第7話 え〜どうしよっかなぁ

 森を抜け、そこから更に15分ほど歩いた先にある村ーー


 そこがステラの住む、ソーン村だと言う。

 人口は100人程で農作物を中心に森の木から作った木炭や価値のある野草などを売って暮らしているそうだ。


 はっきりいって年中苦しい生活をしていると聞いていたが、村の様子を見てそれが嘘でない事は充分伝わってきた。


 視界のあちこちに写る村人達に笑顔は無く、皆一様に俯き、鋭い視線でこちらを一瞥すると、すぐに視線を逸らした。


『歓迎されておらん雰囲気だな』


(だな、むしろどちらかと言えば嫌悪感が滲み出てるぞ)


 ステラを背負っているにも関わらず、声を掛けてくる者は一人もいない。


 と思っていたらなにやら村の奥から三人の男がこちらに向かって歩いてくるのに気がついた。

 他の村人と変わらず、その視線は決して友好的なものではない。


「ステラ、その男は誰じゃ、何故村に余所者を入れている」


 開口一番で飛び出したその言葉でおおよそ察しがつく。

 と言うか、村に入った瞬間からなんとなくそんな気はしていたが、この村は明らかに余所者である俺に対して警戒を通り越して嫌悪している。


「村長様、この方は森でオークに襲われているところを助けて下さった命の恩人です。 歩けない私を村まで運んで下さいました」


 ステラの言葉に村長と呼ばれた爺さんと付き人の二人の目の色が変わった。

 流石に、村の仲間が魔物に襲われたともなれば心配にもなるだろうと思ったのだがーー


「なんじゃと!? お主まさかオークを村に近づけてはおらんだろうな!?」


 まさかの言葉に俺は耳を疑った。

 この爺さんは今なんと言った?


「はい、オークはこの方、ヒュウガさんが討伐して下さいました」


 ステラもそんな村長の言葉を気にしていないのか、そう答える。


「この男が? 見たところ丸腰で到底オークに敵う様には見えんがな……まぁよい、それなら早々に村から出ていってもらえ。 お主も今は大切な時、明日の夜まで村から出るでない、コレは命令じゃ」


 もうね、色々イラッとくる爺さーーいや、もうジジイでいいや。

 まずここまでこのジジイ、俺を完全に無視してやがる。


 その上、ステラに対するこの態度、村長らしいから偉いのかも知れないが、それにしたってこの態度は無い。


 流石に一言二言三言言ってやりたくなり、口を開きかけた瞬間ーー


「恩人に対してその様な失礼は致しかねます。 どうか数日の滞在を許可していただけないでしょうか」


 そう口にしたステラに遮られた。

 それにしても言葉は丁寧なのだが、どこか険のある物言いだ。

 なんとなくそう感じただけなのだが。


「……明日の件、心変わりはあるまいな?」


 村長は村長で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも即拒絶しない。

 てっきり「ならん」とか一蹴すると思ったのだが……

 

 と言うか明日の件ってなんだ?


「はい」


 背中越しのステラと目の前のジジイプラス2人ーー

 間に挟まれてる筈なのに、完全に蚊帳の外でどうにも落ち着かない。


「……よかろう、だが明日までだ。 明日の正午までには村を出せ、よいな?」


「ありがとうございます」


「ふんっ」と鼻を鳴らして村長と付き人は村の奥へと踵を返した。

 つーか、今あの右にいた男舌打ちしやがったな……


『ふん、器の小さい男だ、あれが長というのだから程度が知れるな』


(はじめて意見があったな、俺もそう思う)


 それにしても相当排他的な村だな。

 こうして正式に許可を貰ったものの、1ミリも村を見て回りたいとは思わない。


「ヒュウガさん、家に戻る前に行商人のところへ行きませんか? さっきのアピの実と霊木の露草を買い取って貰いましょう」


 ステラの口調は村長に対するものとは打って変わって柔らかく優しいものになる。

 うん、やっぱりこっちの方がいいな。


 そんな事を考えていたら、不意に背中から重みが消えた。

 慌てて振り返るとステラはしっかりと足をつき立っている。

 どうやらもう歩けるようだ。


 ……もうちょっと背負ってたかったのはナイショだ。


 ♦︎


 ステラの案内で村の中を歩く。

 相変わらず声を掛けてくる者はいない。

 だが、視線だけは感じるので気になってしまいキョロキョロと周りに目を向けてしまう。

 そんな俺を見てステラが申し訳なさそうに口を開いた。


「小さな村ですから……居心地は悪いかも知れませんが、今からでは一番近い町でも日暮れに間に合いませんから」


 確かになんの準備もなく野宿は遠慮したい。

 経験がない訳ではないが、この世界には魔物がいる。

 無防備に眠りこけようものなら……想像もしたくないな。


 そんな事を考えている間にどうやら村の端っこまできたようだ。

 俺が入ってきた入り口とは反対側にあたる。

 と言っても歩いて10分程度だ。

 やはり相当に小さい村なのだろう。


 村の入り口には大きな馬車が止まっており、荷積みでもしているのか作業中の人影が見えた。


「キースさん!」


 ステラが人影に向かって声をかけると、作業中の人影がこちらに振り向く。

 歳の頃は40代といったところか、商人のイメージ通り、小太り小綺麗いい笑顔のオッサンだった。


「おお! ステラさん! オークに襲われたって聞いて心配しましたよ!」


 初めてステラの身を案じる言葉が出た事にちょっと感動してしまった。


「はい、こちらのヒュウガさんに助けて頂いたので平気です」


「そうかそうか、それは良かった! ヒュウガさんといいましたか、ありがとうございます! 私からもお礼を言わせてください!」


 そう言ってオッサンは俺の手を握りブンブンと上下に振る。

 オッサンと硬い握手を交わす趣味はないので、俺は謙遜しつつ手を引っ込める。


「いや、偶然ですから、森で迷子になってるところを偶々ね。 むしろ森から出れたのは彼女のおかげなんで、こっちが感謝したいくらいです」


「森で迷子? ふーむ……あぁ失礼、私はキース、しがない商人です。 ヒュウガさんはなんでまた森に?」


 俺は簡単に事情を説明する。

 流石にクロの事は伏せておく。


「そうでしたか、道理で見たこともない服装な訳だ。 どうでしょうその服を売ってはいただけませんか? もちろん相応の金額で買い取りますよ! 丁度君にピッタリな仕立ての服がある、それもおつけしましょう」


 おお、リアル商人魂!

 ちょっぴり感動したが、流石に制服を売るのはやめておく。

 別に惜しい訳ではない。

 今の様に、迷い人だと告げて疑われた時に見せれば、いい材料になりそうだからだ。

 それに、制服を売らなくともこっちには売るものがある。

 俺は先程ステラから返された例の二つをキースに渡した。


「こ、これはアピの実! こっちは霊木の露草! これはまた希少な物を……これを売っていただけるんですか?!」


 どうやらマジで希少な物らしい。

 別にステラを疑っていた訳では無いが、こうして商人であるキースの目の色の変わり具合を見れば相当希少な物だという事がわかる。


「状態も最高です。 これならアピの実には金貨2枚、霊木の露草は金貨1枚払いましょう! どうでしょう売っていただけませんか?」


「え〜……どうしよっかなぁ」


 金貨にどれだけの価値があるか知らないのだが、とりあえず悩んでるフリでもしてみよう。

 安く買い叩かれているかも知れないからな。


「ヒュウガさん、キースさんの提示してくれている金額は相場と変わらないので安心して良いと思いますよ」

「やれやれ、なかなか商売上手な方ですね。 貨幣価値もご存知無いだろうに、大した方です」


 ステラはクスクスと口元を隠しながら小さく笑っているし、キースは何故か「ワッハッハ」と愉快に笑っている。


「あー、うん……じゃあそれで」


 俺はちょっぴり気恥ずかしくなり、若干投げやりにそう告げた。


「あ、そうだ」


 金貨2枚でこの村なら冬を越せると言っていたが、今後の事も考えればもう少し余裕を持たせたい。


 そう考え、俺はアイテムボックスに手を突っ込んだ。

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