第11話 内なるもの
―――青い炎―――
それは自分の腕を囲む様に突然現れた。
ほんのりとした温かさは感じるものの、体や服が燃える事は無い……
不思議な現象。
最初にそれを目撃したのは、青黒い亀と薄緑の鳥に襲われたあの時。ホノカを助けようとして必死に腕を伸ばした瞬間だった。熱い何かが体中を駆け巡り、手から青い炎が一直線に……
その時はすぐに意識が無くなったから、幻覚だと思ったんだ。
そしてそれを再び目にしたのは……憧れていた騎士団の奴らに胸倉を掴まれた時。
何度も殴られ、意識が朦朧としかけた最中、あの感覚が体中を駆け巡った。そして何とも言えない心地良さに包まれ、瞼を開けた先に見えたのは……手に渦巻く青い炎。
それにそれだけじゃない。アスカの叫び声と共に、横を通り過ぎて行った真っ赤な炎。着火油を使ったとしても、あんなに大きく禍々しい音を立てる炎を作り出すのは無理だ。
手から炎? そんなの夢の中の話。だから最初は、ホノカがいくらそれを見たって言っても信じられなかった。
けど、そんな信じられない光景を俺は見た。ハッキリした意識の中で。
だからこそ認めなくちゃいけなかった。有り得ないけど、確かに存在するその……
不思議な力を
あいつらが逃げ出して、どれくらい経った時だろう。
俺は空に向かって突き出した右手を見つめ、近くに居るだろうホノカに向かって問い掛けた。
『一緒に……3人で一緒に行かないか? 郡都アストリトに』
『……えっ?』
驚くのも無理はない。それはあまりにも突然過ぎた。大体、郡都に行ったって……そんな気持ちも有った思う。俺だって少なからずそんな思いもあった。けどそれ以上に、
―――この力があればなんとかなるんじゃないか?―――
そんな気持ちの方が大きかったんだ。
言葉に詰まって、不安そうな表情を浮かべるホノカの姿を見たら、それ以上は言えなかったけど……アスカを秘密基地まで運んでからも、その気持ちは変わらずにいた。
それから水に浸した布を顔に当てて、村があった場所をじっと眺めたっけ。
傷口に水が染みて痛いはずなのに、それすら感じなかったと思う。それ位、俺は必死に考えを巡らせた。自分の……いや、自分達のその力について。
どうすれば炎が出せるのか。
どうして俺達なのか。
この力は何なのか。
自分の掌に……問い掛けるように。
まず、この力はなんなのか。どうして俺達が使えるのか。それについては考える事を早々に諦めた。
学校でも習わなかったし、どんな本でも炎が出せる人の事なんて見た事がない。もちろん村の人や、母さんからも聞いた事がないし、正直想像すら出来なかった。
だけど確実なのは、俺とアスカが炎を出したという事。それは紛れもない事実。
じゃあ、どうすれば炎が出せる?
炎を見たのは、あの魔物みたいな奴らと遭遇した時、それと騎士団の奴らに殺されかけた時の2回。それ以外で炎が出た事はない。
だから、記憶を遡って考えたよ。あの2つの出来事に共通する何か。と言うより……その瞬間、自分が何をしていたのかを。
魔物達に襲われた時、ホノカが喉元を掴まれて持ち上げられた時。
あの瞬間、俺を襲ったのは今まで経験した事のない恐怖と―――ホノカが殺される! そんな焦り。
だからこそ、俺は……願った。
『なんでもする。どんな事だってする。この体がどうなったって構わない。だから……だから……これ以上、誰も殺さないでくれ! ホノカを……助けて下さい!』
騎士団の奴らに胸倉掴まれていた時だってそうだ。
心底憧れていた騎士団が、自分やアスカを殴った事がショックだった。そしてその口から放たれた本音。
その瞬間、憧れが悲しみに。そしてそれは、俺達を……村の人達を……ナナイロ村を馬鹿にする奴らに、今まで感じた事の無い位の怒りへと……変わっていった。
『ふざけんなよ……俺達を何だと思ってる。人の命を……何だと思ってやがる!』
心の底から、強く願った途端に現れたのが青い炎だった。
今まで口にした事の無い叫び声と、絶対に許せないって思いの前に現れたのも青い炎。
……まさか?
自分で答えを導いたのにも関わらず、それは余りにも信じられなかった。でも、それしか思いつかなかったんだ
確かに今まで自分の事も含めて、死ぬ! なんて恐怖を感じた経験はない。
心の底から、助けて下さい! なんて願った事もない。
ましてや人に対して、絶対に許さない! 絶対に! なんて怒りを覚えた事もない。
だからこそ生まれた、強い感情、願い、気持ち、意思。
それがこの力の……源なのかもしれない。
そんな可能性を胸に、俺は右手をゆっくりと広げた。そしてその掌をじっと見つめながら……今までの出来事を思い出す。
恐怖と焦り……胸がキュっと締め付けられる。
悲しみと怒り……胸にズキっと痛みを感じる。
そんな事実を前に、俺は何をしたいのか。そんな自問自答に、心の底から溢れ出した答えは、
―――アスカとホノカを守りたい!―――
ボウッ
その瞬間、掌を覆うように青い炎が姿を現した。
熱さも感じず、服も燃えない。けど、どこか安心を覚えるそれは、もはや夢でも幻覚でもない。まるで自分の鼓動に合わせるかの様にユラユラと……揺れる炎を目の前に、俺は決めたんだ。
たとえ1人でも郡都に行こう。そして騎士団の人達に話そう。
生き残ったのは俺達3人。村も酷い姿になった。けど、その理由は竜巻なんかじゃない! 魔物のせいなんだって。そして、ここに来た騎士団の2人が言った事、やった事。
その……全てを。
「もう! クレスってば!」
「ん? なっ、なんだ」
少しだけ思い出に浸っていた俺の耳に、突然響くホノカの声。思わず変な反応をしてしまった俺を見て顔を膨らませる辺り、どうやら何度か話し掛けていた様だ。
「悪い! ちょっとボーっとしてた」
「休ませてやれよ。クレスだって疲れてんだぞ?」
「何それっ! 折角後少しでアストリトに着くって教えてあげようと思ったのにぃ」
そんなとっさの謝罪も空振りに終わり、目の前で繰り広げられる兄妹喧嘩。その光景に周りが布に覆われた屋根付きの馬車で良かったとしみじみ思う。この騒がしさは通り過ぎる度に、人目に付くに違いない。もちろん同乗者が居ないのは不幸中の幸いだ。
まぁ、村ではこんな感じで多少騒いでも……それを含めて村の日常って感じだったもんな。
そんな思いも相俟って、少しだけ笑みが浮かぶ。
「クレス? なんか言ってやってよ」
「そうやってすぐに助け求めんじゃないよ! クレスが迷惑がってるだろ?」
「そっ、そんな事ないよね? クレス?」
「ハッキリ言ってやれクレス!」
まぁ俺からしてみれば、いくら暇だからって馬車の外側を伝って、御者の横に座って話しに行く奴。頑丈だからって客車の上に登って寝てる奴。どっちもどっちだけどね。
「ははは……」
……それにしても、この兄妹には驚かされてばっかりだ。正直、郡都に行くなんて俺の勝手な願望に過ぎない。それでも、
『クレス? 私も行く! もちろんアスカだって行くって言うよ? だって……やっぱあいつら許せない!』
あの決意を胸に秘密基地に戻った途端、開口一番のホノカの言葉。しかも次の日、目を覚ましたアスカでさえ、
『クレス! 俺も炎出せたぞ! それにホノカから聞いた。もちろん俺も行くぞ? あの野郎共ぶん殴ってやる!』
なんて言ってくれて嬉しかった。
それから3人で郡都に行く為に、皆の家からお金を盗……拝借して色々と準備したり、この力をいつでも出せるように特訓もしてさ?
まぁ、ホノカがなんで自分だけ炎が出せないのか拗ねたり、アスカが勢い余って秘密基地全焼させたり、色々あったけど……
『じゃあ……行くか』
『だな』
『うん……』
俺達3人は覚悟を決めて、生まれ育ったナナイロ村を後にしたんだ。
そして目的地であるアストリト。それが目前となると……気持ちが少し引き締まる。
騎士団に話をしても信じて貰えるとは限らない。けど、可能性がない訳じゃない。
だったら、俺達は……真実を貫き通すだけだ!
「まぁ2人共、兄妹喧嘩はそこまで。それより郡都アストリト。今からでもそれを……」
「目に焼き付けよう」
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