第4話 うっせぇ豚野郎
歩けど歩けど変わらず木、木、樹、木——
既に歩き始めて三時間は経過していた。
この頃になると流石にちょっと不安になってくる。
本当に森を抜けられるのか?
真っ直ぐ進んでいるのだろうか?
悪い考えばかりがふつふつと心の奥底に湧いてくる。
『心配するでない、幸いにしてこの森は食料も豊富だ、水分もそれを食っていれば摂取出来る』
クロの言葉に俺は手の中の赤い果実を見た。
見た目はまんまリンゴで味もリンゴである。
確かに歩いている間に何度もこの果実を見かけている。
一応、手持ちのスクールバックに詰められるだけ詰めておいた。
万が一、突然手に入らなくなったらと思うと可能な限りストックしておきたかったのだ。
だが、水分を含んだ果物を目一杯に詰め込んだカバンは当然の様に重い。
『む、あれは……おいミナト、あの草を採取しておけ、搾れば簡易的な回復薬になる』
不思議なのだが、「あの」だとか「あっち」だとかの、いわゆる指示語でも正確に理解出来るのだ。
クロ曰く『我とミナトは魂が極めて近い、ミナトの考えが我に伝わる様に、我の考えも自然と伝わるのだろう』との事だ。
ツーと言えばカー、うん……死語だな。
「いいけどさ、あんまりたくさんは無理だぞ、カバンも一杯だし、重たいんだよな。 たく、異世界ならアイテムボックスとかそういう能力くらいくれてもいいじゃん、お約束だろ」
そういう意味ではクロの力はある種のチートかも知れないが、炎である以上、森の中では使いづらい。
『ふむ……収納する術という事か——』
「え? なに? もしかして使えるのか!?」
もしそうだとすれば是非使いたい。
なんなら、その手の小説を読んでいて一番羨ましい能力だ。
『————どうだ、魂を経由してそれっぽい能力を送ってやったぞ」
「マジで!? どうやって使うんだ?」
『ミナトのイメージを元にしたからな、自身のイメージに従えばよかろう』
クロの言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
まさか、本当にそんな事が出来るのかという期待を込めて、目の前の空間に手を突っ込んでみる。
すると、なにも無いはずの空間に手が入り込んだ。
「おーー おおーーー!!」
あまりの感動に思わず叫ぶ。
使ってみれば不思議とそうだと分かる。
俺はすぐさまクロが言っていた草を引き抜くと、その空間に突っ込む。
そして続けてカバンの中からリンゴ(?)を一つ取り出すと同じように、突っ込んでから手を出した。
『上手くいった様だな』
「待て待て、まだだ、保管した物を取り出せて初めてアイテムボックスと呼べる」
俺はドキドキしながら再びその空間に手を突っ込むと最初に入れた草を取り出そうとしてみる。
結果は成功だった。
「おお!! やった! アイテムボックス! ナイスだクロ!」
出し入れが問題無く出来る事を確認した俺は、すぐさま肩に食い込むスクールバックをアイテムボックスに突っ込んだ。
『ふふふ、どうだ、我の偉大さが少しは理解出来たか?』
「うん、初めてクロがいて良かったと思った」
『一言余計だが、まぁよかろう』
実際、これは凄い事だ。
異世界転移でチート能力は与えられなかったが、クロがいればそんなチート能力を作り出せるという事だ。
「他には? なんか無い? 他にお約束と言えば——」
是非やってみたいのが、あれだ。
ステータス表示——
RPGでもレベル上げを楽しめる自分としては、出来る事なら自分の能力を可視化してみたい。
『我は猫型ロボットでは無いのだぞ……まぁよい、それなら簡単だ』
そう言ってクロは本当にあっさりと俺の願いを叶えてくれた。
頭で念じるだけで目の前に半透明のウィンドウが現れる。
そこでは、自身のレベルやHP、MPが表示され、スキルの項目もある。
しかも、先程使える様になったアイテムボックスだが、その中身もウィンドウで確認出来た。
これで、中になにを入れたか分からなくなる心配も無くなった。
「ありがとうクロ……ちょっとだけお前が魔王だって信じてもいいかも知れない」
『少々複雑な気もするが、信じる気になったのならよかろう』
言葉通り複雑そうな声だったが、実際多少は信じてもいい気がしている。
便利な能力をくれた事が理由という訳では無い。
単純に俺は少しずつこの自称魔王の事が気に入り始めていた。
「ん?」
『む?」
それに気がついたのはほぼ同時だった。
僅かに聞こえたそれは人の声——
「——か! ——けて!」
考えるより先に俺は走り出していた。
はっきりと聞こえた訳ではない。
自分以外の人の声に歓喜した訳でもない。
その声が、助けを求めていたように聞こえたからだった。
「いや! 誰か!」
再び聞こえてきた声は先ほどよりハッキリと聞こえた。
それは間違いなく人の声であり、明らかに切迫した悲鳴だった。
「マデ、オンナ、ニゲル、ムダ」
続けて聞こえてきたのは、人間とは思えないくぐもった声——
片言ではあるが、声の内容から考えて女性が何かに追われているようだった。
『ミナト! あそこだ!』
クロの指し示す言葉に俺は瞬間的にそちらへと視線を向けた。
するとそこに、二メートルはありそうな巨体に追われる女性の姿があった。
全力で地を蹴り、駆け出すと、そのままの勢いで女性を追う巨体に飛び蹴りをお見舞いする。
「ぶっ飛べ!」
女性を追いかける事に夢中になっていたのか、突然現れた俺に全く反応出来ず、全力の飛び蹴りは見事に脇腹をとらえた。
だが——
「うぉ!!」
ブヨンとした反動があっただけで、微動だにしない。
それでも意識をこちらに向ける事は出来た。
『ミナト! 此奴はオークだ、分厚い脂肪に阻まれる故、打撃は効果が薄い、我の力を使え!』
「アホか! 何度も言うがこんな森ん中で炎なんか使えるか!」
大勢を整えつつ、オークと女性の間に入り、とりあえず女性を庇う体制を取る。
改めてオークの姿を見る。
うん、知識にあるオークそのものだった。
無駄にしか見えない贅肉に覆われ、顔の真ん中には豚の鼻がフゴフゴと動いている。
ぶっちゃけキモい。
豚をキモいと思った事は無いが、豚が人っぽくなると途端にキモくなる。
「ナンダ、オマエ、ジャマスルナ」
「うっせぇ豚野郎、追いかける相手間違ってんだろ、豚は豚らしくフゴフゴ言いながらメス豚でも追っかけてろよ」
間合いを確認しつつ、チラッと後ろを確認する。
相変わらず薄暗いので顔ははっきりしないが、先程逃げていた女性が地面に座り込んでいる。
俺はオークに注意を払いつつ、背後に向かって叫んだ。
「おいアンタ! さっさと逃げるか隠れるかしとけ! あ、その前に俺から見てどっちに行けばこの森出られるかだけ教えて!」
「え?」
背後から聞こえてきたのは困惑と恐怖が入り混じった様なか細い声だった。
思わず背後を振り返りそうになった時、目の前のオークが動く気配を感じ、咄嗟にバックステップを取る。
遅れて丸太の様な腕が空を切った。
「オマエ、ジャマ、コロス」
「出来るもんならやってみな! もっともオメーみたいなノロマの豚足野郎に捕まる俺じゃねぇけどな!」
可能な限り挑発しておく。
ぶっちゃけ強がってはいるが、さっきのゴブリンとは違う。
正直、怖く無いと言えば嘘になる。
もっと言えば出来る事なら速攻で逃げ出したい。
だが、まだ逃げる訳にはいかない。
背後の女性が逃げるだけの時間を稼がなきゃならない。
「おい、アンタ! さっきも言ったが早く逃げろ!」
再度、背後に向かって叫ぶ。
すると、非常に困った返事が返ってきた。
「腰が抜けて……それに足が……」
足を痛めたのか限界なのか分からないが、そもそも腰が抜けている以上逃げるのは不可能だろう。
そうなると取れる方法は二つ——
女性を担いで逃げるか——
目の前の豚をなんとかするかのどちらかしか無い。
「マジで?」
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