第16話 オバケは頼んだからな!

「ちょ、おま、なにしてんだ!」

「だから言ったであろう?」


 フンっと誇らしげに胸を張る。


「大丈夫よ、許容範囲を超えちゃったのね、珍しい事よ? それだけこの子が強い力を持ってるって事ね」


 マーリンはフフフと柔らかな笑みを浮かべている。

 水晶の事を気にしている様子はない。


 弁償とか言われたらどうしようかと思った……


「じゃあ貴方達3人に指名依頼するわ、よろしくお願いね」


「ちょっと待て! まだやるとは言ってないぞ!」


 やっぱりゾンビやらオバケの相手なんてしたくない。

 申し訳ないがやはり断ろうと思ったのだが——


「あの……それって私一人でもお受け出来ますか?」


 ステラが遠慮がちにそうマーリンに尋ねる。


「うーん……流石にちょっと難しいわねぇ、本来この依頼はCランク以上でないと受注を許可していなのよ。 貴女の場合、諸々の能力を換算しても本来FランクスタートなのをEランクスタートにしてあげるくらいしか出来ないわ」


 やっぱりこの世界には冒険者にランクがあるのか。

 だが、そうなると聞かなければならない事がある。


「ならなんで俺はいいんだ? 俺だって今日、冒険者になるんだぞ?」


 ステラがダメで俺はいいってのはおかしな話だろ。


「あら、貴方はCランクスタートよ? 実力的にはBでもよさそうだけれど、実績がない状態だとギルドマスター権限で自由に与えられるランクがCまでなのよ。 だから後は実力で頑張って頂戴」


 しれっと言うマーリンに俺は訝しげな表情を浮かべた。


「随分と都合の良いランク付けじゃないか? 俺やステラの実力を見たわけでもないのに」


「公平な査定よ? 大体、実力なんて見れば分かるわよ? 実力は隠せても、大きく見せる事は出来ないわ。 少なくとも私にはね」


 確かに正論っちゃ正論だ。

 ある程度の実力者なら相対すれば、相手に実力などおおよそ察しがつく。

 今回の場合、実力を隠していたとしても問題ないってのも理解できる。


「だから通常なら貴女一人に任せる訳にはいかないわ。 でもまぁどうしてもって言うなら考えないでもないわねぇ」


「おいちょっと待て、さっきと言ってること違うだろ! 危ねぇんじゃないのか?」


「危ないわねぇ」


 マーリンは意地の悪い笑みを浮かべつつ俺を見る。


 こ、コイツ……

 そういうことかよ。


「良い性格してるぜ、アンタ」


「あら、なんの事かしら?」


 嫌だけど、ホンットにヤダけどしゃーないか……

 ステラが何か言おうとするので俺はそれを遮る様にマーリンに告げる。


「わーったよ、やるよ、やりますよ」


「あら良いの? 助かるわ、本当に困ってたのよ」


 ステラを使っておいて白々しい……


「ただし約束は守ってくれよ?」


「それなら安心して頂戴、前払いよ」


 そう言ってマーリンが3枚のカードを差し出した。

 まぁなにが書いてあるか分からないんだけどな!


「貴方達のギルドカードよ、既に適正や職業は制限を掛けてるから安心して」


「へぇ気前がいいな、ちなみにコレだけ貰って逃げたらどうする?」


 流石にそんな事するつもりは無いが、相手が強すぎて逃げ帰ってくる可能性はある。


「逃げ帰ってくるなら報酬はゼロだけど、そのカードはそのまま使っていいわ、私の見る目が無かったって事でね」


 ほぉ……ならちょっと覗いてみて速攻諦めて帰ってきてもいいんじゃーー


「もっとも、不正に関しては容赦しないわよ? 二度とギルドは利用させないし、国中のギルドに手配書をばら撒くわ」

「誠心誠意努めてさせてもらおう」


 クッソ、コイツ人の心が読めんのか?


「貴様が顔に出すぎなのだ」


 え? 顔に出てた? マジ?


 まぁ、引き受けた以上やるっきゃない。


「よし、んじゃ行くぞステラ! オバケは頼んだからな!」


 いやホントマジで……


「は、はい!」


「ああ、行く前に二軒隣にある武具店に行くと良いわ、丸腰って訳にはいかないでしょ? 話は通しておくから受け取るだけでいいわ、私からのプレゼントだと思って」


「……マジで気前良すぎない? 逆に怖いんだけど……」


 タダより高いものは無い。


「正直、かなり無理を言った自覚はあるのよ? お詫びみたいなものだから気にしないで」


「……ま、そういう事なら素直に受け取っておくよ」


「ええ、そうだそれともう一つ」


 なんだよ、まだあるのか?


「貴方は今日からミナトを名乗りなさい。 迷い人が名字を名乗るのは許されているけど色々面倒だから」


「んん? そういうもんか?」


 まぁ確かに毎回事情を聞かれたら面倒だし、不便はないからそれでもいいか。

 俺は納得の意思表示に頷くと今度こそ部屋を後にしようと扉に手をかけた。

 だが、直後に背後から声が掛けられる。


「ねぇ、貴方、ご両親は?」


 それまでの話とはまるで脈絡のない質問。

 しかもちょっとだけ答えづらい質問だった。


 俺は少しだけ迷ってから振り返らずに答えた。


「二人とも空の上だよ」


 意味が通じるかは分からない。

 だが、俺はそれだけ告げて今度こそ部屋を後にした。


♦︎


 本当に驚いた。


 まさに生写しと言っても良いほどにそっくりな彼の姿に、私は思わず彼の名前を呼びそうになった程だ。


 ひょっとしたら彼らが戻って来たのかと、胸が踊ったほどだ。


 でも、彼の口から告げられたのは余りにも予想外の言葉だった。


『二人とも空の上だよ』


 信じられなかった。


 ただの人違いだと思いたかった。


 でも、絶対にそれはないという確信がある。


 ヒュウガの名前と彼の面影、そして何より光属性の適正——


 彼らが死んだなど、到底信じられない。

 特に彼は殺したって死なないような男だ。


 思わず彼を引き留め、詳しい事を聞き出したくなった。


 でも、できなかった。


 あまりの衝撃に、その場から動く事も出来ず、声を出す事も

 出来なかった。


 誰もいなくなった自室に私の呟きが響く——


「カイト、ナギサ……」


 少しの間、溢れ出る涙を止める事が出来なかった——


 ♦︎


 マーリンの部屋を後にした俺たちは先程のギルド職員に呼び止められ、正式な依頼受注の手続きを取った。


 いつの間に伝達されたのやら……


「では手続きは以上です。 後、先程は取り乱して申し訳ありませんでした。 ギルマスが認めた方達ですから大丈夫だとは思いますが、くれぐれも無茶はなさらないで下さい」


「ああ、ありがと——」

「ですから! 規則で禁止されているんです!」


 職員にお礼を言おうとした瞬間、隣から別の職員らしき人物の声が響いた。

 声に釣られてそちらに目を向けると、そこにはカウンターに背がギリギリ届きそうな少女が、目に涙を浮かべながら必死に訴えかける姿が目に入った。


「お願い……します」


「どんなに頼まれても出来ないものは出来ないんです、事情はお察ししますが、貴女には危険すぎます」


 涙を浮かべる少女に良心が痛むのか、先ほどとは変わり語気を弱め優しく諭すような物言いだったが、それを聞いた少女は弾かれた様に走り出すと、ギルドを飛び出していった。


 その後ろ姿を目で追う。


 金髪の間から生えた頭の耳、ふっさふさの尻尾——

 物語だけの存在だった獣人との初めての出会いだった。

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