33 魔剣

 ライオットが目を覚ますと、見覚えのない子供達の顔が最初に目に映った。


「おっ? 汚ぇおっさんが目を覚ました」


 その内の悪ガキらしき男の子が言った。


「うるせぇ! 俺に構うんじゃねぇ!」


 ライオットが怒鳴り散らして子供達は逃げていった。

 起きたライオットは辺りを見渡す。場所はフリュームダンジョンの出入り口付近の道端であった。


(記憶が曖昧だ――確かパモーレの名前を聞いて)


「そうだ! 奴らはどこに行った!?」


 ライオットは思い出す。リヴァル達を出会った事を。そしてパモーレの居場所を聞き出せなかった事を後悔し、すぐにリヴァル達を探そうと立ち上がり、フリュームの街を探し回る。

 すでに太陽は高い。ライオットのフリュームの滞在期間は長く、あらゆる裏道まで知っているが、何時間も探してもリヴァル達は見つからなかった。


「くそ! どこに行きやがったあいつら!」


 ライオットは街中の水飲み場で水分補給する。水で空腹を紛らわす。昨日から何も食べていない。


「腹減ったな・・・・・・」


 大きな広場でライオットは一人呟く。そして自慢の剣に手を添える。

 パモーレを倒す為に手に入れた剣。魔剣の類であり、ライオットの人生において最大の幸運ともいえるその剣は国宝に指定されてもおかしくない代物であった。


「マレーナ。見ててくれよ。パパが奴を討つのを」


 ライオットはそう呟いた後、日銭を稼ぐためにギルドに向かおうとした。だが、ライオットの前に四人の男達が現れた。


「よおライオットさんよ! 見つけたぜ!」


 因縁ある相手のようだ。ライオットは剣に手を添える。


「これはこれは。借金取りのガラティさんじゃないですか? どのようなご用件で?」


「しらばっくれてんじゃねえ! お前に貸した100万返して貰おうか!?」


「100万? そんなに貸して貰いましたっけ? 1イールだったはずだぜ」


 イールは東の大陸の通貨である。主にアルドア王国が流通させている通貨で、東の大陸ならば国境を越えてもほぼ使える。


「ふざけんな! ボス! こいつをボコボコにしてやりましょう!」


 若い男がそう叫ぶと、辺りにいた市民達は関わりたくないと避けていく。


「いいんですかい? 俺をボコボコにするって? 逆になりますぜ」


 余裕のライオットにボスことガラティはニヤリと笑う。


「ライオット。てめえの剣さばきはこっちだって知っているぜ。だから今日は――」


 周りの男達は魔力を高める。火、水、風を手の平に出現させた。どうやら部下達を魔術を使える者で構成してきたようだ。


「魔法を使える野郎を連れてきた。いくらお前でも、三人の魔法相手では無理だろう」


 ガラティの策にライオットは動揺する事なく、溜息をついた。


「何、余裕ぶっこいてやがる! 追い込まれたのが分からねえのか!?」


「いいえ。これは本当にまずいかも知れませんね」


 そう言ってはいるが、顔はまだどこか余裕を感じさせる。


「ガラティさん。ここじゃまずいから。場所を変えましょう」


「何? 逃げるつもりか?」


「滅相もない。いい場所があるでしょ?」











 ライオットとガラティ一行が着いた場所。そこはフリュームダンジョンだった。昨晩、リヴァル達と出会った場所であり、ライオット自身の寝床である。


「おいおい。あのおっさんここで死ぬつもりか?」


 ガラティ一行の若い男が言った。ダンジョン。入り組んだ迷宮にして魔物の巣窟である。普通の人間ならばこんな所で決闘の類などはしない。何故なら重傷となり動けなくなれれば魔物に食われるからである。


「まあ、ここでいいか」


 ライオットは第一層の丁度中央付近で止まった。ガラティ一行も、その場に止まる。


「お前、ここで死にてえのか?」


 ガラティの問いにライオットはすました顔で答える。


「いいえ。まだ死ぬつもりはありませんよ」


 そう言ってライオットは剣を握る。そして抜くのかと思いきや抜かない。


「おっさん剣を抜けよ。それぐらい待ってやるよ」


「そうだぜ。さっさと抜けよ」


 若い男二人がライオットを気遣うが、ライオットは「いいから来い」と答え、若い男達をムッとさせた。


「調子に乗りすぎだおっさん! ファイヤーボール!」


 ファイヤーボール。火属性において会得レベルが初級の攻撃魔法である。その気になれば子供でも会得出来る魔法であり、火の玉が飛んでいく単純な攻撃であるが、初級の魔法ならば一番攻撃力はある。


「ウィンドウカッター!」


 風魔法初級ウィンドウカッターは鎌鼬を発生させる魔法である。ただ初級魔法であるため切れる範囲は狭く。堅い相手には効くことはほぼない。


「ハイウォーター!」


 水魔法初級ハイウォーター。高水圧を放つこ攻撃魔法である。主に手の平から放ち、高い水圧で敵を押し流す魔法である。ただし、堅い相手にはウィンドカッター同様無力に近い。

 ガラティの連れてきた三人の若い男達は基本詠唱無しでの魔法発動を行えるそこそこの魔法使いであった。

 ライオットは三人の攻撃に怯む様子無く。そして当たる寸前で動いた。


「とお!」


 ライオットは見事に三つの攻撃を避けた。  そして逃げだした。


「おいいいいー!!!! てめえ逃げ出してんじゃねぇ!」


 ガラティ達は驚きつつ、後を追う。ライオットは逃げ足は速い。通路をただ突き進む。


「お前、それでも剣士か!? 正々堂々戦いやがれ!」


 ガラティの叫びにライオットは大人げなくケツを叩き、挑発する。


「へいへい! 当ててみやがれ!」


 ファイヤーボール、ウィンドカッター、ハイウォーターの連続攻撃がライオットを襲うが、何度もそれをかわし、ライオットは逃げる。そして曲がり角を曲がった所で、ライオットは身を隠した。


「どこに行きやがった!?」


 ガラティはライオットを見失い、辺りを見渡す。


「きっと奥に逃げたんですぜボス! 行きましょう」


 部下にそう言われ、ガラティとその部下達は先に進んだ。そしてそれを見届けたライオットはニヤリと笑う。


「かかった――」


 ライオットの罠。それはこの先にいる〝キングスボス〟と対面させる事。それは見事にはまるのであった。


「うおおおおおお!!!! 何でこんな所にボアがいるんだあああ!!」


 そう叫びながら逃げてきたのはもちろんガラティとその部下達である。そしてその背後に迫るのは5mサイズのキングスボア。昨晩のリヴァル達の光景と全く同じである。


「あっははは! おもしれえな!」


「笑ってんじゃねぇ! てめぇも殺されるぞ!」


 ガラティの言う通りで、このままではライオットも巻き込まれる。だが、ライオットの顔に焦りはない。そうしている内にガラティ達はライオットの横を走り抜いた。


「あ、あいつ死ぬつもりか?」


 部下の一人が言った。ライオットは剣も抜かず、そのままキングスボアを前に棒立ちだ。  誰もが引かれ死ぬと思った瞬間、ライオットは当たる寸前で大きく飛び、キングスボアの頭上を飛び越えた。そして難なくキングスボアが通り過ぎた所に着地する。


「なにいいいい!!??」


 ガラティはその光景に驚嘆する。


「じゃあなガラティ。一昨日きな」


 そのままキングスボアはガラティ達を追う。そのままガラティはフリュームダンジョンから逃げるしか無かった。


「さて。しばらくしてからここから出るか。もう、この街もおさらばかな」










 時は夕暮れ。夕暮れの光に照らされたフリュームの街は美しい。市場は親子連れや、商人。旅人で賑わいを見せている。

 その中でライオットは空腹の音を出しながら屋台の食べ物を恨ましそうに見つめながら歩いていた。


「くそ・・・・・・あいつらのせいで日銭を稼げなかったぜ」


 いくら空腹といえ、ライオットは盗みなどに手をつけた事はない。それは娘に教えた事の一つだからだ。借金は踏み倒すが、盗みはやらない。どっちも守れる父親ならばなお良いのだが。

 人混みで混雑する中、ふとライオットは見覚えがある人物を見た。

 それは男。オールバックの髪型で中年らしきその男にライオットは目を向けた。


(何だあの男? どこで見た様な――)


 だが、肝心な所で思い出せない。ライオットは歯痒い思いをするのであった。


「それで? 見つかったかしら?」


 オールバックの男は裏路地で僕の報告を聞く。そうパモーレはもうフリュームの街でリヴァル達の目撃情報を聞きつけ、駆けつけたのだ。


「どうやら追跡の痕跡を消す魔法は持ち合わせていないけど、人から自分達の認識と記憶を薄める魔法を使っている様ね」


 今のパモーレは第三の人格だ。男好きで、男に抱かれるのが好きな人格は観光地でもあるフリュームで浮かれている。


「さて! 今夜も風俗街に行こうかしら!」


「おいオカマ野郎。さっさと追え。俺達の敵をさっさと排除しろ」


 第二の人格が現れた。


「いいじゃない。あんなガキども。まだ脅威ではないわ」


「そんな事を言っていると足下をすくわれるかもしれんないぞ」


「だから何? そん時はそん時よ」


「なんだと? 殺されたいのか?」


「喧嘩はそれぐらいにするのです! パモーレ!」


 第一の人格が仲裁に入る。パモーレに宿る三人の人格。今の今までやってこれたのはこの第一の人格が中心となってやってきたからだ。


「あんたバカね! 私を殺すって事は自分を殺すって事よ」


「バカは貴様だ。お前という人格だけ消滅させるって意味だオカマ野郎」


「あら? やる気?」


「いいぜ。久々に殺し合おうか?」


 その時だった。パモーレは近寄って来た男に気づいた。そう、ライオットである。


「何の用かしら、くたびれた剣士さん?」


「おい、お前、さっきパモーレって言ったか?」


 その問いにパモーレの人格は変わる。第三から第一に変わり、不気味な笑顔を見せた。


「いかにも! 私があのパモーレです!」


 その瞬間にパモーレの体は斬られた。ライオットの剣である。

 抜かれたのは魔剣〝トネェル〟 。四大属性に属さない雷を宿す魔剣。魔剣自体に魔力を宿し、さらに持ち主の魔力も雷に変換する剣だ。黄色と黒のツートーンカラーで、常に刃には雷を纏う。


「ひぃぃぃやああああ!? これはこれは! 魔剣ですね! 久々に見ました!」


「やっとだ! やっと見つけたぞ! パモーレ! お前の顔は忘れてない!」


 ライオットの叫びにパモーレは笑顔になる。


「――誰でしたっけ? あなた?」


 殺した数や顔など一々覚えていないパモーレにとってライオットなど突然切りつけてきた通り魔程度の存在でしかない。

 そしてライオットの一撃もパモーレにとって、致命傷ではない。斬りつけられた傷口は黒い靄らいき物に覆われ、血は噴き出していない。


「なんだと? 血が出ていないだと!?」


 パモーレの異様な体にライオットは驚いた。


「いや~血が噴き出さない体質でして」


 嘘である。パモーレは完全にライオットを舐めているようだ。


「お前は一体何者だ!? この魔剣でも死なないなんて――」


 その問いにパモーレは笑みを浮かべつつ、答える。


「私はパモーレ。悪の根源に〝見初められた者〟にしてその体現者です!」


「悪の――根源だと?」


 ライオットは戸惑う。悪の根源などおとぎ話でしか聞いた名である。それが今、敵であるパモーレの口から発せられ、実在するかもしれないという考えが一瞬巡る。


「さて――どうしましょうかこれから?」


 パモーレの背後に黒い靄らしき物が現れる。だが、その瞬間、パモーレの体に雷撃が走る。


「ひぃいいい!!」


「魔剣の力だ。それは一日続くぞ!」


 そのライオットの言葉にパモーレは身を震わせ顔を赤くして言った。


「何それーー最高ね!」


 第三の人格だ。攻撃を受けて喜んでいる。


「な、なんなんだお前は!? こんな奴にマレーナは――」


「――マレーナ? ああ、あの子ね!」


 パモーレは何か思い出したようで、指を鳴らし、とある僕を一人呼んだ。


「あなた――この子の父親ね」


 そうパモーレが言うと、フードを被っていた僕はそれを取った。

 取った途端、ライオットは驚愕した。


「マ、マレーナ・・・・・・」


「感動の再会ね!」


 その僕はマレーナだった。あの時から変わらない姿でライオットの前に現れたのだ。十年前の八歳の姿まま。セミロングの髪で母親によく似た目を持つ。ライオットは固まり、唖然とした。


「生きていたのか・・・・・・?」


 マレーナの表情は無表情である。これはどのパモーレの僕も同じであり、どんな事があろうとも顔は変えない。マレーナも例外ではない。


「お父さん。今日はこの子に免じて許してあげる。この子、私達のお気に入りだから」


「貴様にお父さん呼ばれる筋合いはない!!!! 殺してやる! 殺してやるぞ!!」


 そう叫ぶも、ライオットの体はその場でふらつく。


「くっ――」


「どうやら、その魔剣。偉く魔力と体力を吸われるようね」


 その通りだ。魔剣トネェルは持ち主から魔力を大量に吸う。故に使い手を選ぶ魔剣であった。


「さて――本当はここであなたを殺して魔剣を取っておきたいのだけれど、あなたの魔剣――」


 パモーレの体に電撃が走る。パモーレは赤面し体をクネクネさせた。


「最高! 濡れちゃうわ! 最高だけど今日は もうお開きね」


 パモーレはそう言うと、歩き出した。それを追おうとライオットは歩こうとするが、魔剣に吸われ過ぎた為、その場で膝を付いた。そして瞬きをした一瞬の内に、もうパモーレとマリーナの姿は無かった。

 夕暮れは終わり、夜となったフリュームの街で人気のない路地裏でライオットは一人涙を流し呟くように言った。


「マリーナ・・・・・・」






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