黒炎使いの異世界冒険譚 〜自称魔王に取り憑かれました〜
にゃる
第1章 異世界転移と自称魔王
第1話 なんじゃあこりゃあああ!
「弱きを助け、悪は滅殺!」
それが親父の教えだった。
滅殺とか物騒極まりない事を言う男が警視庁の刑事ってんだから世も末だと幼心に思っていた。
とは言え、弱者を守るという部分には幼いながら共感していた。
いわゆる『正義の味方』ってやつだ。
男の子なら誰しもテレビの中のヒーローに憧れるもんだ。
そんな物騒な親父に幼い頃から武術を叩き込まれた。
今にして思えば家庭内暴力も真っ青な内容だったし、病院通いや入院沙汰も一度や二度じゃない。
そんな親父に反して、オフクロはおっとりした優しい母だった。
教師の仕事をしていて、勉強に関してだけは煩かったが、親父の教えに比べればむしろ天国だった。
そんな家庭で育ったおかげで、自分で言うのもなんだが文武両道、品行方正に育った。
だから——
何故こうして職員室で担任に説教されているのか理解出来ない。
「
「え?」
「え? じゃないだろ……お前、自分が何したかわかってるのか?」
「人助けです!」
昨日の話だ。
学校が終わり、帰宅途中だった俺は偶然、他校の不良に絡まれている後輩を見かけた。
後輩と言っても面識はない。
だが、うちの高校はネクタイの色で学年を判別出来る。
ちなみに俺は三年で赤、二年が緑で一年は青だ。
同じ制服で青いネクタイをしているのだから当然後輩になる。
6対2で殴られ、カツアゲされている後輩を無視する訳にはいかないだろう。
「……確かに話は当事者からも聞いている。 日向が助けてくれたと感謝していた」
「いやぁ当然の事をしたまでですよ」
「……他校の生徒を病院送りにするのが当然の事か? えぇ?」
わざとらしく照れて見せたのだが、それがかえって教師を怒らせる事になってしまった。
だが、あの場合は仕方ないだろう。
俺だって別にぶっ飛ばす気はなかった。
だが、後輩を庇って逃がそうとしたらいきなり殴りかかってきたのだ。
「あれは正当防衛です、いきなり殴りかかってくる方が悪いと思うんですよね。 ましてや相手は強盗ですよ? そりゃ多少は痛い目に見るのも仕方ないんじゃないかなぁとか思ったり思わなかったり……」
最後の方は少し小声になる。
正直に言えばやり過ぎた気はしている。
6対1とはいえ、一ミリも負ける気はしなかったし、かなり手加減したつもりだったのだが、残念過ぎなくらい相手が弱過ぎた。
「あはは……多少の反省はありますよ」
「停学」
「……え?」
聞き間違いかと思い、聞き返す。
停学などという物騒極まりない言葉が出た以上仕方ないと思う。
「二週間の停学だ!」
「二週間の定額?」
担任の額に青筋が増える。
分かっている、分かってはいるが、受け入れたく無い思いから思わず変換をミスった。
「分かっているとは思うが停学だ、て・い・が・く! 停止の”停“に学校の”学“だ! 月々の定額料金の定額じゃ無い!」
「おお、伝わってたのか」
おちゃらけてはみたものの、担任の目は1ミリも笑ってない。
「マジ?」
「マジだ」
どうやら、本当に定額……じゃなかった停学を食らってしまった。
♦︎
「失礼しましたぁー」
気の抜けた挨拶で職員室を後にした俺は、カバンを取りに教室へと歩き出す。
職員室から少し離れたところで唐突に背後から何かが飛び掛かってくる気配を感じ、咄嗟に横に半歩ずれ、背後からの気配を躱す。
「ちょ! なんでーー!!」
グヘッ、っと今時マンガでも使わない様なうめき声を上げ、飛びかかってきた人物が廊下にダイブを決めた。
何故か、ケツを突き出す格好で、パンツが丸見えである。
「なにやってんだシロ」
みっともない幼馴染みに声を掛け、仮にも女である以上、可哀想なのでスカートの位置だけ直し、パンツを隠してやる。
「パンツより僕を心配してよ! て言うかなんで避けれるのさ!」
ガバッと顔を上げ、抗議の声を上げるとそのまま何事なかったかの様に立ち上がった。
いや、何事もない事は無い。
思いっきり鼻血を垂らしている。
どうやらマジで顔から廊下に激突した様だ。
「ユキ、鼻血! 制服汚れるからこれで拭いて」
立ち上がったシロに駆け寄り、ポケットティッシュを鼻に当てがう男子生徒に俺は声をかけた。
「よおタク聞いてくれよ、俺今日から一人大型連休だ」
東條タクミ、高校入学直後からつるんでいる悪友に今の喜びを伝える。
「その
タクはシロの鼻にティッシュを当てながらこちらを振り返り、苦笑いを浮かべつつ俺の自虐ネタに合わせてくれる。
「二週間」
「やっぱりな……」
苦笑いの後は呆れた様子で盛大なため息を吐かれた。
「ひょっと! らんでミナトらけれんきゅうもらえるのお!」
鼻を押さえながら騒ぐチビっ子シロ、もとい北乃ユキがティッシュを赤く染めながら声を上げた。
「シロと違って出来が良いからな、許されるんだ」
「ウソつくなー! 遂に停学食らっただけでしょ!」
鼻に当てていたティッシュを丸めると、そう言って頬を膨らませた。
パンツの事といい、高三にもなって行動全てが子供っぽい。
ユキとは家が隣同士と言うこともあり、赤ん坊の頃からの腐れ縁だが、全く成長する様子が無い。
なんとなくにユキの頭の先から爪先まで視線を巡らせる。
「なに?」
「いや……相変わらずのチビだなぁと」
ユキの身長は小学生の頃から殆ど変わらず、ギリギリ140センチあるかといったところで、当然、残念な程の幼児体型である。
「キィーー! 失礼過ぎ! 143センチあるもん! ギリギリじゃない! それにこれでも出るところは出てるし!」
「え? どこの話? と言うか人の心読むなよ怖いから」
ギャアギャアと騒ぐユキを適当にあしらいつつ教室に戻り、机に下げていたカバンを掴むと翻って教室から出る。
「ミナトが帰るなら俺も今日はサボるかな」
「僕もメンドくさいから帰る!」
何故か、タクとチビっ子までついてきた。
「おいおい、俺は担任の許可貰ってるが、お前らはダメだろ」
「許可って……停学は許可とは言わないだろ」
「どうせミナトは素直に帰らないだろうし、昨日遊べなかった分1日遊ぶ!」
そう、本当なら昨日は二人と遊びに行く予定だったのだが、例の一件で時間を取られた結果、約束が流れてしまっていた。
(まぁ、いいか。 どうせ一人で遊んだ所でつまらないからな)
結局、いつもと変わらない顔ぶれで学校を後にする。
その時俺は、明日からどうやって退屈を紛らわせるか考えていた。
無条件に、明日もこれまで通りの日常が続くと信じていた。
当たり前の日常に保証なんてない事は知っていたはずなのに——
♦︎
「僕買いたい本があるんだけど」
ユキの言葉に俺たちは繁華街にある書店を目指していた。
「ミナト、分かってるとは思うが揉め事だけはダメだぞ」
タクの不安げな言葉に俺は軽く返事を返す。
停学初日に問題を起こせばどうなるかくらい、馬鹿でも分かる。
流石に卒業はしたい。
俺の言葉にタクは胡散臭いものでも見る様な目を向けてくるが、俺は気がつかない振りをして前を歩くユキに声をかけた。
「本ってまたいつものラノベか?」
ユキはその手のものが好きでしょっちゅうマンガやらゲームやら小説やらを買いに行く。
守備範囲も広く、バイト代の全てをそこに注ぎ込んでいるからか、ユキの部屋は本とゲームで溢れ返っている。
物の例えではなく、マジで溢れているのだ。
その結果、定期的に置き場が無くなったマンガや小説を、あろう事か俺の家に置きにくるのだ。
とは言え、別に迷惑だとは思っていない。
お陰で、最近はその手の物を買った覚えが無い。
何しろ、ユキが買って置いていくのでそれを読めば事足りるのだ。
「今日はマンガだよ、ミナトも続きが気になるって言ってたアレ、最新刊が今日発売なんだ」
「お! 読んだらヨロシク」
ユキは買ったらその日には読み終えるので夕食の後にでも借りに行こう。
そんな感じで、たわいない話をしながら俺たちは人通りの少ない平日の午前を謳歌した。
昼に差し掛かり、そろそろメシでも食べに行かないか提案しようと思ったところで、タクが少し寂しげな表情である話題を切り出した。
「ミナト、来週の件どうするんだ?」
来週の件——
タクの言葉に、それまでニコニコと満面の笑みを浮かべていたユキの表情も一気に悲しげな表情に変わる。
「ああ、予定通り行くよ。 その日だけはセンセーも許してくれたしな」
「分かった、前から言ってたけど俺も行くよ、いいだろ?」
「僕も行くよ、パパは仕事でどうしても行けないから代わりに僕が行くって言ったら休むの許してくれたしね」
一周忌——
俺の両親は一年前自宅で殺された。
全身を鋭利な何かで貫かれ、斬られ、惨殺された。
学校から帰宅した俺の目に飛び込んできた光景は今でも脳裏に焼き付き、鮮明に残っている。
床、壁、天井——
至る所に飛び散った血と鼻を突く臭い——
二人は親父がオフクロに覆いかぶさる様に倒れていた。
オフクロを庇ったに違いない。
そんな光景を見ても俺は目の前のそれを理解する事が出来なかった。
親父はとにかく強かった。
人はおろか、猛獣だろうと負けるところなど想像もつかない。
オフクロ一人を護りながらだろうと、簡単に殺される様な人じゃなかった。
だから目の前の光景が信じられなかったんだ。
だが、実際に二人は殺された。
未だに犯人は捕まっていない。
犯人に繋がる痕跡や情報が全く無く、未だに凶器がなにかも分かっていない。
今こうして笑っていられるのは、シロやタクをはじめとした周りの人達の支えがあったからこそだ。
ユキも事件当初は相当塞ぎ込んでいた。
早くに母親を病気で亡くしたユキをオフクロは実の娘の様に可愛がっていた。
ユキ自身も本当の母親のように慕っていたから、ユキにとってオフクロの死は母親を再び失った様なものだった筈だ。
タクは色々あって、親父に強い憧れを抱いていた。
今こうして毎日の様に一緒にいるのもそれが大きい。
当時はかなりの騒ぎになり、連日マスコミが自宅に押し掛けた。
お陰でようやく立ち直って学校に復帰や時も、腫物扱いだった。
そんな俺に変わらず接してくれたのがこの二人だ。
口にする気は無いが、本当に感謝している。
二人がいなかったら今こうして笑ってはいられないと思う。
「つぅ訳だから、朝8時に駅前集合な、遅れたら置いてくぞ、特にシロ——」
『感じるぞ——』
言いかけた俺の耳に聞き覚えの無い声が響いた。
「あ? タクなんか言ったか?」
「は? 何も言ってないぞ、それより8時だな。 ミナトこそ遅れるなよ?」
「僕は起きる自信無いからミナト迎えにきてよ」
『感じる……懐かしい空気だ……』
やはり、二人以外の誰かの声が聞こえる。
聞こえると言うより、頭の中に直接響いてくる様な感覚に激しい違和感を感じる。
「おい、なんだよこれ、どっから聞こえてくるんだ」
俺は思わず周りを見渡し、振り返る。
だが、周囲に人影は無く、視界に入る範囲にいるのは俺とタク、そしてユキだけだ。
「なになに? 異世界からの呼び声でも聞こえてるの?」
ユキが小馬鹿にした様にそう言って一歩踏み出そうとした瞬間——
「なっ!!」
「え!?」
「ミナト!」
唐突に足元から吹き出した激しい視界が眩む。
直後、タクとユキの叫び声が耳に飛び込んできた。
「ミナト! そこから離れろ! ユキ! 近づくな!」
「ヤダ!! ミナトッ!!」
辛うじて視界に入ったのはこちらに駆け寄ろうとするユキを、手を掴み制止するタクの姿——
そして、足元で光輝くなにか——
まるでアニメやゲームの様なそれは、いわゆる魔法陣の様で、幾重もの円と見たことも無い文字の羅列が敷き詰めてある。
「な——」
身体は動く——
だが、足だけは地面と同化したかの様にビタイチ動かない。
「なんじゃこりゃああああ!!」
そう俺は叫び声を上げ、直後意識を失った。
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