第8話 え、えぇ……
俺はアイテムボックスからアピの実と霊木の露草を追加で取り出すと、キースの目の前に並べた。
出来れば隠しておこうと思ったが、無理に隠す程の事でもないだろう。
それより、今は先立つ物を優先する事にしよう。
「こ、これは驚いた……」
「ヒュウガさん、アイテムボックスをお持ちなんですか?」
このやりとり、なんか知ってる!
自分が当事者になるとは思っていなかったが……
「こんな大量に希少品が並ぶとは! これもお売り頂けるのですか!」
てっきりアイテムボックスに驚かれたと思っていたがどうやら違うらしい。
キースの驚きは目の前のアピの実と霊木の露草に注がれている。
もちろん買い取ってもらう為に出したのだ。
キースにその事を告げると彼は凄くいい笑顔を浮かべた。
「ヒュウガさん、よくこんなに集められましたね」
そう言って驚いているステラに俺はこっそり告げる。
「まぁまだ百個ずつはあるんだけどな」
俺の言葉にステラは目を丸くして絶句している。
やはり相当希少な物らしい。
こんな事ならもっと集めておくべきだったかも知れない。
まぁ腐ったら意味ないのだが……
『安心せい、その中の時間は凍結させておる。 当然、腐る事もない』
それはいい事を聞いた。
よく聞く設定だが、そこまで万能に作ってくれているとは思わなかった。
『我は魔王だからな! その程度造作もないわ!』
心の中で「わーすごーい」と適当に褒めておく。
多少信じてもいいとは思っているが、やはり魔王というのは……ね。
「ヒュウガさん、こちらが買取金額で、金貨60枚です。 お確かめ下さい。 あとこちらはこちらは私からの心ばかりの品です。 良かったらお納め下さい」
そう言ってキースは金貨が入っているであろう小さな皮袋と白い布で包まれた30センチ四方の何かを差し出してくる。
「そちらは先程お話しした洋服、と言うより外套と下穿きですね。 本来であれば金貨2枚はいただく上等な品で黒を基調としておりますのできっとお似合いになるでしょう」
キースの説明を聞きながら、白い布の包みを解くと中には言葉通り黒い服が折り畳まれていた。
「少々変わった作りになっておりまして、多少の解れや穴であれば一晩で綺麗に直ります。 汚れる心配もありません」
めっちゃマジックアイテムだった!
「いいのか? 高価な物なんだろ?」
その言葉にキースは小さく首を振ると一歩俺に近づき、耳打ちの様な小声で話す。
「それは良いものをお売り頂いたお礼とステラさんを救ってくれたお礼です」
何故キースがステラを救った事に対して礼をしてくれるのか不思議だったが、キースの話を聞いて納得した。
キースはこの村の人間ではない。
そして村人達の余所者に対する態度はアレである。
定期的に村へ行商に訪れるキースは、本来であれば村人にとって非常に重要なライフラインだ。
だが、そんなキースに対しても村人は極めて冷淡な対応しかしないそうだ。
村の入り口付近以外立ち入りを許さず、最低限にしか会話をせず、今まで一度たりとも礼を言われた事もないそうだ。
しかし、そんな村人の中で唯一ステラだけは違った。
挨拶してくれて、話もしてくれるし、いつも取引後には礼を述べてくれる。
ステラがいなければとっくにこの村には訪れなくなっていたとまで言う。
……ちょっとその気持ち分かるわぁ。
「ま、そういう事なら遠慮なく貰っておくわ」
「ええ、おっといけない。 そろそろ町に戻らねば日が暮れてしまう。 それではヒュウガさん、またお会いできる事を期待しております。 ステラさんもご自愛下さい」
「…………はい」
その時、ステラの表情が曇ったのを俺は見逃さなかった。
悲しげで、どこか申し訳なさそうな……
言葉にしづらいが、なんとなくそんな風に感じた。
なんとなく声をかけづらく、無言で小さくなる馬車を見送った。
「さて、では家に帰りましょう!」
パンッと手を叩き、明るくそう声を上げたステラはクルリと踵を返し、歩き始めた。
そんなステラに違和感を感じつつも、俺は短く「あ、ああ」とだけ返事をして、ステラの後に続いた。
『…………』
♦︎
「なんのおもてなしも出来ませんが……」
そう言って自宅へ上げてくれたステラは若干申し訳なさそうに苦笑いを浮かべている。
普段ならテンションの一つでも上がりそうだが、俺はどうにもさっきのステラの様子が引っかかって仕方がなかった。
「なぁ、なんか困ってる事でもあるの?」
「え? ……そんな事無いですよ! どうしたんですか?」
口ではそう言っているが、やはり何処か辛そうに感じる。
絶対なにかある。
だが、どう聞いたらいいかわからない。
聞いたところで答えてくれるとも思えないが……
『ミナト、さっき村長が話していた事を覚えているか?』
(さっき話してた事?)
若干不愉快ではあるが先程の会話を反芻してみる。
すると、一つ気がかりな会話があった。
「……明日の件、心変わりはあるまいな?」
明日の件……
それがステラの悩みなのではないか?
『その可能性が高かろう、一つ突っ込んで聞いてみてはどうだ?』
クロのアドバイスに従い、ステラに村長との会話について突っ込んでみようと思ったその時——
「ステラ!!」
バタンッ! と大きな音を立てて玄関の扉が開いた。
そこには50代くらいだろうか? 若干目つきの鋭い女性が険しい表情を浮かべ立っていた。
「おばさん?! どうしたのそんなに慌てて」
ステラも驚いた様で目を見開き、おばさんと呼ぶ女性へと近寄った。
「どうしたのじゃないよ! あんたが森でオークに襲われたって聞いて飛んできたんだよ! どこも怪我はしてないかい? それに彼奴らに何かされたりは——」
そう言ってステラの肩を掴み、凄い剣幕でステラに詰め寄った。
「だ、大丈夫よ! 少し足を挫いたけど、それ以外なにもないよ!」
「そうかい……ならいいんだけどね」
そう言うと、ようやく落ち着いたのか、肩から手を離し、一歩後ろに下がった。
そして目線をこちらに向ける。
その目は明らかにこちらを警戒している。
と言うかむしろ若干嫌悪感があるように見えるのは気のせいか?
「あの男があんたを助けたって人かい?」
やはりと言うべきか、俺に話しかけてくる事はなく、ステラにそう問う。
「そう、ヒュウガミナトさん、オークに襲われていた所を助けてくれた上に、歩けない私をここまで運んでくれて、凄く優しい人なの」
そう話すとステラは、若干俺の願望が混じっているかもしれないが嬉しそうだった。
「……そうかい、でも、若い男を家に泊めるなんて私は反対だよ! 明日には出ていくんだろ? ならあんたは私の家に泊まりな」
うーん……やはり、明らかに邪険にされている。
確かに年頃の若い男女が同じ屋根の下というのは色々と心配もあるだろう。
だが、それにしても強引すぎやしないか?
「え? でも、食事もなにも準備してないし……」
「そういうのは村の若い男にやらせるからあんたは気にしなくていいんだよ! いいから言う通りにしな!」
そう言うと、おばさんと呼ばれた女性はステラの腕を掴み、強引に引っ張る。
「え? ちょ、ちょっと待って!」
ステラの言葉に耳を貸す様子は微塵もなく「いいから早くしな!」と語気を強め、更にステラを強く引く。
流石に止めに入ろうとした瞬間——
「ごめんなさい! 明日の朝、必ずお見送りに行きますから! 家は好きに使ってください!」
それだけ言うとステラは腕を引かれて何処かに連れて行かれてしまった。
「え、えぇ……」
誰に言うでもない俺の呟きは、虚しく空に吸い込まれて行った。
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