第9話 辺境から




 頬に伝わる衝撃。

 抗う余地なく横を向く顔。

 そして、骨が軋む様な痛みが顔一面に広がっても……


 俺には何が起きているのか分からなかった。


 あれ? 俺なんか失礼な事でも言ったかな? 

 そんな考えが頭に浮かび、1度年配の騎士の方へ目を向ける。

 間違いなく目の前に居るのは、さっきまで話をしていた人物で間違いはなかった。ただ、その笑顔とは裏腹に、俺の顔には……さっきよりも強い衝撃が襲いかかる。


 今度のそれは、瞬く間に例え様のない痛みとなって顔中を巡る。

 そしてさっきよりも勢いよく首が捻り、その反動でわずかに後ろの光景が視界に入る。

 少しぼやけ、至る所に小さな光が見える中で目に映ったのは……


「かはっ」


 そんな声と共に、うつ伏せに倒れるアスカの姿だった。


「アッ……アスカ!」


 そんなアスカを心配するホノカ。そしてその姿を笑いながら見下す若い騎士。

 その光景は……信じられない。信じたくはなかった。


 あれ? なんで? さっきまで笑って話してたじゃないか? 

 なんでアスカが倒れてる? 

 なんでホノカが叫んでる?

 なんで笑いながら……それを見てる?


 なんで俺……殴られた?


 口の中に感じる鉄のような味。

 クラクラする頭。


 そんな状況で、ボヤッと浮かぶ疑問。そして無意識に視線を戻すと、やはりそこには……あの年配の騎士が居た。

 そして、何度も何度も……同じ衝撃が頭を揺らし、

 何度も何度も……突き刺さる様な痛みが……


「悪く思うな。生き残ってたお前らが悪いんだ」


 襲いかかる。


 俺らが……悪い?



「大体こんな辺境の村まで来るのなんて面倒なんだよ。だったら手間賃位貰っても良いだろ? 金がたっぷりあるのは知ってんだ」



 面倒? 金……?



「誰も居ねぇと思ってたらノコノコ出てきやがって! おい! そいつは気絶させたんだろ? だったらさっさと金探せ」

「でっ、でもこの女は……」

「女1人何とでもなる」



 気絶? 女? 何言って……



「おっと、まずはお前だ。何が魔物だぁ? そんなもん居る訳ねぇだろ? これだから田舎のガキは」



 魔物……居ない……



「ははっ、心配すんな。ナナイロ村は竜巻で壊滅。それで話はするからよ。あぁ、もちろん……生き残った奴はゼロってな」



 生き残……ゼロ……



 段々と薄れて行く意識の中で……そんな声が辛うじて認識出来る。



 なんでこうなった? 別に俺達悪い事してないよな? 失礼な事言ってないよな?

 騎士団が来てくれて、嬉しくて……本当の事を言って、ただそれだけだよな? なのになんで?


『悪く思うな。生き残ってたお前らが悪いんだ』


 悪い? なんでだ? 生き残って何が悪い。


『大体こんな辺境の村まで来るのなんて面倒なんだよ。だったら手間賃位貰っても良いだろ? 金がたっぷりあるのは知ってんだ』


 そりゃ遠いさ。辺境の田舎だし否定はしない。でも金? そりゃナナイロの実のお陰で、村全体が貧しいって雰囲気はない。けど全員が全員じゃないだろ?


『誰も居ねぇと思ってたらノコノコ出てきやがって! おい! そいつは気絶させたんだろ? だったらさっさと金探せ』


 気絶? 金探せ? ……なぁ、何言ってんだよ。


『おっと、まずはお前だ。何が魔物だぁ? そんなもん居る訳ねぇだろ? これだから田舎のガキは』


 居る訳ない? あんたさっき……信じてくれてたじゃないか? 俺の話……


『ははっ、心配すんな。ナナイロ村は竜巻で壊滅。それで話はするからよ』


 生き残った奴は0? いや、俺達3人生きてるじゃねぇか。なのになんで……


 辺境の村の調査

 壊滅状態の姿

 手つかずの金

 出てきた俺達


 ……あぁ……そう言う事か。


『あぁ、もちろん……生き残った奴はゼロってな』


 俺達は……邪魔……



 ははっ。なんか笑えて来る。てかもう痛みさえ感じなくなってきた。

 口の中に何か溜まってるけど……味もしない。

 このまま殴られ続けて……俺は終わるのかな?



 ……中途半端な人生だった



 アスカ達と出会えて遊びまくったのは楽しかった。

 けど、何かしたい事が出来たのか……そう言われれば答えはイイエだ。


 ただ学校行って遊んでただけ。働いてもないし、自分の目で手で足で……何かを見る事も、何かをする事もなかった。


 挙句の果てに、母さんに1つの恩返しすら……出来なかった。



 いいじゃないか。お前達の望み通り、魔物が現れたんだぞ?

 いいじゃないか。お前が憧れた騎士団と会えたんだぞ?

 いいじゃないか。平穏な生活とは打って変わって、最後に十分……


 ―――退屈、凌げただろ―――



 平穏

 平和

 退屈


 あぁ、そうだな。俺達がいつも言ってた通りになったんだから、文句は言えない……



 はずがないだろ?



 魔物? 確かにそいつらが居た時代が続いてたら……そんな話を毎日の様にしてたよ。

 けど、あいつらは村を皆を……俺達の前から消し去った!


 騎士団……

 郡都騎士団のグレーの甲冑、青い盾。

 王都騎士団の真っ白な甲冑、赤い盾。

 その誰をも守る姿に憧れてた。

 けど、目の前のこいつらはどうだ? 命令だから? 辺境の田舎? 金? 


 なんだよ。邪魔? 生き残った奴はゼロ?

 なんなんだよ。全ての人を守るのが騎士団じゃないのか? それが信条じゃないのか?

 これが騎士団の……本当の姿かよ。


 ……ふざけんな。


 これが俺達の求めた現実だとしたら……最悪だ。

 正直、想像していた理想とかけ離れすぎて……心が苦しい。


 けどそれ以上に。目の前で起きた全ての事が……




 許せない!




 その時だった、



 ……ドックン……



 体全体に大きな鼓動が響いた瞬間、心臓が……一気に熱くなる。

 それは魔物を目の前に、ホノカを守ろうとした……あの時と同じ。


 体中を、まるで炎が駆け巡る様な不思議な感覚。けどやはり痛みなんて感じない。それどころか……一瞬で虚ろだった意識が鮮明になる。


 そしてその瞬間、目の前にハッキリと映るのはあの年配の騎士糞野郎だった。


 体が熱い。けど、不思議と心地が良い。

 自分でもよく分からないけど、今ならなんでも出来そうな気がする。


「はっ……」


 目が合った途端、目の色を変える糞野郎。

 だよな? 気失って虫の息だった奴がいきなり目覚ましたら、そりゃ驚くよな?

 けど……これは夢じゃない!


 問題無く動く右手で、胸倉を掴んでいるその小手を握りしめると、糞野郎の表情は更に豹変する。

 ふざけんじゃねぇ……


「ふざっ」

「ふざけんじゃねぇ!」


 そんな奴にありったけの言葉を吐こうとした瞬間だった。後ろから聞こえたのは聞こえるはずのない人物の声。

 そして、その声と共に俺の横を通り過ぎたのは、もっと有り得ない……


 轟々と燃え上がる真っ赤な炎だった


 炎!?

 驚く暇なく、一直線に突き進む炎。そんな先に居たのは瓦礫の中を物色している若い騎士。


「ひっ、ひぃあぁ!」


 情けない声を上げながらも、それを間一髪躱すと、


「こここっ、こいつらバケモンだ! 逃げよう! クラードさん!」


 そう言いながら、一目散にどこかに走り去って行く。


「ロッツ! 馬鹿野郎! 何名前言ってんだよ!」


 その様子を前に、明らかに焦る糞野郎の姿は滑稽だった。そして沸々と湧き上がる……怒り。


 なぁどうした? 何焦ってんだ?

 俺達が邪魔なんだろ? 始末したいんだろ?


「ふざけんなよ……俺達を何だと思ってる。人の命を……」


「何だと思ってやがる!


 怒りに任せた咆哮。その声が響いた瞬間、奴の小手を掴んでいた右手に青い炎が……どこからともなく現れた。


 自分の腕が燃えているような光景なのに……痛みはない。恐くもない。それどころか……


 心の底から安心する。


「あぁ……あつ……」


 怯える奴を尻目に……どこからともなく、不思議な何かが溢れる様な感覚。それに任せて指先に力込めると、、


 ピキッ


 そのグレーの小手にヒビが……入った。


「うっ、うわぁぁ!」






 心臓の音がハッキリと聞こえる。

 目の前に広がる青空に自分の右手を突き上げると……それは見慣れた自分の腕。


 叫び声と共に、あの糞野郎が突然腕を振り回したおかげで……俺は思わず手を放してしまった。

 そのまま地面に倒れ込んだ瞬間、体を巡っていたあの感覚は無くなって……逃げて行くアイツらを追う体力はなかった。


 青い炎……


 ただ、それが自分の腕を包み込んでいたのは事実だった。火傷すらしていない……不思議な炎。

 そしてそのおかげで俺達は助かった。それもまた事実。


 助かった……

 その言葉が頭に浮かぶと、蘇るのはあの光景。


 胸倉を掴み、見下すような笑みを浮かべた糞野郎の顔。

 村を馬鹿にし、全てを盗む気でいた奴らの声。

 それに協力していた若い騎士の姿。


 あいつらは逃げた。おそらく郡都に戻ったはず。じゃあ勿論報告はするよな? どんな?


『ははっ、心配すんな。ナナイロ村は竜巻で壊滅。それで話はするからよ』


 絶対そう言うに決まってる。魔物の事なんてまるで信じてなかった。


『あぁ、もちろん……生き残った奴はゼロってな』


 絶対そう言うに決まってる。自分達のやった事は隠して。



 ……良いのか? 


 村が竜巻で壊滅した……そんな嘘で片付けられて良いのか?

 騎士団の……あいつらのやった事が、このまま闇に葬られても良いのか?



「おーい! ホノカァ!」

「クッ、クレス!?」


「アスカは生きてるか?」

「うっ、うん。息はしてる。あの時のクレスみたい」


「なら良かった。なぁホノカ、色々あったけどさ? 俺、やりたい事出来た」

「やりたい事?」


「あぁ、どうしてもさ……確かめたい。騎士団の連中全員が、あの2人みたいな奴らなのか……」


「それに、伝えたい。村がこんな姿になったのは、竜巻なんかのせいじゃない。魔物のせいなんだって……」

「クレス……」


「だからさ? 一緒に……3人で一緒に行かないか?」




「郡都、アストリトに」



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