第17話 キレた

「あれってひょっとして獣人って奴か?」


「え? ええ……」


 俺の質問に職員は若干歯切れの悪い返事を返した。

 少し揉めていたようなのでそれが原因かと思い、続けて尋ねる。


「なんか問題でもあるの?」


 すると、職員は若干言いづらいそうにしつつ、質問に答えてくれた。


「どうやらミナト様が受注した依頼を受けたいと言っている様なんです。 でも冒険者登録もしてませんし、そもそもランク制限もあります」


 おいおい、マジか……

 なんでまたこんな依頼を受けたがってるんだ?


 あんな小さな子ども……しかも女の子だ。


 ゾンビやオバケ退治の依頼なんて普通は嫌がりそうなもんだが……


 一応、事情を聞いてみたが「詳しい事はお答えできません」と言われてしまった。

 とにかく、あの子が例の依頼を受けたがっているって事だけは分かった。

 なにか事情があるかも知れない。

 そう思ったところでステラが声を掛けてきた。


「ヒュウガさん、あの子を追いかけましょう! なにか困っているのかも知れません!」


 見ず知らずの少女が心配で仕方がないと言った表情を浮かべており、俺は思わず笑みが溢れた。


 どうやらお節介なのは俺だけじゃなかったらしい。


 俺は職員に短く礼を言うと獣人の少女を追ってギルドを飛び出した。


 ♦︎


 ギルドを飛び出した俺は素早く辺りを見渡す。


「右か左か、どっちに行ったんだ?」


「あん? あんた、さっきの光属性の……」


 ギルドを出た俺に声を掛けてきたのは中年の男だ。

 こう言っちゃなんだが、あまり実力がありそうには見えない男だが、今はそんな事どうでもいい。

 俺は男に尋ねる。


「今しがた獣人の女の子が飛び出してきたろ? どっちに行ったか分かるか?」


「あ、ああ、あっちに向かって走って——」

「サンキュ!」


 それだけ聞いて俺はすぐさま走り出す。


 後ろから男の声が聞こえるが、なんと言ってるかまでは聞き取れなかった。


 いくら相手が子どもとは言え、一本道でない以上、急がなければ見つけるのは困難になる。

 ステラには悪いがここは先に行かせてもらう。


 そう思っていると、視界の先に何やら人だかりを発見する。


 気になるところではあるが、今はそれどころじゃないので横を走り抜けようと思ったのだが、視界の端に見覚えのある金髪が写り、俺は足を止めた。


「汚らわしい獣風情が我ら聖光騎士にぶつかってくるとは、無礼にも程がある!」


「ご、ごめんなさい……」


 どうやら人だかりの中心にいるのは例の少女と、何やら立派な鎧を着込んだ騎士3人のようだった。


 しかもどう見てもトラブル真っ只中だ。


 話から察するに走ってきた少女が騎士にぶつかってしまったようだ。


 それにしても、子どもがぶつかった程度であれほど怒るとは、ちょっと大人気ないだろ。


 とりあえず、仲裁に入ろうと思ったのだが、周囲から信じられない声が聞こえてきた。


「騎士様になんて無礼な……」

「なんで街中に獣人がいるの?」

「あんな畜生斬っちまえばいいんだ」


 おいおい、マジか、こいつら頭どうかしてんじゃねぇの?


 どう見ても、あの子は子どもだろ?

 止めに入らないどころか、騎士の方に味方するとかどう考えても異常だろ。


「ふん、獣風情の血で我ら聖光騎士の剣を汚したくは無いが、貴様らのような存在は見ているだけでも不愉快だ」


「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 少女が地に額を擦りつけながら必死に謝る姿を見て、騎士の男達が下卑た笑みを浮かべる。


 そして、腰の剣を握ると——


「死ね! 薄汚い獣が!」

「待てやコラ!」


 俺は素早く飛び出すと、剣を振りかぶった騎士を思い切り蹴り飛ばした。


「げへっ!」


 吹っ飛んだ騎士が愉快な声を漏らす。


「子ども相手に剣を抜くとかアホなのか? 蹴飛ばされても仕方ないぞ」


 俺はひっくり返った騎士にそう言葉を投げかける。


「き、貴様! 我らを聖光騎士と知っての事か!」


 残りの騎士2人が同時に剣を抜き、そう言い放つ。


「あん? しらねぇっつの……ん? 聖光騎士? ひょっとして聖光教会の人?」


 やっちまった……

 出来るだけ関わらないつもりだったのに、早速関わっちまった。


 まぁこの場合仕方ないんだけどさ……


「そうだ! 我らを聖光騎士と知っての無礼かと聞いているんだ! 返答次第ではこの場で斬り捨てるぞ!」


 うーん……なんて答えても斬りかかってきそうなんですけど。


 まぁこの場合の返答は一つしかない。


「ゴメン、知らなかった。 まぁ知ってても蹴り飛ばしたけどな」


 その言葉に騎士達が一瞬で殺気立つと、同時に剣を振り下ろしてきた。


「死ね! この異教徒めが!」

「うおおおお!」


 斬りかかってきたのだが、いかんせん無駄な動きが多すぎる。


 俺は同時に襲ってくる斬撃を見切り、最低限の動きで躱す。


「な!」

「我々の剣を交わした?!」


「いや、楽勝ですけど? つかそんなお粗末な太刀筋、避けられて当然だろ」


「おのれっ!」

「舐めるな!」


 再び飛びかかってくる二人だが、何度も眺めてやるつもりなど無い。


 2人のうち1人は上段からの振り下ろし、もう1人は右からの横薙ぎ、いちいち動作が大きすぎて剣を振り出す前から狙いがバレバレだ。


 俺は上段狙いの騎士の懐に飛び込み、最初の騎士同様思い切り蹴り飛ばす。

 そのまま体勢を落とし、横薙ぎの一撃を躱しつつ足払いでもう1人をひっくり返した。


「がっ!」

「うおっ!」


 2人ともあっさりと地面に転がされた事実が信じられないのか、呆然とした表情を浮かべている。


 だが、今度は最初に吹き飛ばした1人が起き上がって怒りの形相を浮かべこちらを睨みつけてきた。


「っく、貴様この私が誰だか分かって——」

「うるせぇその台詞はもう聞いたっつうの」


 もう一度蹴り飛ばす。

 地面に転がった3人が殺意の篭った視線で睨みつけてくる。


 まぁよく見てきた光景です。

 街中で出会う不良と変わらない。

 でもってこの後のセリフも大抵決まっている。


「貴様っ! もう許さん! そこの獣もろとも殺してやる!」


 やっぱりな……


 出来もしないクセの口先の虚勢だけはいい。


 当然こう言う場合の対処もお手のものだ。


「ふーん、ならこっちもその気でやらせてもらうわ。 いいんだよな? 殺すって事は殺される覚悟があるって事だ」


 俺は自分の気配に殺気を混ぜる。

 余程のバカでなければこの時点で大抵は捨て台詞と共に逃げ出してくれるんだが——


「っく……」


 立ち上がった騎士達が一様に一歩後ろに下がる。


 うん、どうやら余程のバカではないようだ。


 俺は奴らが引いた分一歩踏み出す。


「ひっ!」


 足払いでひっくり返した騎士が短い悲鳴を上げる。

 その目にはもはや殺意も怒りもない、あるのはただの恐怖。


「失せろ、今なら見逃してやるよ」


 俺がそう言うと悲鳴を上げた騎士は背を向け逃げ出す。


「っく! 貴様の顔は覚えたぞ! 覚えてるがいい!」


 残った騎士もお決まりの捨て台詞を吐き、逃げ出した騎士を追いかけ逃げ出した。


「名前も無い雑魚なんざ覚えるだけ無駄だっつうの」


 もう二度と会うことはないだろう。


「さて、大丈夫か?」


 尻餅をつき、怯えきった少女に手を差し出す。

 差し出した手と俺の顔を交互に見た後、恐る恐るといった感じで俺の手を取った。


「あ、ありがとう、ございます……」


 握られた手は人間と変わらない。

 外見で分かる違いは頭の上の耳とモフモフの尻尾くらいだ。

 伸びきった前髪で表情はよく見えないが、多分10歳くらいだろう。


「怪我は無いか?」


「は、はい」


 掴まれた手を引き立ち上がらせる。

 本人は怪我など無いと言っているが、今は恐怖で麻痺しているだけかも知れない。

 念の為、医者に見せた方がいいかもしれない。


「一応病院……つかこの世界にも病院ってあるのか? まぁ医者くらいいるだろ、行った方がいいと思うが——」


 だが、少女は首を横に振り「平気」とだけ答える。


 本人はこう言ってるが、やはり相手は子どもだ。

 やはり医者に見せるべきと考え、周囲の野次馬に声をかけてみた。


「なあ、この辺に病院か医者はいないか? 知っている人がいたら教えて欲しいんだが……」


 俺の問いかけに野次馬のざわつく。

 だが、俺の問いかけに答える者はいない。


 それどころか俺の耳に信じられないの言葉が飛び込んできた。


「……獣人なんか放っておけばいいじゃないか」

「獣人なんか死んでも誰も困らないだろ……」

「なんだよアイツ、騎士様に楯突いた上に獣人を心配するなんておかしいんじゃ——」


 はーん、なるほどな。

 まぁこの子を見つけた時の周囲の反応からして、薄々そうなんじゃないかとは思ったよ。


 何故、彼女がこんなに怯えているのか。


 何故、こんな幼い少女を誰も庇わなかったのか。


 何故、平気でそんな残酷なセリフが吐けるのか。


 なるほど、この世界では獣人は差別の対象なのか。

 うん、よくわかった。


 俺は息を思い切り吸い込むと、怒りに任せて怒声を張り上げる。


「うるせぇぇぇぇぇ!!!」


 この世界で初めて俺はキレた。

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