第10話 なにこれ、ヤバくね?
俺だって出来る事ならこの手で命を奪う様な真似はしたくない。
だが、それより大切な事がある。
親父の言葉を思い出す。
「いいかミナト! 心を鍛えろ! これからお前の人生は選択の連続だ、時には辛く厳しい選択を強いられる。 そんな時は己の正義を信じろ! いざという時に選択出来なければ全てを取りこぼすぞ」
今にして思えばクサ過ぎるセリフだ。
でも本当だったよ、親父——
「正義の形は人それぞれ違う、万人にとっての正義など存在しない。 己の正義を貫く強い意志を、心を鍛えるんだ!」
ステラを助けるのが俺の正義だ。
現状俺の中の最優先を選択をする。
オークには悪いが、やると決めた以上、奴らには全滅してもらおう。
♦︎
これでいいんだ。
何度そう自分に言い聞かせてきただろう。
両親を亡くした時から決まっていた事だ。
両親と言っても捨て子だった私を拾い、育ててくれた義理の両親だ。
ソーン村では余所者を極端に嫌う。
それは赤子だった私も例外では無い。
それでも父と母は私を育て上げてくれた。
両親が亡くなって、村人の私に対する態度は益々悪くなった。
それでも母の姉である伯母だけは私に気を使ってくれた。
孤独にも慣れ、毎日をなんとか生きてきた。
何度も村を出ようと思ったが、行く当ても無い私は結局両親との思い出が詰まった家を出れなかった。
だからオークが人間の生娘を要求してきた時、真っ先に私の名前が上がった。
誰も反対などしない。
嫌がったところで、結果は変わらない。
だから私は受け入れた。
諦めていた。
でも、ヒュウガさんに助けられた時、気がついてしまった。
嫌だ! と—
オークの慰みものになり、人外をその身に宿すなんて耐えられない。
普通に生きて、両親の様なささやかでも幸せな家庭を築きたい!
でも、もう手遅れだ。
このままオーク達の巣に連れて行かれ、昼夜を問わず凌辱され続ける。
いっそこの場で死んだ方が余程幸せだろう。
本当の両親に捨てられ、愛した育ての親を失い、そして村に捨てられる。
もうやめよう——
このまま何も考えず、全てを諦めれば幾分楽になれる。
「悪いな、邪魔させてもらうぜ」
私の決心を揺さぶる声が耳に届いた——
♦︎
「な! 何故貴様がここにいる! 見張りはどうした!」
「なんダお前ハ? まさかジャマする気じゃないだろうナ?」
俺の登場に村長は目を剥き、焦りの声を上げ、村人達がざわつく。
オークの親玉は特に焦った様子もなく、純粋に唐突に割って入った俺が何を考えているのか分からない様だった。
「そのまさかだよ、邪魔するって言ったろ?」
「ブヒヒヒ! なんダ自殺志願者か、大して旨く無さそうだが、食料の足しにしてやろう」
「豚は食っても喰われる趣味はねぇよ!」
数十匹のオークを前にしても不思議と恐怖はない。
不思議な高揚感を感じる。
「き、貴様! 何を言っとるんだ! 邪魔をするな! 村を滅ぼす気か!」
村長は顔を真っ赤に染めて怒鳴り声を上げる。
その表情は怒りと言うより恐怖と焦りが色濃く現れている。
オークが暴れ出したらと思うと気が気でないのだろう。
「悪りぃけど、生贄とか聞いて黙ってられるほど大人しい方じゃないんだわ」
「ふざけるな! 村の事に余所者が好き勝手に口を出すな!」
「余所者だから好き勝手言えるんだなコレが、大体生贄とか馬鹿じゃねぇか? そんな事したって同じことの繰り返しだろ?」
「黙れ! 儂は村の長として村民を守る義務がある! その娘も村の為ならと納得の話じゃ!」
全く持って話にならない。
「本当かよ? どうせ寄ってたかってステラに押し付けたんだろ? なぁ! ステラは本当にそれでいいのか?!」
俺の言葉に俯くステラの肩が僅かに揺れる。
そして弱々しく、か細い声が絞り出された。
「……いいんです……どうかヒュウガさんはこのまま村を去って下さい」
ステラの言葉に俺は苛立ちと同情を覚える。
ステラの姿が元いた世界で見たイジメられっ子に重なる。
繰り返し否定され、人格すら否定され続ける事で自分の気持ちを失ってしまった者たちにそっくりだった。
「なぁ、あんたはそれで良いのかよ? 伯母さんなんだろ? 助けてやりたいとか思わねぇの?」
俺は村長の後ろに立つ女に声をかける。
僅かな時間しか見ていないが、あれは間違いなく昨日ステラを連れて行ったオバさんだ。
「…………よ」
「は?」
ボソボソとした声は俺の耳まで届かず、聞き返した俺の言葉にオバさんは鋭い目を更に鋭く吊り上げて叫んだ。
「冗談じゃないよ! 何で私がその娘を助けなきゃならないんだい! 姉さんが余計な事をしたせいで私が今までどれだけ辛い思いをしてきたと思ってるんだい! その上、私がその娘の監視までさせられたんだ! ようやく消えてくれるんだ、邪魔するんじゃないよ!」
「監視?」
「そうだよ! 姉夫婦が死んだ時、本当ならその娘は村から追い出すはずだったんだ! それをオークの餌の為に今日までみんな我慢して村に置いてやったんだ!」
なんつぅ話だ。
コイツらは本当に同じ人間か?
「ブヒャヒャヒャ、本当に人間は弱いナ! 醜く、自分勝手に同族すら平気で手にかける。 全く惨めで哀れな娘だ」
オークキングがそう言って笑い声を上げる。
畜生に笑い者にされ、村人には人間とすら見られていない。
ステラの肩が小さく震えていた。
表情は窺えないが、そんなもの容易に想像がつく。
俺の我慢はとっく限界を迎えていた。
だが、一つだけ確認しなければならない。
「なぁアンタは本当にそれでいいのか!? こんな豚野郎とクソみたいな連中に好き放題言われて、アンタそれでいいのかよ!」
俺はまだ彼女の気持ちを聞いてない。
彼女に生きる意思を持って欲しい。
死にたいなんて言ったら引っ叩いてでも目を覚まさせてやる。
例え親切の押し売りと言われようとも、俺は俺が正しいと信じた事をする。
身勝手だと、独善的だと言われようとも、生きていればいい事があると俺は信じてるからーー
「イヤ……まだ生きたい……」
小さな呟き——
されど確かに彼女は生きたいと言った。
悪意と嘲笑を向けられて尚、生きる意思を見せたのだ。
「ふ、ふざけるな! 今日まで誰のおかげで生きてこれたと——」
「うるせぇんだよジジイ!!」
俺は腹の底から叫んだ。
もうコイツらの話を聞く気は無い。
気分が悪くなるだけだ。
「やるぞクロ」
『よかろう、豚どもに格の違いを見せてやれ』
俺は村人達に背を向ける。
俺のやる事はただ一つ、目の前の豚を根絶やしにするだけだ。
「フン、もう終わりカ? なら娘は貰っていくゾ、オイ」
オークキングの合図で手下の一匹がステラに手を掛けようとする。
当然、それを許すつもりなど無い。
俺はステラに伸ばされた腕を蹴り上げた。
「おいおい、話聞いてたか? この子は気が変わったんだ、丸焼きにされたくなきゃとっとと消えろ」
俺の言葉にオーク達が一斉に殺気立つ。
「人間風情が調子に乗るナ! さっきまでは見世物だと思って黙ってただけダ!」
「あっそ、んじゃもう終わったから、シッシッ」
俺は虫を追い払う様な仕草でオーク共を挑発する。
所詮は豚の化け物、多少言葉が喋れると言っても基本的には単純極まりない。
案の定、ステラに手を掛けようとしたオークがいきり立って殴り掛かってくる。
「それはもう昨日見てんだよ!」
昨日と同じ様にオークの一撃を躱し、分厚い腹に掌を添える。
「ッ! 破ッ!」
「ブッ!」
破壊の一撃を受け、オークが倒れる。
「お前! 人間ガ! コロス!」
「人間人間ってなぁ、人間舐めんじゃねぇぞ!」
仲間をやられていよいよオークキングの怒りが頂点に達したようだ。
手下のオークは一斉に襲いかかってくる。
「クロ!」
『分かっておる! やれ! なぎ払うのだ!』
クロのイメージが俺の中に流れ込んでくる。
俺はそのイメージに従って右腕を大きく横に振るった。
振るわれた手の先から放たれた漆黒の炎が目の前を覆う。
光をも焼き尽くさんばかりの黒い炎は、今まさに襲い掛からんとするオークを丸ごと飲み込み焼き尽くす。
「「「————!!!」」」
炎が消えると、さっきまで存在していた筈のオークはチリ一つ残っていなかった。
「な! ナンダオマエハ! なぜ人間風情が黒い炎を操ル!」
オークキングが叫び声を上げた。
その叫びは仲間をやられた怒りの言葉ではなく、仲間を呑み込み、焼き尽くした黒い炎への恐れだった。
そしてそれは俺も同じだった。
「なにこれ、ヤバくね?」
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