34 神殿の戦い

 水流都市フリュームを後にしたリヴァル達一行は神殿高地にいた。

 神殿高地。東の大陸において神の聖地と崇められている土地であり、数多くの神殿がある場所である。神殿が数多いが、その多くは廃墟か遺跡化しまっており、宗教者が滞在し修行場として使われているのは数カ所しかない。

 冒険エルフことアルは神殿高地のいくつかの神殿に隠れ家を勝手に作り、時折過ごしていた為、フリュームからさほど遠くないここにリヴァル達を招いていた。


「アル。あなたはここが聖域だと分かっていますよね」


 マリサがアルに鋭い目を向ける。

 時は昼。ここは森林に囲まれた神殿高地にあるとある神殿である。石による組積造の神殿で、比較的広く作られていた。


「分かってるよ。ここが由緒正しき神殿の土地だって」


「なのに何故こんな隠れ家を勝手に作っているのです!? もしバレたら私どう言われるか・・・・・・」


 マリサは神教の聖女候補。神教においてもここは聖域指定された場所であり、立ち入り禁止である。それなのにアルは悪びれる様子もなく遺跡となった神殿の一室を自分の部屋の如く使用していた。中には簡易ベッド、棚があり、食料もある程度備蓄されている。


「おーい! 食える魔物を狩って来たぜ!」


 外から聞こえ来たのはリヴァルの声だ。バロンとヘレネもいた。どうやら三人は食料を調達する為に森に出ていたようだ。


「ありがとう三人とも! ご飯にしよう」


 アルは調理道具を用意し、たき火に魔法で火を付けて、リヴァルが仕留めたキラーボアを捌き始めた。


「今日はこいつで鍋にしよう」


 アルは料理が上手く、長年冒険と旅をしてきた経験から世界各地の料理を知っている。リヴァル達の腹を満たすのは容易であった。


「さあ、お食べ皆」


 アルは、あっと言う間にキラーボアの肉を調理し、肉鍋にした。リヴァル達は食べ始める。マリサも同じだ。


「さすが、アルですね。この鍋料理もおいし――って! 違う! アル! ここでこんな事してていいと思っているのですか!?」


「おいマリサしつけぇぞ。昨日から同じ事言ってるだろ? 今は緊急事態だ。それに飯の時ぐらい静かにして食えよ」


「そうだよマリサ。お食事中は静かにしないと」


 リヴァルとヘレネがマリサに言った。普段とは明らかに逆の立場になっている。


「ハハッ。普段とは逆になってるねマリサ」


 バロンが笑いながら言った。


「バロンまで・・・・・・」


「神教の人間としてここに入っている事に罪悪感を抱く分かるけど、今は非常事態だ。パモーレの追撃から逃れる為にはここは最適だよ。何せここは聖地。奴は入ってこられる可能性は低い」


 神殿高地は聖域。闇の使者と思しきパモーレは近づきたくない場所であるとアルは予測している。だからこそ、ここに逃げ込んだ。


「そうなんですけど。何か悪い事としてるみたいで・・・・・・」


 理屈では分かっていても、マリサは納得出来ないようだ。マリサは真面目である。


「真面目だなマリサは。まあ、昔からだけどな」


「マリサとリヴァルは幼馴染みなんでしょ? どこの村出身なの?」


 ヘレネが言った。


「俺とマリサはアルドア王国の王都から近い村の出身だ。丘陵が広く続いている牧草地が多い村だな」


「実はリヴァルと私は同じ誕生日なんです。リヴァルは家屋で生まれましたけど、私はその近くの馬小屋で生まれたそうです」


「う、馬小屋!? マリサってとんでもない所で生まれたんだね!」


 ヘレネは驚いている。


「ええ。両親は親の反対を押し切って夫婦となり、私を授かったそうで、私を産む寸前まで旅をしていたそうです」


 マリサの出生の秘密にリヴァルを除いた皆は驚く。


「なるほど。つまりマリサの両親は駆け落ち夫婦なんだね。ロマンチックだね」


 アルが言った。


「ロマンチック――駆け落ちは思っている程、楽ではありませんよ。両親は苦労したと言っていましたし、私も物心ついた時にはそう感じました」


「でも、俺の家で働く事になったのはラッキーだっただろ? とりあえず飯の心配は無くなったんだし」


「そうですね。それにだから私達は幼馴染みになれたんでしょうね」


「と言う事は二人はいつも誕生日は一緒に祝われるんだね?」


 そのヘレネの問いにバロンは首を傾げた。


「誕生日を祝う? 誕生日って祝う物なのかい?」


 バロンの口から出た思いがけない言葉にリヴァル達は驚いた。


「おいおいバロン。何でも知ってそうなお前がそんな事言うのかよ?」


「バロンが知らないなんて意外です」


 リヴァルとマリサはバロンが何でも知っていてもちろん誕生日を祝うというのも知っていると思っていたようだ。誕生日を祝うのは東の大陸の風習であり、西の大陸にはない。


「そう言えば西の大陸では祝う文化は無かったね」


 アルが思い出すように言った。


「バロンでも知らない事があるんだね」


 ヘレネはそう言うと、バロンに近づいた。


「よし! バロンの誕生日を教えて! みんな

で祝うからさ」


「ありがとうヘレネ。でも、実は自分の誕生日がいつかよく分からないんだ」


 この世界に戸籍や出生届等といった制度は無いため、バロンのような生誕日を知らない人は祝う文化がなければ知らないと言うのはある意味当然である。


「そうだったのか。まあ、文化がない西では珍しくないか――」


「アルはどうなんだい? エルフには祝う文化はあるのかい?」


「エルフは長命種だからね。いちいち一年ごとで祝う事はほぼない。祝うなら節目の年。例えば百歳目とか」


「ひぇ~さすがエルフだな。人間種だったらほぼ祝えないぜ」


 リヴァルが目を丸くしながら言った。


「ははっ。だろうね。こうして文化の話をしていると違いがあっておもしろ――」


 そのアルの言葉が止まり、目付きが変わった。そのアルの変化にリヴァル達に緊張が走る。


「へえー。ここまで入ってくるとは・・・・・・奴め、不利な状況でも挑んでくるとは」


 そのアルの言葉でリヴァル達は立ち上がった。そして火を消して戦闘準備に入る。

 パモーレだ。アルの仕掛けたエルフ魔法にパモーレは引っかかり、作動した事をアルは感知した。


「どうやらパモーレは部下をつれてここに入った。数は十以上――いや、二十だ」


 神を祭る神殿高地に悪の根源の使いが挑む事はアウェイを意味するに等しい。だが、パモーレはあえて入って来た。それはどういう意味を持つのか、この時はまだリヴァル達は分からないのであった。










 神殿高地という悪の根源が苦手とする領域に入ったパモーレは嫌悪感を表していた。場所は森林地帯。あちこちから魔物の気配はすれど、襲ってくる事はない。パモーレの持つ闇の魔力に怖じ気付いているからだ。


「いや~気持ち悪いわね。百年ぶりぐらいにここに入ったけどやっぱ気持ち悪いわ」


 やはり、聖域においてパモーレは悪影響を受けていた。嫌悪感と嘔気を感じているようだ。


「さて――奴らめ。どうせ罠を何十にも仕掛けているな」


 第二の人格が現れる。既にパモーレはアルの仕掛けた罠に複数掛かっている。炎、水、風の魔術がパモーレに襲い掛かり、それらをパモーレは闇の魔力にて全て防ぎきった。


「パモーレ! わくわくして来ましたよぉ! あっ! ムラムラもして来ましたね!」


 第一の人格が現れ、下半身を前後に振る。気色悪い。


「さて! あの天使の子どうやって捕まえましょうか? 可愛いお人形でも持ってくれば良かったですね」


「はぁ? バカじゃないの? 今更そんなもんで来ると思って?」


 その時だった。背後からリヴァルが襲いかかり、パモーレ目掛けて剣を振り下ろした。だが、パモーレはそれに気づいており、寸前で避けた。


「ひぃいい! 怖い怖い!」


 パモーレは体から闇の魔力を放出する。靄にも煙にも似たそれはあっと言う間にパモーレの周囲を満たした。


「坊や。私はあなたに興味はありません! 天使の子を差し出すなら見逃してやりましょう! どうか差し出して下さいパモーレェ!」


 第一の人格が笑みを浮かべながら、リヴァルと交渉する。


「気持ちわりぃ奴だな本当。答えは〝いいえ〟だ! パモーレ!」


 リヴァルはそう言って一気にパモーレ目掛けて駆ける。そして魔力放出を使い、パモーレをすれ違いざまに斬りつける事に成功した。


「なっ!?」


 リヴァルの動きにパモーレは驚く。前見た時の見立てでは自分に傷一つ付けるなど無理だと思っていたからだ。


「ほほう! 良い動きだ! 興奮しますよ!」


 そう言ってパモーレは体をクネクネさせた。


「何度も言うが、本当気持ち悪いなてめぇ!」


「ありがとうございます! お褒めの言葉です! こっ興奮するっ!」

 そう言いながらパモーレは傷つけられた部位を闇で覆い、そして一瞬で闇が消えたと思うとその傷つけられた部位は回復していた。


(なんだ? 闇の魔力は回復もできんのか!?)


「さあ! 来なさいよ! 僕には手を出させませんから!」


 リヴァルは辺りにいる僕達に警戒する。攻撃開始から全く動いていないが、いつ動き攻撃を仕掛けてきてもおかしくない。


「ふん! 言われなくても!」


 リヴァルはそう言って再びパモーレに迫る。そして再び魔力放出にてすれ違いに斬りつけたたが。


「くっ!」


「もう、見切っちゃった♥」


 そう言ってパモーレはウィンクした。第三の人格が現れる。


「悪いわね坊や。あたし、伊達に数百年生きてるわけじゃないのよ。戦闘経験なんてあなたとは段違いねわけ。悪いわね」


 急に言動が変わったパモーレにリヴァルは笑った。


「今度はオカマかよ。何もんだてめぇ」


 リヴァルは腕を斬られたのであった。左腕で利き腕ではなく、致命傷ではないが、集中力は途切れそうだった。


「その歳にしては中々良い剣捌きが出来てるわね。私が相手した剣士の中でも上位に食い込む感じだけど、史上最高はあげられないかしら」


「へぇ――だったら次は史上最高の攻撃を食らわしてやる!」


「いいわその目! 興奮しちゃう! 来て! 来なさい坊や!」


 パモーレの背後にファイヤーボールが迫った。だが、パモーレは何事も動じる事なくその火の玉を闇で殴るように打ち消した。


「けっ! 少しは空気読めよ」


 パモーレに第二の人格が現れる。


「リヴァル! 挟み込んで追い詰めよう!」


 パモーレの背後に立つのはバロンだ。杖を構え、パモーレの背後を取る。


「おめえら、二対一とか卑怯だろ?」


 再び言動が変わったパモーレにリヴァルはただ困惑するだけだ。


「おいおい、このおっさんどんだけの役者だよ。前の時もそうだったが、今度は比較的まともそうな奴になったぞ」


「リヴァル。この人はやはり多重人格みたいだ」


「多重人格? なんだそれ?」


 多重人格はこの世界において世間によく知られた単語ではない。医学もまだ発展途上のこの世界で報告例が少ない多重人格は眉唾物扱いされている。


「一人の人間が複数の人格を持つ事だよ。どういう経緯で発生するのかはまだ分からないけど、精神的な病だとされているよ」


「へえーこのおっさん病気か! まっ! 最初からそうだと思ってたぜ!」


「――酷いなお前ら。人を病人扱いしやがってよ」


「よく言うぜパモーレ。てめぇは長い間犯罪を犯してきたんだろ? どんだけの人間を苦しめてきやがった」


 そのリヴァルの言葉にパモーレは笑顔を止め、考え込む姿を見せた。そしてしばらくして言った。


「私が存在するのはあなた達人間がいるからですよ」


 第一の人格の言葉にリヴァルとバロンは困惑する。


「どういう意味だパモーレ?」


 バロンが問う。


「我が力の源〝悪の根源〟は人間の悪感情を糧にしてるのです。あなた達が持つ悪い感情を察知した悪の根源はそれらを回収、貯蓄、増幅し〝我々〟に授け、それによってさらに悪をまき散らせと指示しているのですよ」


 悪の根源の秘密を曝け出したパモーレにリヴァルとバロンは驚いた。そしてパモーレが悪の根源との関係を自ら語り、アルの推理が正解だったと二人は知った。


「アルの言う通りか。こいつ――闇の使者って事だな」


「リヴァル! 気をつけて! 奴はまだ本気を出していない!」


「何!? 本当かよ?」


 アルから教わった古代エルフ魔術による感知魔術でバロンはまだパモーレが全力での魔力使用を行っていない事を戦闘開始から知っていた。


「その通りだ! 俺の魔力が全開で展開されれば、この辺りは瞬く間に廃れた大地になるだろう!」


 第二の人格がそう語り、パモーレは奇妙なポーズを取る。


「パモーレ! ワクワクムラムラしてきましたぁ!!」






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