第19話 却下!
「それで? なんで戻って来たのよ?」
マーリンの冷たい視線を受け流しつつ俺は端的に目的を伝える。
「さっきの依頼、この子も連れて行くから登録よろしく!」
「馬鹿言ってないでさっさと紹介した武具屋に行きなさい、まだ来てないってさっき連絡が来たわよ」
食い気味に馬鹿呼ばわりされたんですけど?
詳しい事情を彼女から聞き、その結果俺は彼女を連れて行く事にした。
あんな話を聞かされたら、多少無茶でも連れて行かない訳にはいかないのだ。
♦︎
「じゃあかれこれ数日経つって事か?」
「はい……」
彼女はこの町の外にある森で親子3人で暮らしていたらしい。
父親と母親が薬草の採取で僅かな金を稼ぎ、食事は森の果物や動物を取って生きてきたそうだ。
だが、少し前から問題が起きた。
普段薬草を採取している場所にアンデット、要はゾンビが徘徊するようになってしまった。
ゾンビを恐れる動物達は皆森の奥深くに逃げてしまい、薬草も満足に採取出来ない。
果物だけの生活はすぐに限界を迎えてしまったそうだ。
これが元々、豊かで安全な森なら良かったが、そうではないらしい。
森で取れる食物は決して多くなく、元々苦しい生活だった。
それでは僅かな変化で危機に陥るのも無理はない。
その結果、いよいよ限界が近づいた両親は比較的安全と言われる日中に薬草を取りに出かけた。
だが、両親はそのまま戻らなかったそうだ。
「だから……私が、行かなきゃ……」
こんな子どもが両親を探すために、危険を承知で化け物の巣窟に行くと言っているのだ。
健気過ぎるだろ……
だが、やはり無謀過ぎる。
両親を思う気持ちは分かるが、それで何かあってはなんの意味もない。
「でもヤバイって事は分かってるんだろ? 俺たちがなんとかしてみせるから、君は行かない方がいい」
少しかわいそうだが、仕方ない。
それが彼女の為だと思っての言葉だったのだが——
彼女の覚悟は俺の想像を遥かに超えていた。
「……きっと、もう……生きてない。 せめて……静かに眠らせてあげたい」
彼女の言葉に俺は絶句する。
この子は既に両親が無事ではないと思っているのだ。
残酷過ぎる現実を受け入れ、両親に出来る事をしてあげたくて、決死の覚悟を決めている。
こんな幼い子どもが、だ。
「分かった。 なら、やる事はひとつだ」
俺は残っていた串焼きを一気に平らげると勢いよく立ち上がる。
「ステラ、クロ、行くぞ!」
「む?」
「え? え? どこにですか?」
どうやら俺たちの会話は聞こえていなかったらしい。
平和で羨ましい。
こっちは少女の話に胸を打たれて泣きそうなの我慢してるってのに……
その後、道すがら今聞いた話をステラとクロに説明する。
クロは無言で聞いているだけだったが、ステラは辛過ぎる彼女の話に盛大に涙を流していた。
そして俺はギルドを訪ねた。
普通に話をしたのでは、結果は見えている。
ならば権力者を頼ろうと言う事で、半ば無理矢理マーリンに直接交渉しに来たという訳だ。
「という訳だ、頼む」
「はぁぁ……」
マーリンは盛大なため息を吐くと呆れ半分怒り半分といった表情で俺を見る。
「言って聞くタイプなら私も助かるんだけど?」
「悪い、言っても聞かないタイプだわ」
「でしょうね……わかったわ。 ただし、絶対依頼は達成して頂戴、これで失敗しようものなら貴方達を指名した私にも多少の責任が来るんだから」
ハードルが上がってしまったが仕方ない。
最悪、失敗したら謝ろう。
許してくれるかわかんないけど……
「まったく……言い出したら聞かない辺りホントそっくりね……」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでも無いわ。 それよりその子、登録するんでしょ? 別に同行させるだけでもいいと思うけど」
それは俺も考えたが、ただ連れて行くより依頼の体裁を取った方がいい、世間体的に。
「まぁいいわ、じゃあこの用紙に記入して頂戴」
先程書いたのと同じ登録用紙だ。
少女は用紙を受け取ったまま固まっている。
「……書けない」
「私が書いてあげますね」
そう言ってステラが用紙を受け取る。
まぁ書く事はそんなに多くない。
せいぜい、名前と年齢、後は出身地に読み書きの能否くらいと聞いている。
「えーっと……そういえばお名前聞いてませんでした! それ以前に自己紹介もしてません! 私はステラと言います。 貴女のお名前を教えてもらえますか?」
おお! 確かにそうだった。
少女やら彼女で済ましてたからすっかり忘れていた。
「…………名前……ない」
「は?」
名前が無い?
名字って言うならわかるけど名前まで無いとか、そんな事あるの?
なんとなくマーリンに目をやると小さく頷いた。
「獣人の中にはそういう子もいるわね。 もっとも……いえ、やっぱりなんでも無いわ。 それならそれで名前は好きに決めればいいわ」
「え? そんな軽い感じで名前決めるの?」
そんなフリーダムな感じで名前って決めていいのか?
なら、ギルドでレッドカード食らっても別の名前で再登録できるんじゃね?
俺がそんな事を考えているとマーリンが呆れた表情を浮かべる。
「一応言っておくけど、一度決めたら簡単には変えられないわよ? 少なくともギルドでは魔力の波長を記録してるから違う名前で登録しても一発でバレるわよ」
だからなんで考えてることが筒抜けになるんだ……
「ヒュウガさん、顔顔」
「え? マジ? ステラにまでバレるくらい顔に出てる?」
うーん……ニブそうなステラにまでバレるとは……
「ヒュウガさん、今失礼な事考えてませんか?」
「いやいやいや! 全然!」
「愚か者め」
「うっせ!」
俺の顔の話は置いといて、それより名前だ。
うーん……どうするかな……
とりあえず本人に聞いてみるか。
「どうだ? なんか好きな名前決めていいみたいだぞ」
そう言われ、少女は首をひねる。
だが少し考えて首を横に振った。
「……ない、なんでもいい」
「むむむ……じゃあどうする? 適当に決める訳にもいかないだろ?」
「決めてほしい」
マジですか?
割と重要な役割をサラッと任されてしまった。
だが、名前を決めない事には前に進まない。
俺は何かいい名前がないか頭を捻る。
「うーん……ちなみに獣人にも種類とかあるの? 勝手なイメージだけど犬とか猫とか」
イメージといより、自分の世界のマンガ知識だけどな。
「うん、私は狐の獣人……
「キツネか、うん、ならいい名前があるぞ、コ——」
「却下だ馬鹿者」
「まだ言ってないんですけど」
「どうせ貴様の事だ『コン』などと安直に違いあるまい」
「また人の頭の中覗きやがったな……」
「覗いてなどおらん、むしろ覗く必要すら無いわ」
っくそ、マジか。
確かにちょっと安直かなぁ、とは思ったけどさ。
「ならクロ、いい名前の案出してみろよ」
「いいだろう、ならばキュウビだ」
「却下」
「なんだと!?」
「ざけんな、なんだよキュウビって、日本語じゃねぇか」
「ならばキュウ◯ンだ」
「ポケ○ンのパクリじゃねぇか! ダメに決まってんだろ!」
冗談じゃねぇ、昨今はそういうのうるさいんだからダメに決まってるだろ。
「ハイ! テウちゃんとかどうですか?」
む? 静かだと思ったらステラも名前を考えていたのか。
「テウか、確かにまともだな。 なんか由来とかあるの?」
「はい、昔読んだおとぎ話の本に出てきたキツネの神様の名前からいただきました」
ん??
ちょっと待て、それってまさかとは思うが……
「まさかその狐ってテウメソスの狐じゃないよな?」
「はい! よくご存知ですね」
「却下だ却下!」
この世界の話は知らんが、テウメソスの狐といえば子どもを食らう人食い狐の名前じゃねぇか!
「うー……そんなに勢いよく却下しなくても……」
思いっきり却下されたのがショックだったのかステラ涙目になる。
俺は慌てて理由を説明する。
「いや、この世界での話は知らんが、俺の世界じゃテウメソスの狐って怖い神様なんだよ」
流石に名付けられる本人の前で人喰い狐とか言えない。
「こっちも世界でもそうよ……『人喰い狐のテウメソス』有名よ?」
「あ、そうなの? じゃねぇ! ちょっとは配慮した言い方して!」
なんなのこの人達……
まるでまともな案が出ない。
まぁ俺もコンとか言ってる時点でどうなんだって話だが……
うーん……そうだ!
「『リサ』とかどうだ?」
確かロシアだがどっかの言葉で狐をリサーって言った気がする。
安直には変わりないが、どうせこの場を含めてこの世界に意味のわかる奴はいないだろう。
なら女の子っぽいし、違和感も無い。
「リサちゃん……いいですね! 可愛いと思います!」
「いいんじゃないかしら、聞いたことある名前だけど、その分自然ね」
「ふん! リサって
訂正、どうやらこの世界にも知ってる奴はいるらしい。
つか、とりあえず全国のリサさんに謝れ。
そんな感じでなんとか狐の獣人少女の名前が決まった。
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