第2話 オバケじゃん!

『おい、いつまで寝ているつもりだ』


 頭に響く謎の声に、ぼんやりと意識が戻ってくる。

 どうやら俺は横になっているらしい。

 正確には倒れていると言ったほうが正しいかもしれない。


 目を開き、ゆっくりと身体を起こすと、先ほどの出来事を思い出す。

 激しい光と魔法陣らしきものを見た気がする。


 ゆっくり辺りを見渡してみる。


 全く見覚えのない光景——

 周囲に存在するのは無数の樹木——

 日の光は生茂る樹々の枝葉に遮られているのか、薄暗い——


 冷静沈着な俺でもちょっと焦る状況だ。


 何しろ目が覚めたら全く見覚えの無い森の中だ。

 どうしてこんなところにいるのか皆目見当もつかない。


「まいったねこりゃ……」

『ようやく気がついたか』


 とりあえず立ち上がり、身体の具合を確認する。

 特に痛みも無く、怪我もない。

 と言うより、むしろなんとなく調子がいい。

 なんにしても動くことは出来そうだった。

 動いて良いかは別にしてだが——


「さて、どうしたもんかな……」

『おい、聞こえているんだろ』


 遭難した時、下手に動き回るのはかえって危険だと聞いた気がする。

 そうなるとこの場に留まるのが正解な筈だが、気になるのはシロとタクだ。

 意識を失う直前に見た光景を信じるなら、おそらく光に巻き込まれたのは俺だけだ。

 あの光が原因なら二人は無事な筈なのだが——


『いい加減返事をしろ! 我の声が聞こえているのだろう!』

「…………」


 思わず眉間に手を当て、ムニムニと揉んでみる。


 先程から聞こえてくる声——


 あの妙な光に巻き込まれる直前に聞こえた声と同じなのは気がついている。

 問題はそれがどこから聞こえてくるかという事だ。

 こうして一人になって気がついた。


 この妙な声は明らかにのだ。


 空耳だと自分に言い聞かせるのもそろそろ限界です。


『おのれ……この我を無視するとはいい度胸だ、いっそ貴様の内から——』

「だぁあああ!! うっせぇ! なんだよ! キモいっつうの! 誰だよテメェは!」


 キレた。


 まぁ煩い事この上ない。

 ただでさえこの状況にちょっぴり混乱しているのに、その上得体の知れない声が頭の中に響いてくるのだから無理もないと思う。


『ふん! ようやく返事をしたか、よかろう無知な貴様にもわかりやすく教えてやろう。 我は魔王、偉大なる魔族の王たる——』

「あ、そういうのいいです。 マジで痛いから」


 魔王? 魔族の王? そういうのはホント勘弁してほしい。

 ユキ辺りなら泣いて喜びそうな設定だが、生憎そんな下らない妄言に付き合っている余裕などこっちには無い。


『ええい! ようやく貴様に我の声が届いたと思ったらなんたる言い草! ならば勝手にするがいい! 貴様が死した後に貴様の身体をもらい受けるまでだ!』

「え? ちょっと待った、俺の身体をもらい受けるとかなにそれすごい怖いんですけど」


 コレはあれか、いわゆる悪霊という奴か。

 そう思った瞬間、背筋に寒気が走り、嫌な汗が吹き出した。

 俺は昔からその手の話がちょっぴり苦手なのだ。


『その様な低級な者と同じにされるのは心外だな。 先程から言っているが我は魔王、正確にはその魂だ!』

「魂ってやっぱりオバケじゃん! 最悪だ! 出てけよマジで!」


 ホントに最悪である。

 こんな訳の分からないところに連れて来られた挙句、オバケに呪い殺されるとか、マジで泣く、号泣する。


『だから違うと言っておろうが! そもそも出ていけるものならとっくの昔にそうしておるわ!』

「昔ってなんだよ! え? もしかしてずっと俺に憑いてた感じ? そんでいつの間にか身体を操られてこんなところに連れてきて遂には呪い殺そうとかそういう感じか! あ、ヤバいマジで泣きそう」


『ええい! いいから落ち着かんかこの小心者めが! 貴様をここに連れ来たのは我ではない! 貴様は何者かに召喚されたのだ! ここは貴様のいた世界とは異なる世界、所謂アレだ、貴様ら風な言い方をすれば異世界転移という奴だ』


 その言葉に俺は固まった。

 今このオバケはなんと言った?

 異世界転移?

 オバケが異世界転移とか厨二病丸出しな事言ってなかった?


『誰が厨二病だ! よいか! ここは間違いなく貴様のいた世界とは異なる世界、その証拠にここには魔素が満ち溢れておる、そのおかげで我の声も貴様に届く様になったのだ』

「…………ムリ」


 もうムリ。

 なんかもう色々と俺のハート的にムリです。

 なんか心の声まで聞かれてるし、プライバシーどこいった。


「寝る」


 俺は再びその場に寝転がり、目を閉じる。

 目が覚めたらきっと自室のベッドにいる筈だ。

 じゃなきゃ心の病院を探さなきゃいけなくなる。


『おぉい!! 寝るな馬鹿者! こんな所で寝ていたら今に——』


 がさっ……


 目を閉じた俺の耳に、草をかき分けるような音が届く。

 同時に、少し離れた所に何かの気配を感じ、俺は反射的に飛び起きた。

 野生の獣で有れば、寝転がったままはマズイと思ったし、人で有ればここが何処かも分かる筈だ。

 最悪、俺をここに連れてきた何者かだとしても、よほどの相手でもない限り、なんとか出来る自信がある。


 俺は気配のする方へ神経を集中する。

 程なくして、樹々の隙間に二本の足で立つ影が見えた。

 手に何かを持ち、こちらにゆっくりと近づいてくるが、いまいち薄暗く、正体がつかめない。


(……小さいな……子どもか?)


 そう思った瞬間、枝葉の影から光が差した事でその姿をはっきりと映し出した。


「げぇ!!」


 痩せ細った四肢に濁った緑色の肌——

 目は淀んで光を映さず、その目の横には大きく、とんがった耳——

 そしてその大きな耳に迫るほどに裂けた口には薄汚れた牙が剥き出しになり、唾液が滴っている——


 ゴブリン——


 ゲームやマンガを知っていれば誰でも一度は目にするモンスターそのものだった。


「ゲゲゲ!」


 こちらの姿を確認した途端、ゴブリンらしき生き物が鳴き声を上げながら飛びかかってくる。


『避けろ!』

「うぉ!」


 自称魔王の声とほぼ同時に俺はその場から後ろに飛び退くと、襲いかかってきたゴブリンらしき生き物の一撃を躱す。

 一瞬前まで立っていた場所に目をやると、そこには釘バット、もとい釘棍棒の様な物が地面を抉っていた。


「マジかよ! んなもんで殴ったら流石に怪我するっつぅの!」

『怪我で済むか馬鹿者! 仕方ない、ここは我が力を貸して——」


 自称魔王の言葉を最後まで聞かずに俺は一足飛びでゴブリンもどきの懐に入ると、一気にその腹を蹴り上げた。


「グギャ!」


 思っていたより軽かったのか、蹴り上げた小さな身体は俺の身長よりも高く宙を舞ったかと思うと、そのまま地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


「え」

『ほう、やるではないか』


 動かないゴブリンもどきを見つめていると、音も無く淡い光と共に消え始め、数秒で跡形も無く消えてしまった。


「……なに、今の」

『なにって、どう見てもゴブリンであろう、貴様とて知っておろう、よくゲームで倒しておったではないか』


 何故こいつがそれを知っているのかはさておき、どうやら今の生き物は本当にゲームでよくあるゴブリンだったようだ。


 こうして俺は異世界初の戦闘を無傷で勝利した。

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