第8話 その心意気は……




 グレーの甲冑に青い盾の紋章。

 それを目にした瞬間、もしかしたら助けに来てくれた? 

 そんな期待に胸が弾む。


 もしかしたら……このまま郡都に?

 そんな希望に自然と笑顔になる。


 間違いなく俺達3人は同じ気持ちだった。だから……


「急がないと! 様子だけ見て帰るかもしれない」

「それだけは勘弁だぜっ! 行くぞ、ホノカ!」

「あっ! ちょっと!」



 なんで突然、騎士団がナナイロ村に来たのかなんてどうでも良かった。



「ん?」

「どしたクレス?」


 あそこは道具屋があった場所……だよな? 


「誰も居ねぇな」

「確かに。本当に竜巻かなんかですかね? よっと!」


 板蹴飛ばして……いや、なにか手掛かりでも探してるに違いない。


「……何でもない」



 馬から降り立った2人の様子が少し変でも……気になんてしなかった。



 だって、彼らは……



「俺が行って話して来るよ。だから2人は後ろ居てくれ」

「おう! 任せた!」

「分かった」




 誇り高き……騎士団の一員なんだから。




「あのー、すいません」


 元々道具屋があった場所。そこに、郡都から来たらしい2人の姿はあった。


「「ん?」」


 俺の声に一斉に振り向く騎士団の人達。

 1人は短髪で髭を蓄え、少し年配の様に見える。ただその見た目は長い間騎士として経験を積んでいる様な……なんとも言えない雰囲気が漂っている気がした。

 もう1人は少し長めの髪で端正な顔立ち。ぱっと見、年は俺たちに近い気がする。とは言っても、明らかに年上なのは間違いない。


 そのどちらも身長は俺と変わらない位だけど、その甲冑のせいか体格はかなりガッチリしている。


 ん? なんか驚いてないか?

 まぁ無理もない。村は壊滅、住民の姿は見当たらない。さっき聞こえてきた話から察するに、彼らはそう思ったに違いないだろう。そんな時、いきなり話し掛けられたら驚くのは当然だ。


「なっ、なんだ。人が居たのか……」

「すっ、すいません。驚かせてしまって」

「いや……こちらこそ変に気を遣わせて悪かった」


 上ずった様な声を上げる若い騎士に、冷静な様子で答える年配の騎士。そんな見た目通りの姿に、上司と部下の様な雰囲気が感じられたけど……この際そんな事はどうでも良い。

 問題は彼らが本当に騎士団なのかどうか。


「いえ。あの、失礼ですがお二人は郡都の……」

「あぁ、俺達は郡都アストリトの騎士団員だ」


 その言葉に俺達は顔を見合わせると、誰からともなく頬が緩む。


 ―――助けてもらえる―――


 他の2人はどうか分からないけど、俺の頭には薄っすらとその考えが浮かんだ。ましてや郡都の騎士団。もしかするとさっき冗談で言った事が本当に叶うかもしれない。


「それで? 君達はこの村の住民か?」

「そっ、そうです」


 だからこそ、近付いて来た騎士の、


「そうか! 無事で良かった」


 その言葉を聞いた瞬間……緩んだ顔から自然と笑みが零れる。


「色々話を聞きたいんだが良いか?」

「あっ、はい!」

「よし」


 そう言うと、後ろを振り向く年配の騎士。すると若い騎士が1つ頷き、俺の横を通り過ぎて行った。

 どうやら後ろに居たアスカとホノカに話し掛けた様で、早々に薄っすらと笑い声が聞こえる。


「ふぅ、じゃあ早速聞いても良いかな?」


 つまり俺の相手はこの年配の騎士って事か。でも、正直どっちでもいい。


「もちろんです」


 視線を戻すと、改めて目の前に佇むのはグレーの甲冑。

 憧れていた騎士団が目の前に居るってだけで、何とも言えない高揚感に包まれる。


「この様子だと、村を襲ったのは結構大きな竜巻かなんかだと思うんだが……」

「竜巻って……」


「巻き込まれると建物は吹き飛ぶし、岩だって移動させちまう恐ろしい自然現象だ」

「自然現象?」


「発生する時間も場所も突然起きる事の総称だな。まぁ知らないのも無理はない。そんなの滅多に起こらないしな。しかし、こんなにも大規模にやられてるって事は……想像以上にでかい気がする」

「聞くだけで怖いですけど……村がこんな事になったのは、その竜巻のせいじゃないですよ」


「なんだって? じゃあ一体何が?」

「それは……」


 そんな俺の言葉に、不思議な表情を見せる年配の騎士。

 もちろん俺達は知っている。村がこんな事になった原因を。でも、目の前で起きた事実を口にして、それを信じて貰えるのかと言ったら……自信がなかった。


「言ってみろ。俺達騎士団は人を守る為に存在してる。それに竜巻ってのは俺の予想に過ぎないしな」

「予想ですか?」


「あぁ、俺達がこのナナイロ村に来たのは郡主アクロス様の命令だ。だが、そのハッキリとした原因は分かってなかった」

「郡主……あっ、そう言えば気になってたんです。どうして騎士団の方がこの村に来たのかって。助け呼びに行く事も出来なかったのに」


「まぁそうだろうな。俺も詳しくは知らんが、話によると星祭術で不吉な並びだったらしい」

「せいさいじゅつ?」


 何となく聞いた事のある単語に首をかしげると、年配の騎士はもう1度驚いた顔を見せる。


「ん? もしかして……君、何歳だ?」

「えっ? 16ですけど……」


「だったら習ったはずだぞ? 星祭術。そして、星祭士という仕事」

「星祭術……星祭士……あっ! 確かに習いました。星を見て天気や良い兆候、悪い兆候を読み取る!」

「思い出したか? その通りだ」


 あぶねぇ。興味なかったから半分寝てた部分だ。なんとか我慢して正解だったな。良いぞ、昔の俺。


「なるほど……だから騎士団の2人が来たんですね?」

「正解。こっちの方で悪い兆候が見られるってな? それに方向的にナナイロ村しかない。ただ、星祭術でも分かるのはそこまで。だからその原因を調べに来たんだ。」


「そうなんですね」

「それで? 君は何か知ってる感じがするんだが……教えてくれないか?」


「信じて……くれますか?」

「当たり前だ」


 そう言って、黙って俺を見る年配の騎士。

 その姿に、ずっと憧れを抱いていた……本の中の騎士団がふっと重なった気がした。

 この人達なら……信じてくれるかもしれない。心の中でそんな思いが浮かび上がる。


「……魔物です」

「魔物? 魔物って……あの魔物か?」


「はい……と言っても本当に魔物かどうかは分からないです。本でもその姿は描かれてません」

「だったら……」


「でもそれ以外に有り得ないんです。こんな風に岩を動かせますか? それも狙ったかの様に建物の場所に。こんな風に建物をバラバラに出来ますか? まるで刃物で切り刻んだかの様に……人間じゃ無理です」

「しかし、それこそ大規模な竜巻なら…………もしかして君はその瞬間を見たのか?」


「はい。それと、村がこうなる前に起きたんです」

「起きた? 何が……」


「地響きです」

「地……響き……」


「そうです。騎士さんは知ってますよね?」

「……もちろんだ。本ではたったの一文だが、俺達騎士団員にとっては……絶対に忘れてはいけない歴史だ」


「そう……ですよね。それに俺は見たんです」

「まさか……」


「青黒い亀の様な奴と、薄緑色の鳥みたいな奴。その2つの生き物が俺達と同じ言葉で話をする姿を」

「なん……だと……」


 口を押え、とっさに視線を外す年配の騎士。

 無理もない。こんな現実離れした事を聞いて、とっさに反応できる方がどうかしてる。

 魔物が現れて村をこんな姿にした。そんなの子どもの口にする夢で片付けられても仕方ない。


「信じられないですよね……でも本当なんです。俺達はその全てを見たんです」


 でも、心の中でどこか期待していた。

 そんな話でも、疑う事無く信じて……俺達を守ってくれる騎士団の姿を。


「…………正直、驚いてる」

「ですよね」


「普通に考えれば有り得ない。だが……君達は見たんだろ?」

「はっ、はい」


「だとしたら……全てを否定できる訳がない」

「……えっ?」


 それは一瞬、幻聴かと思った。

 自分の描く理想が強すぎて、頭の中で勝手に作られた事かと疑った。


「君達の言っている可能性だって、十分にあり得るって事だ」


 けど、続け様に耳に入った言葉で確信する。

 聞き間違いじゃない。この人は、少しでも俺達の事を信じてくれてる。

 その事実に、どこからともなく嬉しさが溢れ出す。


「しっ、信じてくれるんですか?」

「あぁ。それにこんなに話してるのに、他の人達の姿も見えない」


 だが、そんな浮かれた気分も……


「本当に奇跡だよ……君達3人が生き残ったのは……」


 一瞬だった。


 そう言いながら、年配の騎士が見せた笑顔。その表情を見た瞬間、


 ゾクッ

 なぜか体中に寒気が走る。


「もう1度聞くけど……生き残ったのは君達3人だけか?」

「はっ、はい……」


 行動も態度も声もさっきと変わらない。だからこそ、この寒気は何なのか……そんな疑問が頭を過る。

 そんな体の異変を、すぐに理解できる訳がなかった。はずだった……


 なっ、なんだ?

 けど、そんな考えは……簡単に覆される。


 ……最悪な形で。


「そうか…………やれっ!」


 突如発せられた鋭い声。

 そして、後ろから聞こえる鈍い音と


「うっ!」


 苦痛に悶える声。

 そして急いで後ろを振り向こうとした瞬間、そんな俺の体は……言う事を聞かなかった。


 まるで誰かに引っ張られているような感覚に視線を戻すと、その目に映ったのは、


 俺の胸倉を掴み、さっきと同じ笑顔を浮かばせる……



 年配の騎士だった。



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