第2章 郡都アストリト
第10話 踏み締めた一歩
ランタンの光に照らされ、賑わいを見せる店内。
そんな中、カウンターに座ってモルンガ牛の肉にかぶりつく俺とアスカ。
その美味しさにものの数秒で、
「「おっちゃん! おかわり」」
まるで示し合わせたかの様に声が上がった。
「はいよぉ!」
「ちょっと2人共? 食べ過ぎじゃない?」
そんな様子を見てか、真ん中に座るホノカが呆れ顔を見せる。
「こんな旨い肉食べなきゃ損だって。それにこの量で銅貨1枚だぞ? ヤバイだろ?」
目を輝かせながらフォークを握り締めるアスカに、はぁーと大きな溜息を付くホノカ。
何でもない光景。いつも通りの姿。
それを目にするだけでも、どこか安心してしまう。それだけ、ここ何日かは色んな事が有り過ぎた。
出来れば思い出したくはない。しかし、それは確実にその目に、体に、心に染み込んでいる。
場所も、憧れも全て失った。そんな中、自分に残された……たった2人の親友。
その存在の大きさを感じる。
その存在の大切さを感じる。
だからこそ、こうして3人で居られる事が嬉しいし、心強い。
だからこそ……
「俺達は今が育ち盛りなんだよ! なっ? クレス!」
「あぁ、そうだな」
「えぇ? クレスまで!」
「はいお待ちっ!」
「来たぞ?」
「この匂いはやっぱ最高だぜっ! そんじゃあ」
「「いただきます」」
「もっ、もう! ……おじさん? 私にもおかわり下さい!」
「はふぇ? 痩せなきゃとか言ってなかったか?」
「いいっ、言ってないもん!」
「はははっ」
何が何でも……守りたい。
◇ ◇ ◇
「かぁー! 食った食った」
部屋に戻った途端にベッドに横たわるアスカ。その腹部はまるで山の様に膨れていた。
とはいえ、同じ枚数をおかわりした俺も例外じゃない。このまま横になったらどんなに気持ちが良いのかは想像できる。しかし柄にもなく、
『食べた後すぐ寝たら、モルンガ牛みたいになるのよ?』
頭を過る母さんの教えを前に、渋々もう1つのベッドに腰掛ける。
「なぁんか不思議な感じだよなぁ……どっちかの家じゃない。別な場所で寝るなんてよ」
これまでも一緒になって寝た事は何度もある。けど、それは必ず俺かアスカの家。
それが今居るのは宿屋という場所。ましてやナナイロ村じゃない所に、俺達だけで泊っているという状況に、違和感を感じているんだろう。
「だな」
それについては、俺も全く同じだった。
「ホノカも同じ部屋で良かったんじゃねぇか? その分部屋代だって掛からなかっただろ?」
……それについては、全く違う意見だ。
「何言ってんだよ。ホノカは女の子だぞ? 1人の方が良いに決まってる」
そりゃホノカを含めて、川の字になって寝た事もある。ここ数日は川の字とは言わないけど……秘密基地ではそんな状況だった。けど、冷静に考えれば3人一緒なんていくら見知った仲でも有り得ない……と思う。
宿屋で3人……うん。別に意識してるとかそんな事じゃないけど、異性が同室ってのは世間一般的に見たら有り得ない。
「そうか? 別部屋になってかなりガッカリしてたぞ?」
まぁこの兄妹に俺の気持ちを理解してもらうのに、相当な時間を要したけどね。
『えっ? 2部屋? なんで?』
『ずるい! 同じ部屋がいい』
『そうやってのけ者にする気だぁ! クレス酷い!』
……色々大変だった。宿屋の人苦笑いしてたし。
「仮にそうだとしても3人同部屋はおかしい」
「なんで?」
「なんでって……散々言っただろ? お前達は兄妹かもしれないけど、俺は違うからな」
「そりゃそうだけどよぉ? 長い付き合いだろ? ……あっ、まさかお前ホノカに気遣ってくれてんのか?」
「ん?」
「あいつ、強がりだからな。色んな事起こり過ぎて、ちょっと疲れてるかもしんねぇ。それに俺とお前の危うい所も目の前で見てるしな。1人でゆっくりさせたいって事だろ? ありがとな?」
そう言って、重そうに体を起き上がらせると、俺と同じ様にベッドに腰掛けるアスカ。
思いがけず美化された話に、内心戸惑ったものの……そう思ってくれた方が、都合が良いのでは? そんな考えが頭を過る。
アスカの心情を利用するのは気が引けるけど、
「気にすんな」
今後の事を考えると仕方ない。悪いなアスカ。
「じゃあしばらくの辛抱だな?」
「……は?」
「時間が経ったら3人同じ部屋で寝ようぜ?」
「えっと……」
「そうだ枕投げしよう! あと芋虫ごっこも懐かしいな!」
「はっ、ははは……」
この兄妹揃いも揃っておかしいぞ? まぁ今に始まった事じゃないけどさ?
そんな一抹の不安を覚えつつも、適当に話を合わせる俺。
……だったはずなのに、いつもと違う雰囲気っていうのは恐ろしいもので、気が付くと俺達は、
「だってあの時はよぉ?」
「違うだろ? アスカのせいだぞ?」
何処からか湧いた昔話に……花を咲かせていた。
記憶がある小さい頃の話からそれは徐々に遡り、その度に笑い声が口から零れる。
その内、隣の部屋に居たホノカが乱入したりして、結局見慣れた光景になったけど……ついにその笑い声が途切れる瞬間が訪れた。
「でも、本当に驚いた」
口火を切ったのはアスカ。その口調はやはりさっきに比べるとやっぱり重く感じる。
「だね」
続くホノカも、それは一緒だった。
そんな2人の姿を目にして、俺は改めて感じる。
逃げたくなるような現実を目の当たりにしても、
『あぁ、どうしてもさ……確かめたい。騎士団の連中全員が、あの2人みたいな奴らなのか……』
『それに、伝えたい。村がこんな姿になったのは、竜巻なんかのせいじゃない。魔物のせいなんだって……』
『だからさ? 一緒に……3人で一緒に行かないか?』
自分勝手な俺の為に、付いて来てくれた2人の優しさを。
それを噛み締めるように手を握ると、俺は人差し指だけを伸ばす。そしてその思いを、ゆっくりと指先に込めると……音も無く現れたのはあの青い炎だった。
痛みを感じない……不思議な炎。それを見つめながら、それは自然と零れていた。
「2人共、付いて来てくれて……本当にありがとう」
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