに生きていきそうだ。

 それは決して悪い事じゃ無いだろうが、どうせなら楽しく生きて欲しい。


「そう……なんでしょうか?」


「そうそう、たまにはわがまま言ったってバチ当たらないぜ?」


「うむ、もう少し自由に生きた方が良い」


 お前クロは自由過ぎるがな、と言ってやろうと思い声のした方を見て思わず固まる。


「色々ツッコミたいところだが……何飲んでんの?」


 どうやってるのかは分からないが、クロはその小さな手?前足?

 まぁどちらでもいいのだが、どこから持ち出したのかボトル片手にバーカウンターの上でふんぞりかえっていたのだ。


「うむ、その棚にそこそこまともな酒があったのでな」


「『あったのでな』じゃねぇ! さっきの女将の説明聞いてなかったのか?! 酒は別料金だって言ってたろ! 何勝手に飲んでんだ!」


「ケチくさい事を言うな、それに貴様が言ったのだろう? 『もう少し自由に生きるべきだ』とかなんとか……ヒック」


 俺はクロの手からボトルをひったくるとボトルに掛けられた値札に目をやった。

 女将の話では開けた酒は別料金でチェックアウト時に支払うらしいのだが、やはりそこに書かれた文字を読む事は出来ない。


 眉間にシワを寄せる俺の肩越しにステラが値札を覗き込み『え?!』という驚きの声を上げた。


「……聞きたく無いけど、聞かない訳にはいかないよな?」


「え、えーっと……」


 ステラは困ったような表情を浮かべつつ、言いにくそうに小さな声で呟いた。


「き、金貨5枚だそうです……」

「…………」


 それを聞いた俺はバーカウンターで既にいい感じに酔っ払っているクロを無言で掴むと、スクルドの街が一望出来るテラスへと続く窓を開け放ち——


「ふんっ!!」


 放り投げた。

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