第11話 はい、ステラさん

 クロの力を借りて放った漆黒の炎は数匹のオークを呑み込み、一瞬にして焼き尽くし、後にはチリ一つ残さなかった。


「なにこれ、ヤバくね?」

『ふん! 我が炎の前にオーク如きものの数ではない』


 そう言い放つクロに俺は目眩を感じた。


「ッ……」


 と言うか、マジで目眩がする。


『いきなり大量の魔力を使ったからな、最初はそんなものだ、じきに慣れる。 まぁ今回は後一回が限界だろうがな』


 ん??

 ちょっと待て、後一回だと?


『案ずるな、奴らを見てみろ。 もはや戦意など残っておるまい、後はキングを焼き払えばそれで終いだ』


(他の奴は放っておいて良いのかよ?)


 オークキングを倒したとしても、まだ数十匹は残っている。


『ボスがあっさり倒されれば下っ端はすぐに逃げ出す』


 そういうものらしい。

 俺はそのクロの言葉に従ってオークキングに向けて右手をかざす。


「ブヒッ! ま、待テ! 分かっタ! もう二度と村には手を出さなイ! だから見逃してくレ!」


『耳を貸すな、奴らは人間の娘がいなければ種を保てぬ。 仮に村に手を出さなくても人間を襲う事に変わりはない』


 だろうな。

 どんな生き物だって生きる為には少なからず犠牲が必要だ。

 そして、それは人間も同じだ。


「悪いな」

「待テ——!」


 右手から放たれた黒炎がオークキングを呑み込み、その存在を消滅させた。

 クロの言った通り、頭を失ったオーク達は哀れな鳴き声を響かせながら、一目散に森へと逃げていった。


「さて、大丈夫か? って、また腰抜かしてるのか?」


 振り返るとそこには昨日と同じように地べたに腰をつき、目を丸くしているステラの姿があった。


「え? あ、はい、あれ?」


 そう返事をするステラの目から大粒の涙がポロポロと溢れる。


「あれ? おかしいですね? すみません」


 そう言うが、涙は一向に止まらない。

 張り詰めていた糸が切れたんだろう、無理もない話だ。


「……黒い炎、なんたる事だ」

「災いだ、村に災いが降りかかるぞ」

「なんて禍々しい」


 ん?

 なにやら遠巻きに眺めていた村人達の呟きが耳に届く。


「貴様……余計な事をしてくれたな! しかも黒い炎じゃと? この死神め! 村から出て行け!」


「……随分な言い草だな? 仮にもお前らを苦しめていた魔物を退治したんだがな?」


 もっともコイツらの為にオークを倒した訳じゃない。

 感謝して貰おうとも思わないが、死神とは随分な話だ。


「黙れぇ! 禍々しき黒い炎! 人間の皮を被った悪魔め! 村から出て行け!」

「そうだ、出て行け!」

「村から出て行けこの悪魔め!」


 終いには石を投げられる始末である。


 全くもって救いようがない。

 きっとコイツらは一生このままなのだろう。


 だが、こっちとしても、もうこの村にいる理由は無い。

 言われなくてもすぐにでも出て行くつもりだ。


「はいはい分かりましたよ」


 俺は踵を返すと村の出口へと向かう。

 本当は反対から出たいのだが、村を突っ切るのを許してはくれないだろう。

 最後にあのジジイ村長ババア伯母に一発くれてやりたいところだが、まぁ見逃してやるとしよう。


「貴様も出て行け! 裏切り者め!」

「災いを村に連れてきやがって! 出て行け!」

「出ていけ余所者!」


 背後から聞こえてきた罵声に俺は足を止めた。

 それは俺に向けられたものではない。

 なら、相手は誰か?


 そんなもの考えるまでもない。


 俺は振り返ると村人に向けて右手をかざした。


「ひぃ!」

「あああ!」


 正直、本気で燃やしてやりたいところだが、流石に脅かすだけだ。

 腰を抜かし、みっともなく狼狽する村人に俺はダメ押しの一言を放った。


「それ以上喋るな、村ごと焼き払うぞ?」


 その言葉で村人達は一斉に口を噤んだ。

 先程までの敵意は完全に消え去り、瞳には怯えての色だけが浮かんでいる。


 俺は小さくため息を吐くと、座り込んだステラに手を差し出した。


「え?」


「こんな村に居たって辛いだけだろ? まぁ無理にとは言わないけどな」


 最初は意味が理解出来なかったのか、ステラは目をぱちくりさせるだけだったが、一瞬遅れて意味を理解したのか、すぐに満面の笑みを浮かべーー


「はいっ!」


 俺の手を取った。


 が、腰が抜けてるので立ち上がる事が出来ない。


 仕方ない——


 腰を抜かしたステラを抱き上げる。

 いわゆるお姫様抱っこと言う奴だ。


「きゃ!」


 ステラが短い悲鳴を上げる。

 だが、仕方ない。

 だって歩けないんだから。


 俺はそのまま村を後にした。


 ♦︎


「あ、あのぉ」


 村を迂回し、ようやく反対側の街道らしき場所に出たタイミングでステラが遠慮がちに、口を開いた。


「ん?」


「も、もう大丈夫です、歩けます」


 そう口にするステラはよく見れば顔が真っ赤だった。

 その様子を見て俺も唐突に恥ずかしくなり、慌ててステラを下ろした。


「あ、あの! ありがとうございました!」


「ん? ああ、気にすんな好きでやった事だ」


 好きと言ってもあれだ、人助けって意味だぞ。

 断じてそういう意味では無い。


「それで……あの、私ついてきてよかったんですか?」


「何言ってんだ、俺が連れてきたようなもんだろ? それより、勢いよく連れてきちまったけど、荷物とかそういうの大丈夫だったか?」


 俺は身体一つで問題無いが、よくよく考えてみればステラはあの村に住んでいて家まであるのだ。 荷物の一つや二つあっても不思議ではない。


「それは大丈夫です。 殆ど処分してしまいましたし……」


 そう言って複雑そうな笑みを浮かべる。

 理由など聞くまでも無い。


「あー……」


 若干気まずくなり、俺は違う話題を振ることにした。


「町まで結構あるんだろう? ステラは行った事あるんだよな?」


「え? そうですね、このペースなら日暮れまで余裕を持って到着出来ると思いす」


 真っ直ぐ続く街道をのんびりと歩きながら、俺は今後の事を話し合っておく事にした。


「じゃあステラは町に着いたらギルドに行くのか?」


「はい、私でも出来そうな事を探してみるつもりです。 ヒュウガさんはどうするんですか?」


「うーん、そうだなとりあえず元の世界に戻る手段がないか探してみるつもり」


 訳も分からずこっちに召喚され、今頃向こうで失踪騒ぎになっているかも知れない。

 そういえば停学中に失踪とか、まさか退学になったりしないよな?


『おいミナト、貴様は何故自分がこの世界に呼ばれたのか気にならんのか?』


 それは確かに気になる。

 事故なのか意図しての事なのか、もしなにか理由があるならどんな理由で呼ばれたのか、気にならないはずが無い。


 だが、どこの誰が俺を召喚したのか分からない以上、分かりようがない。


『事故の可能性は低いな、アレは明らかに貴様、若しくは我を狙ったものだ』


 クロの言葉に思わず足を止めた。

 だとすれば、何故あんな森の中に召喚したんだ?

 召喚した張本人からの接触もなく、イマイチ目的が見えない。


『それは我にも分からん、それこそ召喚地点がなんらかの理由であの森にズレた可能性もある。 なんにせよ油断するなよ?』


 ……それ言うのが1日遅くない?


 思わずため息が漏れる。

 どうもこの自称魔王は色々とズレたところがある気がする。


「どうしたんですか?」


 突然立ち止まり、ため息を吐いた俺に、ステラは心配そうな視線でこちらを見つめていた。


「あ、ああ……悪い、自称魔王が妙な事を言い出してな」

『いい加減その自称というのはやめんか! 我は正真正銘魔王の魂なるぞ!』


「あーそうですね」


 自分の名前すら思い出せないクセになんでそこだけ自信満々なんだ。


「あ……そうでしたか……黒炎の魔王、存在は聞いた事がありますが、本当に黒い炎を操るんですね」


「え?」

『む?』


 今、何かとんでもない事を言っていませんでしたか?


『おいミナト! 他になにか知らないか聞くのだ! 我の記憶を取り戻すきっかけになるやも知れん!』


「……なんか他に知ってる事無いかって言ってるんだけど」


 そう尋ねるとステラは少し申し訳なさそうに首を横に振った。


「すみません……15年ほど前に聖光教会の勇者様が討伐されたと言うことくらいしか……」


 なんという事だ……


 という事はマジでクロは倒された魔王の魂かも知れないって事か……


『……どうやら魔王違いのようだな、我が勇者如きに負けるはずが無い』


「いや、ホントお前のその自信はどこから来るんだ」


 一周回って尊敬しそうになるよ。


「……あの」


 ステラがおずおずと小さく右手を上げる。

 何故挙手が必要かわからないが、とりあえず何か言いたい事があるようなので聞いてみる。


「はい、ステラさん」


「??」


 うん、やっぱ学校のノリは通じないよね……

 気を取り直してステラに尋ねると彼女はとんでもない事を言い出した。


「えっと……もしよかったら、なんですけど、魔王さんの魂を別の器に移しますか?」


 はい?

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