第12話 麗澄の都




 郡都アストリト。

 王都プガロードの周りを囲むように存在する5つの郡都の1つで、その歴史はかなり古い。講義で習った限りでは魔王の居た時代から存在していて、他の郡都と同様に討伐の為に力を尽くしたらしい。


 そしてナナイロ村やモルンガ村。その周辺を領域とし統治しているだけあって、最も耳に馴染みのある郡都で間違いはない。でも実際にそれを見るのも来るのも初めてだった俺達にとって、


「じゃあ楽しんでなぁ」


 お世話になった場所の御者の人へお礼を言った後、振り向いた先に飛び込んできたのは……想像以上の郡都の姿だった。


「うぉぉ!」


 アスカが驚くのも無理はない。馬車から眺めて目に焼き付けたはずの城壁は、郡都内の建物と並ぶとその大きさがさらに際立つ。それにナナイロ村とは比べ物にならない位の人の往来。そして、


「きっ、綺麗……」


 正門からら真正面に見えるアストリト城。その大きさは元より、一瞬で目に付くのは辺りの光景。城を囲む水面に日の光が反射して、キラキラと光っているように見える。別名麗澄れいちょうの都と呼ばれる所以だ。


 本でしか見た事のない場所。そこに自分が立って居るという事を踏み締めると、思わず口から零れ出してた。


「これがアストリト……」


 レンガの様な石で綺麗に整地されている道。色鮮やかな建物。行き交う人。思わずナナイロ村と比べてしまうものの、その差は余りにも大きい。

 同じ領域にあるはずなのに違い過ぎる光景と環境。そんな事実が身に染みるにつれて、浮かび上がるのは何とも言えない感情だった。


 こんな華やかな場所で暮らしていながら、なんであんな事を?

 こんな立派な場所で騎士団に所属していながら、なんであんな事を?


 まぁどんな理由であれ、あいつらの行動は最低最悪で間違いない。

 そんな煮え切らない思いを無理矢理押さえつけながら、俺は2人に声を掛けた。


「じゃあ行こう。騎士団へ」




 正門近くから歩き始めてどれ位経った頃だろう。俺達は行き交う人達を避けながら、目的の場所を目指している。

 正直、この郡都の広さでは迷ったりして一筋縄ではいかないと思っていたものの……思いの他その道中は簡単なものだった。


 正門から続く大通りに【住居区】、【商業区】、【王政区】なんて看板がご丁寧にあれば迷う訳もない。それに加えて、行動力抜群兄妹が門を警備する騎士団の人に直接場所を聞いた事で、詳細な場所も判明。早々に問題は解決した。


「迷子になるなよーホノカ」

「わかってるって!」

「お前が1番心配だけどな? アスカ」


 とは言え、この人混みはなかなかのものだ。先頭を行くアスカを見失う事はないにせよ、ぶつからない様に進むのに意外と神経を使う。その点、郡都に住む人達はどうしてあれだけスラスラと歩けるのか不思議なものだ。


 ……そういえば不思議と言えば騎士団の事。俺の中では騎士団=あいつらってイメージが強くて、どうしても警戒せずにはいられなかった。でも、さっきアスカ達が声を掛けた人は物腰も柔らかくて、まさに騎士ってイメージそのもの。


 それに郡都に入る前にも、騎士団に軽く調べられたけど……その時の騎士団員も口調と態度は優しいものだった。


 やっぱりあいつらが異常だったのか? 

 そんな事を考えていると、


「きゃっ」


 不意に前から女の人の声が聞こえたかと思うと、同時に地面を転がる丸い物。

 赤みを帯びた拳大のそれが目に入った瞬間、なぜか体が動き出していた。


 ナナイロの実?

 見慣れたものが転がって来たら拾いたくなるのは当然。こればっかりは仕方がない。

 そして一通り拾い終えて顔を上げると、すぐ近くには同じ様に両手にナナイロの実を抱えたホノカの姿。

 どうやら、無意識の内にそんな行動をとったのは俺だけじゃない様だった。


 そんな様子に、笑みを浮かべながら顔を合わせた俺達は、早速このナナイロの実の持ち主を探した。すると、少し先の方で地面に座り込む女の人の姿を見つける。その手元には大きな麻の袋。


 間違いない。あの人だ。


 ゆっくり近付いて行くと、途中で俺達と全く同じ姿のアスカも登場。ナナイロの実を抱える3人に囲まれた女の人という、なんとも不思議な状況が出来上がったものの、当の本人は全く気にする素振りもなく、


「ひっ、拾ってくださったんですか!? ありがとう! ありがとうございます!」


 逆に俺達に抱えたナナイロの実を見回すと、ただただ感謝の言葉を口にしていた。


「いいって事よ! ほれ、袋の口」


 アスカの言葉に、急ぐ様に袋を広げる女の人。そこへ順番にナナイロの実を入れていくと、あっと言う間に麻袋は膨らみを見せた。


「あぁ……ほんっとうにありがとうございます」

「そんなぁ。大した事してないですよ?」


 袋の口を閉め、立ち上がったかと思うと、もう1度お辞儀をする女の人。

 身長はホノカと同じ位で、腰まで伸びた茶色い髪の毛。見た感じ年は俺達よりも上に見える。そして特筆するべきはその服装。

 黒色の半袖に何層も生地が重なった様なスカートに、腕周りには白いヒラヒラした布が付いている。

 村でもスカートを履いている人は居るものの、それとは違った形で見た事がない。もしかして郡都では一般的な服装なのか?


 そう思い、周りの行き交う人を見てみると、確かにこういう格好をしている人もチラホラ目に入る。それも様々な色に身を包んでいる辺り、やはり郡都では割と馴染みの服装なのかもしれない。

 それに来た時は意識しなかったけど……よく見ると周りの人たちが来てる服も色んな色や装飾が施されてる気がするし、なんか逆に俺達の方が浮いてないか? 


 そんな予感に、行き交う人達の視線を確認していると、何やら横から興奮したような声が聞こえてくる。

 声の主はさっきの女の人で間違いはない。どうしたものかと視線を向けると、何やらさっき以上に目を輝かせていた。


「恩人です! あなた達は私の恩人です!」

「いや、だから当たり前の事をしただけだって」


「とんでもない! ナナイロの実が転がって行った瞬間、私はもう駄目かと思いました」

「確かにあんなに豪快に転がって行ったら焦るのも無理はないけど……ナナイロの実ですよ?」

「ナナイロの実だからじゃないですか! こんな高価な……」


 続け様にまだお礼の言葉を口にする女の人。だが聞く限り、それは段々と大袈裟なものへと変わりつつあるようだ。その勢いに思わず押され気味のアスカとホノカ。正直、この2人がたじろぐ姿は滅多にお目に掛かれない。


「あぁもう、お礼だけじゃ足りません! ……そうだ! お茶しましょう! 1杯奢らせて下さい」

「えぇっ!?」

「さぁさぁこっちです! 行きつけのお店があるんですよ!」


 ついにはホノカの手を握り、意気揚々と歩き始めた女の人。その光景には俺もアスカも唖然とするしかなかった。


「おい、アスカ。ホノカ連れていかれたぞ?」

「そっ、そだな」


「どうすんだ? あの人なんか知らないけど滅茶苦茶恩を感じてるみたいなんだけど? お前なんかしたの?」

「する訳ねぇだろ? ただ皆でナナイロの実拾っただけだぞ?」

「だよな?」


「あっ! お二方も是非付いて来てくださーい!」

「ちょっ、ちょっと? お姉さん? ちょっとー!」


「……だってよ? どうする?」

「どうするって言われても、ホノカ連れてかれたしな……」


「ささっ。こっちです!」

「まっ、まっ……こらぁ! アスカ! クレス!」


「まぁ騎士団の所行く位しか用はないけど……」

「行かなきゃ後でホノカに何されるか知ったこっちゃねぇし……あっ、見ろよクレス。あの人あんだけ感謝してたのにナナイロの実入った麻袋忘れてるぞ?」


「マジかよ。じゃあ仕方ないか」

「あぁ、そうだな……」



「「行くか?」」



 それにしても、人が多いだけあって色んな人が居るもんだ。やっぱり郡都って……


 凄いな。



「女の子なら絶対ハマるものがあるんですよぉ?」

「おっ、お姉さん! 少しは落ち着いて、話を聞いてぇぇ!」



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