第7話 憧れの甲冑
あの地響きから数日。
なかなか状況が飲み込めなかった俺達も、慣れ……と言えば聞こえは悪いけど、次第にその現実を直視出来る様になっていた。
目が覚めた後一頻り村を回ってみたけど、アスカの言う通り人の姿は見当たらず……それどころか至る建物は壊れていて、場所によっては目を覆いたくなる様な光景が広がっていた。
幸い食べる物や服なんかは他の人が住んでた場所から拝借できるし、川があれば体を洗う事も洗濯だって問題はない。けど、食べ物だって無限じゃない。いつかは無くなる。
そもそも、このナナイロ村で生活する事自体が不可能な事は分かっていた。
でも、その前に俺達はどうしてもやるべき事があった。それは生き残った俺達3人しか……出来ない事。
「よっと、これで最後かな?」
「見える人はこれで全員」
「これで少しは安らか眠れるかな?」
スコップを手に汗を拭うと、俺達はゆっくりと目を瞑る。
そしてゆっくりと瞼を開くと、辺り一面に広がるのはいくつもの小さな土の山だった。
その下に眠っているのはナナイロ村の人達。
もちろん全員じゃない。瓦礫の下に居る人達は3人の力じゃ無理だったけど、せめてそれ以外の人達は……そんな思いで、あの日からずっと続けて来たんだ。
とはいえ、最初はその生々しい姿に気持ちが悪くなった。吐き気だって……ホノカなんて何度も立ち眩みした様に座り込んだっけ。
それでも村の人達を野ざらしになんか出来なかった。
俺達をまるで友達の様に、兄弟の様に、子どもの様に、孫の様に笑顔で見てくれた……大事な人達だから。
「眠れるさ……きっと」
やり切った言葉を口にしたものの、アスカとホノカの表情はどこか冴えないままだった。
「でもよ? クレス……」
その理由はなんとなく分かる。
アスカ達の家族は皆土に還す事が出来た。けど、母さんは……無理だ。
だからこそ、これで
「大丈夫。仕方ないよ」
口ではそんな事を言っても、内心は申し訳なさで一杯だ。
それに母さんがあんな姿になって数日は経ってる。その肉体がどんな姿になっているのかは……考えたくもないし、出来れば見たくない。
それも本心で間違いはなかった。
「そうか」
村の中心、学校があった裏手に広がる広場。そして……土の山。
それらをしばらく見つめた後、俺達は秘密基地へと戻って行った。
「さて、これからどうする?」
秘密基地へ戻り、椅子に座った俺が問い掛けると、2人共示し合わせたかのように首をかしげる。
「どうするって言われてもな」
「どうするって言われても」
まぁそんな反応は当たり前だ。
「だよなぁ」
学校の過程が終わって、この村で働きながら暮らして、年を取って……そんな一生なんだと思ってた。
ついこの間まではなんてつまらない人生なんだと嘆いていたけど、今になってどれだけ安心安全だったのかを思い知る。
当然、このままナナイロ村に住むのはほぼ不可能だ。だからと言って隣のモルンガ村までは馬車で丸1日は掛かる。
知り合いは? 俺は居ない。
アスカ達は親戚が居るみたいだけど、住んでるのは郡都アストリト。モルンガ村なんて比にならない位の距離だ。
それに頼みの綱である馬車にも頼れないのが現状。
厩舎の様子を見に行った時には、何頭かの息絶えた姿はあったものの……後はもぬけの殻。あの地響きに驚いて、馬房から逃げたんだと思う。
「モルンガまで行くにしても徒歩になっちゃうねぇ」
「まぁ贅沢言ってられねぇだろ。それにこの数日、お前達を襲った亀と鳥が出て来ないだけでもありがたい」
亀と鳥。
それは忘れる訳がない、あの青黒い奴と薄緑の奴。
あの時は何とかなったけど、その力は計り知れない。屋根から俺達の所に来た時なんて、全然気が付かなかった。
まさに講義で習った魔物……と言っても良いかもしれない。
「だな」
「出来たらこのまま一生出会いたくはないな」
「ん? アスカ。お前がそんな事言うなんて意外だな。てっきり見たくてウズウズしてるのかと思ったよ」
「確かに……らしくないね?」
「俺だってそこまでバカじゃねぇよ。お前らの話だけで十分だ。それに空想は空想だから面白いし憧れるんだってのが……身に染みたからな」
そう言いながら薄笑いを浮かべるアスカ。
『とりあえず行こうぜ!』『なんとかなるだろ』が口癖だった奴と、同一人物だとは思えない言動。いつもならもう少し茶化す所だけど、そうならざるを得ない状況だってのは俺もホノカも知ってる。そしてアスカ以上に……感じてた。
とにかく、起こった事はどうにも出来ない。だったら俺達に出来る事は?
そんな疑問を頭に浮かばせ、必死に答えを探していると、
「そう言えば昔、大雨で村が大変な事になったんだよね? その時はどうしたんだろう?」
パンッ、と1つ手を鳴らしたホノカが思い出したかのように呟いた。
大雨……確か母さんから聞いた事があったな。
「あぁ、ナナイロの樹がダメになりかけた時の話か」
「そういうのはオジサン達の方が詳しいんじゃないか?」
「ダメダメ」
「えっ? なんでだ?」
「俺達の家でその話は禁止なんだよ。親父達にとっては思い出したくないらしい」
まぁ主たるナナイロの樹が全滅しかけた話なんて……思い出したくはないか。
「なるほどな。俺は母さんから少し聞いた事がある」
「本当? 教えてクレス?」
「あぁ。確か大雨になった時、とりあえず村人は学校に避難したそうだ」
「学校か……2階建てだし、そこいらの家より頑丈だもんな」
「それと、何人かの村人が馬で郡都まで助けを呼びに行ったらしい。」
「郡都? でも結構掛かるよね? 絶対間に合わないんじゃ……」
「なんか村人の中では、結構な被害は覚悟してたらしいよ。つまり……」
「なるほど。食い止めるんじゃなくて、助けを呼んで早く村を立て直そうとしたって訳だな」
「正解」
「そっか……でもそれじゃあ、今の状況で真似出来そうな事ないね」
「そうだな。その時はすぐに郡都の人や騎士団が駆けつけてくれたらしいけど……」
確かに馬がなければ助けも呼びに行けない。ましてやこんな辺境の地の異変なんて、こっちが向かって行って伝えなければ知る由なんてない。
「「はぁ……」」
同じタイミングで溜め息をつく姿に、流石は兄妹だと思いつつも……頭の中ではさっきの疑問が再浮上する。
やっぱり歩いてでも行くべきか? それにあの魔物の事も気になる。
俺達みたいな辺境の奴らの話なんて信じてくれるか分からないけど、奴らが郡都に現れたら……想像するだけで恐ろしい。だったら……
そんな時だった、
ヒヒィィーン
それ唐突に耳に入り込んだ。
普段から村人たちの笑い声しか聞こえないナナイロ村。それすら聞こえない今、その鳴き声は秘密基地の中にさえハッキリと響く。
「ん?」
「今のって……」
「馬じゃね?」
その瞬間一斉に秘密基地を飛び出すと、俺達は急いで村を見下ろす。そしてくまなく、その馬らしき存在を探していると……
「居た! 入り口辺り」
そんなアスカの言葉に、視線は村の入口へと注がれた。
自然溢れる辺境の村で暮らしてたおかげで、視力は申し分ない。3人の目はその2頭と2人の存在を確かに捉える。
「あっ、あれは……」
グレーの甲冑、馬の鞍に描かれた青い盾。
それは本に描かれ、かつて憧れた……彼らの姿で間違いない。
郡都の騎士団……
その姿を確認した瞬間、溢れ出る高揚感。だけどそれと一緒に……ある考えが頭を過る。
「なぁ、あの人達に助けてもらえば……」
「郡都行けるんじゃないか?」
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