第18話 全員相手してやるよ!

 俺の怒号に周囲は水を打った様に静まり返る。


 不快極まりない言葉も完全に消えていた。


 だが、そんな事で俺の怒りは収まらない。


 俺は目の前にいた男の胸倉を掴み人混みから引っ張り出した。


「ひぃぃ!」


 コイツはさっき俺とこの少女にはっきり聞こえる声で「獣人なんか死んでも困らない」と言った。


 この世界では当たり前なのかもしれない。


 だが、俺には到底我慢出来る言葉ではなかった。


「なあ、アンタ子どもはいるか?」

「へ? まってくれ! なんなんだいきなり!」


 俺の突然の質問に男はうろたえ、はっきりとした答えが返ってこない。


「いるのか? いないのか? そう聞いてるんだよ」


 俺は胸倉を掴んだまま男を少しだけ持ち上げた。

 息が詰まるのか男が苦しそうに答える。


「い、いる! います!」


「そうか」


 俺はそう答えると男を睨みつけながら言葉を続けた。


「俺はアンタらで言うところの迷い人ってやつだ。

 この世界に来てまだ2日目だよ」


「え? それがいったい——」


「異世界転移とか笑うよな? でも実際あるんだわ。 俺がその証拠だよ。 なぁアンタさ、もし仮に自分の子供が異世界でこんな風に差別されて簡単に死ねばいいとか言われたらどう思う?」


「そ、それは——」


 男の目に困惑と恐怖の色が濃く浮かび上がる。


 まぁこんな事言っても想像するのは難しいだろ。

 だが、ちょっとでも自分のしている事に気がついて欲しい。


 自分がどれほど残酷なことを言っているのかその頭に刻んで欲しかった。


 俺は男から手を離し、人混みに戻す様に突き飛ばす。


 そして野次馬に聞こえる声で叫んだ。


「文句がある奴は前に出ろ!全員相手してやるよ!」


 自分でもさむい事してると思う。

 けど、言わずにはいられなかった。


 弱いやつを集団で痛めつける様な世界はどうあっても許せない。

 少なくとも俺の目が届く範囲では全力で否定してやる。


 俺の言葉に野次馬達がそそくさと解散していく。

 中にはブツブツ文句を言っている奴もいるが、まぁ直接言う根性もない奴を相手にする気はない。


 そのまま誰一人として俺の前に出てくる事はなく、気がつけば周囲に留まる者はいなくなった。


「ヒュウガさん! 大丈夫ですか?」


 いや、一人だけいた。

 ステラとそのステラの肩に乗るクロの姿が目に入った。


「おお、全然平気、なんともないよ。 つか悪かったな置いてけぼりにして」


「それよりその子は大丈夫ですか?」


 ステラは慌てた様に少女へ駆け寄ると、身体をあちこち触りながら「痛くないですか?」とか「どこか蹴られたり殴られたりしてませんか?」少女に尋ねる。

 その姿を見て、俺はついつい嬉しくなってしまう。

 たとえこの世界で獣人を差別する奴がいたとしてもステラの様に接する事が出来る人もいると思えたからだ。


「なにをにやけているのだ。 全くあの様な木端、まとめて吹き飛ばしてやればよかろうに」


「なんだよ、見てたのか?」


「まあな、問題ないとは思ったが、一応あの娘には出て行かぬよう言い聞かせ、見物させてもらったわ」


 ほー、気が利くじゃないか。


 クロの言う通り、仮にステラが出てきたとしても全く問題なかったが、騎士がステラを狙ったらあんな脅かす程度じゃ済まさない。

 何より、その方が後々ステラが面倒に巻き込まれる心配もないだろう。


「ヒュウガさん」


 クロと話しているとステラに声をかけられた。

 どうやら少女に目立った怪我はないらしい。


 とりあえず話を聞こうにもここじゃ落ち着かない。

 先程の騒ぎで野次馬こそいなくなったものの、露天商や一部の通行人がまだこちらに視線を送ってくる。


「マーリンの言ってた武具屋は後回しだな、とりあえず移動するか。 どっか落ち着ける場所でも有ればいいんだが」


 とりあえずあてもなく適当に歩いていると先程の屋台まで戻ってきてしまった。


「ん? さっきのにーちゃんじゃねぇか、どうした? やっぱり言ってた宿は高かったろ!」


 がははと豪快に笑って見せる。


「いや、実はまだ行ってないんだ。 先にギルドに行っててな」


「なんだそうなのか? それよりどうだ? ちょうど今焼けたところだ買っててくれよ」


「うむ、オヤジ一本もらおう」


 クロが勝手に注文する。

 おい、誰が金払うと思ってんだ?


 渋々金を払うとクロは自分より大きな串焼きを受け取る。

 いい匂いに食欲が刺激される。

 そしてそれは俺だけでなかったようだで、隣から盛大な腹の虫が叫び声を上げた。


「ッッ……!!」


 少女が腹を抑え蹲る。

 なんだ腹減ってんのか。

 まぁ、こう言っちゃなんだが、余裕のある生活を送っているようには見えない。

 髪は伸び放題で服もボロボロ、身体も不健康なくらい細い。


「なんだ嬢ちゃん腹減ってんのか! よしよし食え!」


 屋台のオヤジが串焼きを差し出す。


 だが少女は首をブンブン振って受け取ろうとしない。


「お金……ないから……」


「気にすんな! このにぃちゃんから貰うからよ!」


「おい! まぁ払うけどさ!」


「冗談だよ、今回はサービスだ! ほれ嬢ちゃん焼きたてだ! 冷める前に食ってくれよ!」


 その言葉に俺は屋台のオヤジをマジマジと見つめてしまう。

 先程の野次馬連中とはこの子を見る目がまるで違う。

 普通に人のいいオヤジが子どもに優しくしてるようにしか見えない。


 それでも受け取ろうとしないのは幼いながらに遠慮してるのだと思った俺は声をかけてやる。


「もらっとけ、オヤジも一度差し出した以上引っ込めづらいだろう?」


「そう言うこった。 もらってくれなきゃ逆にショックだ」


 そこまで言われてようやく串焼きを受け取る。


「ありがとう、ございます」


「俺も貰うか、二本くれ」


「はいよ!」


 串焼きを受け取り、クロの面倒を見てくれていたステラにも一本渡す。


「悪いな、流れでまた買うことになったからよかったら食ってくれ、さっきはクロに取られてあんまり食べてないだろ?」


「そんな事ないですよ、それに買ったのはヒュウガさんですし」


 ステラは差し出した串焼きを遠慮がちに受け取る。


 さて、食いながらにはなるがようやく落ち着いて話ができそうだ。

 俺は隣で一生懸命串焼きを食べる少女に目をやる。

 串焼きに集中していて完全に意識が串焼きに行っている。


 俺はおもむろに彼女の頭の耳を触ってみた。


「きゃ!!」

「うを! びっくりした!」


「び、びっくりしたのは私です」


 どうやら非常に敏感らしい。

 モフモフしてていい感じなのだが……


「いや悪い悪い、モフモフでいい感じだったから」


「…………」


 マズイ警戒心が跳ね上がってる。


 前髪のから覗いた真紅の瞳がそう言ってる。


 そう思った瞬間、彼女はすぐにうつむいてしまう。


「まぁ、勝手に触ったのは悪かったよ、それよりギルドで聞いたんだが、廃教会の依頼を請けようとしてるんだって?」


「え? は、はい……」


「なんでまたあんな依頼を? 言っちゃなんだがゾンビとかオバケが大量にいるんだぞ? 危ない以前に怖くね?」


 少なくとも俺はヤダよ?


「お父さんとお母さんが……帰って、こないから……」


 震える声でそう言うとギュッと手を握りしめる。


 うん、どうやら詳しく話を聞く必要がありそうだ。

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