第3話 クロな
「はぁぁ……マジ勘弁してよ」
先程までゴブリンが横たわっていたところを確認する。
『いいから黙って探さんか、ゴブリン程度でも足しにはなる』
自称魔王に言われた探しているのは、いわゆる魔石だ。
こんな状況であんなモノを見てしまっては否が応でもここが異世界なのだろう事は理解出来る。
だが、理解出来ても受け入れるのは正直しんどい。
「あ」
僅かな光を受けて鈍い光を放つ何かを見つけた。
小指の先程度の大きさで、透き通った薄紫のソレを摘み上げる。
『ふむ、間違いないそれだ』
「あー……うん、言われなくても分かる、イメージ通りだし」
唯一違うとすれば、もう少し大きい、手のひらから拳大って感じなのだが、形や質感は知識にある魔石そのものだった。
知識と言っても創作物の中の話なのだが……
「マジかぁ……現実なのかぁ……」
『だからそう言っておるだろう』
魔法陣に、気がつくと見知らぬ森の中というシチュエーション。
挙句はゴブリンなんていうモンスターまで現れ、トドメに魔石とくれば、認めるしかない。
「認める、ここが異世界だという事は認める」
だが、この自称魔王まで認める気にならない。
取り憑かれてるってだけでも冗談じゃないのに、魔王とかアホ過ぎる。
『そんな事を言って良いのか? 貴様はこの世界の事をなにも知るまい、我の助け無しに生きていけるのか? 雑魚程度なら良いが強力な魔物が現れた時我の助けが必要になるぞ』
「はーそうですかーいったいなにを助けてくれるんですかねぇ」
俺に取り憑いている幽霊モドキのクセにいったいなにが出来ると言うのだろうか。
『だから幽霊ではないと言っておるだろうが! 正確に言えば我は貴様の中に封印されておるのだ!』
「…………胡散クサ」
いくらこんなファンタジー丸出しの世界に飛ばされたからと言って、なんでもかんでも信じる程俺はお人好しではない。
正体不明の何者かに何故か異世界へ連れてこられた俺の中に魔王の魂が封印されている?
今時そんな安っぽい設定、ネット小説ですら見かけないと思います。
『かぁぁ! 疑り深い奴だな貴様は! ならば証拠を見せてやろう、右手を突き出し手のひらに魔力を集中してみろ』
「え? ヤダよそんな厨二臭い——」
『いいから言われた通りにせんか! 確認も兼ねておるんだ、万が一の際に上手くいかんかったら死ぬぞ!』
「えー……」
ホントに嫌なのだが、死ぬのはもっと嫌なので渋々言われた通りに右手を前に突き出す。
そして魔力を集中——
「……魔力ってなに?」
出来る訳が無かった。
魔力を集中しろとか、普通の俺には想像もつかない。
と言うか試みたくない。
そんな痛々し事をしている自分を想像したら全身を掻き毟りたくなりそうだ。
『……こう、なんだ、グゥウウっとだな……ええい! 面倒だ! 気合でなんとかせんか!』
「雑! え? なに? すっごい雑なんですけど!」
全く役に立たないアドバイスを受け、再度手のひらに魔力という名の気合を集中する。
『む、いいぞ、上手くいきそうだ』
自称魔王の声が聞こえたかと思うと、突然手のひらから真っ黒な何かが飛び出し、目の前の樹々を貫きながら飛んでいき、そのまま地面に着弾した。
そして遅れてメキメキと樹々が軋み、何本もの樹木が音を立てて横倒しになった。
「……なにしてんのお前」
『うむ、やはり上手くいったな、加減が難しいところだが、まぁ問題あるまい』
目の前の事態を引き起こしたであろう自称魔王は満足げに頷いている(気がする)が、こっちはなにが起きたか訳も分からず、混乱する。
『見たであろう、我黒炎の威力を! 相当に加減したがそれでも大抵の魔物であれば一撃で屠れるぞ』
「いやいやいやいや、屠ったの木だから! しかも黒炎って要は火だろ? 火事になったらどうすんだよ!」
とりあえずぱっと見では火の手など上がってはいない。
だが、言われてみれば焦げ臭い匂いが風に乗って感じられる。
『それはそれで視界が開けてよかろう? 貴様とてこの様な陰鬱な森など早々に抜け出したかろう』
「アホですか? 視界が開ける前にこっちが炎に巻かれて燃え死ぬわ!」
この自称魔王はマジで馬鹿なんじゃなかろうか?
『ふん! この黒炎の魔王たる我がその様な愚を冒す訳なかろう』
「うーわぁー……」
痛い! 痛いよこの人! もう加速する厨二っぷりにこっちがむず痒くなるって!
『まぁよい、憂いていた様な事も無く我が黒炎を操れる事が分かった。 魔物が出た際には存分に我に頼るがいい』
「それは良いが、自身満々だった割には上手くいかない可能性もあったのか?」
憂いがあったという事はそういう事なのだろうと思ったのだが——
『いや、黒炎が暴走し、貴様を飲み込み可能性があっただけだ』
「え? なにそれ?」
『まぁ無事成功したのだ、よかったではないか』
「ちなみに失敗して炎に飲み込まれたらどうなってたの」
『黒焦げ、いや、消炭も残らんだろうな』
「マジざけんなよテメェ! さっさと成仏しろや厨二魔王が!」
こんな訳の分からない場所で人知れず焼死とか冗談ではない。
『細かい男だ、そら、そんな事よりさっさと森を抜けるぞ』
「テメェマジでいつか成仏させてやるからな……で? どっちに行くんだ?」
『好きな方に歩けばよかろう、終わりの無い森などあるまい』
まて、コイツは今なんと言った?
まさかとは思うが、あれ程偉そうな事を言っておいてそんなまさかがあるのか?
俺は嫌な予感がしつつも、自称魔王に尋ねる。
「まさかとは思うが、お前ここがどこか分からないとか言わないよな」
『知る訳なかろう、我も貴様と同様に唐突にここに召喚されたのだ。 そもそも我が記憶と呼べるのは貴様の中から見聞きしたモノと自身が魔王であった事くらいなモノだ。 生前の記憶は無いに等しい』
予想の斜め上を行きすぎて、なんかの天井をぶち抜いてくる。
「冗談だよな? お前さっき、この世界の事なにも知らないんだから俺の力が必要だろ? とか偉そうに言ってただろ!」
『間違いではなかろう? 魔物も知らず、魔力も知らない。 人間にしてはそこそこの武だが、凶悪な魔物でも現れれば、瞬きする間に殺されるぞ?』
……もうやだコイツ——
♦︎
その後、俺はとりあえず適当に歩いていた。
どれほどの広さか分からないが、ひたすら真っ直ぐ歩いていく。
幸いと言うべきか分からないが、話し相手がいてくれた事が俺を前向きにしてくれた。
自称、黒炎の魔王——
話を聞いていくうちに色々と分かった事がある。
コイツは俺が幼い頃から、ずっと俺の中にいたそうだ。
俺の元いた世界は魔素と呼ばれるモノが希薄で、存在を維持するのがやっとだったらしい。
それでもある程度の意識は存在していたらしく、俺が見聞きしてきたモノは共有していた。
幼少時代の事や、最近の事まで比較的しっかり認識していたらしい。
だが、自身の生前に関してはなにも覚えていないそうだ。
唯一覚えているのは自分が黒炎の魔王と呼ばれた存在であった事だけで、名前すら思い出せないらしい。
反面、なぜか魔法や魔物の事など知識は問題なく思い出せるという。
『ちょうど貴様の世界で言うところの記憶障害という奴に近い』
依然として魔王であったと言うのは眉唾物だが、この辺りまで話を聞いて、俺の中にあった忌避感は大分薄れていた。
良くも悪くも俺の事を知っていたのが大きいかも知れない。
そんな感じで、自称魔王の話を聞きながら2時間程歩いた頃だろうか、いい加減呼び名がないというのは不便だと感じ始めた。
「なぁ自称魔王」
『自称では無いと言っておろうが」
「記憶が無いんだから勘違いかも知れないだろ? まぁいいや、そこまで言うなら名前決めようぜ」
『ふむ……よかろう、であれば魔王たる我に相応しい威厳に満ちた名を——』
「クロな、決定」
『な! ふざけるな! そんな適当な名前など許容できる訳あるまい!』
「いや、でももう決めたし、いいじゃんクロ、黒炎から取ったんだぜ!」
『馬鹿者! そんな安直な命名などあってたまるか!』
「で? どうだ? パワーアップとかしてない?」
『なんの話だ! 貴様まさか名前をつけただけで強くなるなどと思っておらんだろうな?』
「なんだダメか」
『当たり前だ! そもそも
「あーはいはい、わかったわかった」
まぁ、最初から期待などしていない。
単純な話、名前がないというのは不便だからな。
まだ頭の中でギャンギャン喚くクロを無視して俺はひたすらに先の見えない森を歩き続けた。
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