32 試練
パモーレ達からの追跡から逃れる事に成功したリヴァル達はリサンドラから近い街であるダイラート共和国の水流都市フリュームにいた。
フリュームは景観が美しい街で、大きな湖の中央に街があり、その中に水路が何本も張り巡らせていた。水路を小舟で移動し、人や物を移動させている。
リヴァル達はフリューム湖の畔にある公園でつかの間の休息を取っていた。
「なぁ、バロン?」
ベンチに座るリヴァルが同じくベンチに座るバロンに問う。
「なんだいリヴァル?」
「正直、俺達が悪の根源を倒すってのは信じてっか?」
時間はもう昼下がり、快晴である。二人の目の前には遠くで景観を楽しむマリサとヘレネがいた。
「――分からないな」
「分からないってどういう事だよ?」
「そのまんまの意味だよリヴァル。正直、天使様を殺したあのパモーレは恐怖してるし、脅威だとも思っていたけど今回の件で決してそれも無理だとは思わなくなったよ」
今回の件。それはパモーレの目からの追跡を巻いた事である。
リヴァル達はいかにしてパモーレから逃げる事に成功したか、それは簡単だった。
「アルが教えてくれた古代エルフ魔術。認識記憶操作はすごいよ」
認識記憶操作。詠唱名サスティウス。一定範囲内の人物の認識と自身に対する記憶を操作する魔術である。マルクの目の前でアルが行った魔術であり、エルフのみが使用する門外不出の術である。
「でもよ。俺達が使って良かったのかよ? アルの奴、これは門外不出だって言ってたのによ」
「緊急事態さ。それに今更、私がエルフの掟を破っていて何の問題が?」
その声にリヴァルとバロンが振り向く。そこにはアルが立っていた。情報収集を終え、リヴァル達と合流する。
「そりゃそうかもしれねぇけれどよ。こらからエルフの里行くんだろ? もしバレたらどうすんだ?」
「君が心配してるのは珍しいね。大丈夫さ。そんときはリヴァルが切腹してくれれば」
「おい! それはてめぇがしろ!」
「ハハッ! それもそうだね! アハハッ!」
あれから三日たった。皆、少しは元気を取り戻したようだ。三日前、この街にたどり着いた時、リヴァル達は雰囲気は最悪だった。無理もない。
「さて。バロン。体調はもう万全かい?」
「ああ。おかげで魔力は戻ったよ」
サスティウスを使用する際、高度過ぎる魔術故にリヴァルとマリサ、ヘレネは理解できなかった。そこでアルがヘレネとマリサを。リヴァルをバロンが肩代わりした。アルは問題なかつたが、バロンの魔力量では二人分はかなり厳しかった為、脱出成功した時には魔力切れ寸前で体調を崩しバロンは倒れてしまった。
「それは良かった。倒れたとはいえ、人間で二人分のサスティウスを使用したのは凄いよ」
ヘレネをバロンが担当すれば良かったのではないかと思われるが、バレた場合を考慮し、
エルフの里を知っているアルを逃がした方が良いと判断したのであった。
「では、皆。宿に戻ろう。これからの件で話し合おう」
街の外れにある小さな宿に戻ったリヴァル達は一つの部屋に集まっていた。小さな部屋に五人は集まり、それぞれ腰を下ろす。
「では、これからの件で話し合いを始めよう。正直に言って――このままでは再びパモーレに見つかり、殺される可能性は高い。だから、各々の戦闘力を鍛えたいと思う」
突然のアルの言葉にリヴァル達は目を見合わせた。
「アル。強くなる必要性は分かりますが、具体的にどうすれば?」
「私、天使だよ。鍛えてくれる人なんているかな」
「ヘレネは確かにそうだな。強くなるには修行するのが一番だが、その師匠はどうすんだ?」
「僕の場合はアルに魔術は教われそうだけど」
マリサ、ヘレネ、リヴァルにバロン。各々の言葉にアルは聞いた後、言った。
「皆、手っ取り早いのがあるだろ?」
そのアルの言葉で再び皆顔を見合わせた。
「ダンジョンだよダンジョン!」
そのアルの言葉にリヴァル達はキョトンとした。
「何? ダンジョンだと?」
リヴァルが言った。
「そうダンジョン! ここは水流都市フリィーム。地下にはあの有名なフリュームダンジョンがある。今晩さっそく行ってみよう!」
フリュームダンジョン。名の通り水流都市スリュームの地下にあるダンジョンであり、〝水迷宮〟の名でも知られる。入り組んだ地下迷宮であり、冒険者でも中級者以上向けとされている。この前のダイラート地下迷宮とはレベルが違う。
「ちょっと、待って下さいアル。確かに強くなるには魔物討伐が手っ取り早いかもしれませんが、ヘレネを危険にさらすのは・・・・・・」
「何を言っているんだマリサ! 悪の根源を討つのであろう。だったら、ヘレネも強くなって貰わなければ困る!」
「悪の根源を討つって? 何の話?」
パモーレから逃げるので精一杯だった為、リヴァル達はヘレネにマリサが受けた予言について説明をしていなかった。ここで改めてマリサはヘレネに話をした。
「という事なのですヘレネ。予言によれば、もしかしたらあなたもその一人かも知れません。けど、天使であるあなたをこれ以上危険に晒すのは・・・・・・」
「私、やるよ――」
「えっ?」
「カークを殺したのはパモーレでしょ。そしてその背後にいるのは悪の根源ならば、天使の私が討たなければいけないと思うの」
そのヘレネの言葉にリヴァル達は驚いた。〝あの〝一件〟以来ヘレネは変わった。前はまだ
どこか子供じみていたが、今は違う。
「頼もしいなヘレネ。では、早速、夜のダンジョンに行ってみよう!」
アルだけやたらテンションが高いのであった。
「うぉおおおおー!!!!」
フリュームダンジョン。その最初の下層のとある通路にてリヴァル、バロン、マリサは全速力で逃げていた。三人の背後に迫るのはキラーボアが成長した姿キングスボアだ。全長十m近くのこの魔物は通常ならば地下迷宮などにいない。いるとすれば荒野か山林である。
「アハハッ! 地下迷宮にキングスボアがいるなんて不思議だね!」
アルは三人より先に逃げている。エルフの魔術により身体能力強化で足は速い。そしてヘレネも天使の翼で同じく先に逃げていた。
「ぐぉおおお!!!! てめぇら二人ずるいぞ!」
「待って下さい~!」
「し、死ぬ!」
リヴァル、マリサ、バロン。三人とも限界に近い。いくら一日に何十も歩いて足腰は鍛えられているとはいえ、全力疾走はつらい。
「あっ! ボアだから、横に逃げれば避けられるかもよ!」
アルはそう言って通路の横の部屋と飛び込んだ。ヘレネも同じである。
「うぉおおおお!!!!」
それを見た三人も同じくその部屋に飛び込んだ。辛うじて避ける事に成功し、キングスボアはそのまま通路を走っていった。
「はーはーはー」
久々の全力疾走。三人はヘトヘトである。
「お、おい! ア、アルてめぇ! ここにキングスボアいんの知ってやがったな!?」
「何の事だい?」
アルは冒険エルフ。数々の秘境、迷宮を巡ってきた男である。フリュームダンジョン(ここ)もよく知っているはずである。
「ひっ久々に全力疾走しましたけど、こ、これも強くなる為な、なんですか?」
「そうだよマリサ。女の子でも容赦はしないよ」
「僕が――一番、ヤバかったよ」
「だろうね。魔術師が体力自慢なんて聞いた事ないし」
アルは完全に楽しんでいる。必死な三人を見て喜んでいるようだ。
「アル、てめぇ――次、あんなのと出くわしたらお前を放り投げてやる!」
「リヴァル。キングスボアを一刀両断出来るぐらいにならなければね。逃げている様ではまだまだだ」
「なんだと!?」
「マリサ。君はまだ光の魔力を存分に使いこなせてないな。まあ、しょうが無いか。なにせ教えてくれる人なんていないだから」
「は、はい」
「バロン。君は詠唱魔術で上級魔術は使えるんだったね。なら、これから上級魔術の時間短縮発動を教えよう」
「えっ? それは本当かい?」
「ヘレネ。君はマリサと後々指導しよう。まずはリヴァルとバロンを教える」
さすがエルフ。いや、冒険エルフといった所である。長年の冒険と魔術の経験から人間で言えばベテランの域であり、リヴァル達を指導する事も出来るのである。
ただ、出会いが最悪だったので、リヴァル達はたいして尊敬の念はない。
「アル。何であんな出会い方だったんだろうな――」
リヴァルが言った。
「何を言ったかい?」
リヴァル達がフリュームダンジョンに潜り、数時間がたった。キングズボアは撃破出来なかったが、五層まで降りたリヴァル達は水棲魔物と退治していた。キラーピラルク、ポイズンフロッグ、ヴァイスウィーゼル等を倒し、水棲魔物に効果的な電撃系魔術をバロンは考案し、アルと話し合っていた。
「雷の力。つまり〝電気〟を魔術で発動したいと?」
「そうなんだ。でも、雷というのは魔術の四大属性には存在しない系統だから再現が難しい」
バロンの言う通りで雷の力、つまり電気を発生させる魔術は人間界にはほぼ存在しない。あっても静電気程度であり、高圧の電気を放出できる魔術はないのだった。
「実は言うと古代エルフ魔術には雷を操る魔術はあったが、禁術でね」
「禁術!? 何でだい?」
「あまりに効果範囲と被害が大きくてね。人の手には負えないとして封印指定されたのさ。まあ、それと雷は神の力として信じられているから雷(いかづち)を操るのは神への冒涜という事もある」
「なるほど、確かに人間界にも雷は神の怒りとか伝えられている所もあるよ」
「もしその術を使えても、ここでは使えない。なにせ天候を操って雷を指定した場所に落とすタイプだからね。空が存在しない地下では発動しても不発さ」
電撃系の魔術は人間界において未知の領域である。エルフさえも手に余る雷の力。人間が使うのは容易ではない。
「おい、お二人さん! 今日はこれぐらいにして撤収しようぜ」
リヴァルがヘレネを背負いながら言った。時間は既に深夜。ヘレネの天使姿を誰にも見られないようにと真夜中に来た為、慣れないヘレネは疲れ切って寝てしまったのであった。
「そうだね。今日はこれぐらいにして明日の午後にはここを発とう」
「パモーレの追っ手から逃げる為ですね」
「三日もいるとさすがに奴の手下がいてもおかしくない。念のため、サスティウスを使い街を出る」
「ほほう、その魔法。どんな魔法だい?」
突然の声にリヴァル達は驚き、警戒する。マリサの光の魔力による光球で周囲を照らしているが、その声の主は見えない。
「誰だ!?」
リヴァルが叫ぶ様に言った。すると、暗闇から段々と足音が近づいて来る。すると、暗闇の中から一人のやさぐれた男が現れた。
ボサボサの頭、汚い印象の無償髭、そしてくたびれた鎧に剣を装備する男は明らかに浮浪者だ。
「浮浪者? こんなダンジョンに?」
バロンが言った。
「ほお、ガキどもがこんな真夜中で何してんだ? それとさっき――」
リヴァル達は息を吞んだ。
「パモーレとか言ったな? 奴を知っているなら教えろ!」
フリュームダンジョンの出入り口まで戻ったリヴァル達は中で出会った浮浪者と共に出て来た。
浮浪者の名はライオット。とある剣士団に属していた剣士である。今は浮浪者あるが、歴とした剣術を扱う男だ。ダンジョンにいたのは寝床と剣の腕を鈍らせない為らしく、自ら危機的場所に寝泊まりする事で危機管理能力を鍛える為と言っていたが、単に宿に泊まれない言い訳である。
「なあ、ライオットのおっさん。パモーレの事を知ってんのか?」
リヴァルが一番に問う。
「ああ。誰も信じてくれなかったけどな。俺は奴を知っている――」
そう語るライオットの顔はどこか悲壮感があった。
「もしかして・・・・・・パモーレに恨みでも?」
恐る恐るマリサは問う。
「――そうさ。奴に妻と娘を奪われたんだ!」
そう言ったライオットの顔は鬼気迫る表情だった。その顔で分かる。ライオットは奪われ、人生を狂わされたのだと。
ライオットは憎しみに満ちた顔で話を続ける。
「あれはもう十年以上前だ。とある小国の剣士団に属していた俺は妻と子の三人家族で幸せに暮らしていた。そんな時に奴が現れたのだ。パモーレ。子攫いのパモーレだ!」
そう語るライオットにリヴァル隊は黙って聞いている。
「俺の家は街の外れにあった。その日は仕事が長引き夜になってしまったが俺は普段通り家路についた。家の前までつくと違和感があった。やたら物音がしたからだ。俺は剣を抜き、家に飛び込んだ。すると、奴が――奴が、娘でーー楽しんで――」
もうそこでライオットの目は涙目で憎しみに満ちていた。
「もういいですライオットさん! 言わなくてもあの男が何をやったか、分かります」
マリサは震える声で言った。
「俺は戦った! 娘を助ける為に! だが、無理だった! 奴は強かった。そして俺は負けて、倒れると同時に妻の死が分かった。何故名なら妻の死体は天上に叩き付けられていたからだ。俺はショックと痛みで気を失った。目覚めた時にはもう朝で奴と娘の姿は無かった。俺は急いで街に行き、事の顛末を話した。だが、誰一人信じてはくれなかった。なにせ、あのパモーレだからだ」
パモーレ。巷では架空の存在とされており、誰も実在するとは思っていない。当然、ライオットの話は妄言だと決めつけられ、事件は賊の仕業として処理された。
「俺は妻を殺され気が狂い、妄言を言っていると思われた。俺は何度もパモーレ討伐を申請したが、取り合って貰えなかった。何度も申請しているうちに俺は剣士団を解任され、現場となった家には住みたくなくなった俺は家を焼き払い―ー今はこういう有様ってわけさ」
ライオットの話にリヴァル達は何も言えなくなった。あまりにも不遇で不幸な人生に誰も何も言うことは出来ない。
「頼む! パモーレの事を教えてくれ! 奴は今どこにいる!? 妻とマレーナの敵を取らせてくれ! 俺は奴に死んででも一太刀食らわしてやりたいんだ!」
ライオットはリヴァルに縋る。リヴァルは唇を噛む。
「教えてやりてぇのはやまやまなんだが、奴には勝てねぇよ。俺達は見ちまった天使を殺される所を・・・・・・」
「はぁ? 天使だと!? 嘘をつくな。天使様なんてそうそう地上に降りて来るかよ! 俺が浮浪者だからってバカにして――」
リヴァル以外の者達の反応を見てライオットはそれが真実だと悟った。
「おい・・・・・・マジかよ。天使様が殺されたのか? 奴に?」
「ライオットさん。あなたの気持ちは分かります。ですが、あなたの娘さんがそれを喜ぶと思いますか? 憎しみは闇しか生まれない。そしてあのパモーレはそれを好物にしている事でしょう。だから、もう――娘さんの敵討ちはやめ」
「うるせぇ小娘! 子供を持った事がねぇ奴が俺に説教するな!」
マリサの言葉を遮る形でライオットは叫ぶ。
「てめぇはどうやら神教の奴みえだが、教会の神父や修道女と同じ事言いやがる。何が憎しみはいけねないだ。憎んで何が悪い! 俺は奴を殺す! 絶対殺してやる! だから、俺は」
「ドルミーレ」
アルがエルフ魔法の眠らせる魔術でライオットを眠らせた。ライオットはその場に倒れた。
「アル!」
マリサが言った。
「悪いが寝てくれ。狂った奴を相手にしている暇はない」
「アル! そんな言い方ないでしょう! この人は――この人はただ憎しみに囚われているだけで」
「だから、どうする? この人にパモーレを紹介するのかい? どうみても瞬殺だ。死人を増やしてどうするんだい?」
アルの言葉に何もマリサは言い返せなかった。
「バロン。この人をあそこにに運ぶの手伝ってくれるかい?」
「えっ? ああ」
アルとバロンはライオットを道端まで運ぶ。
マリサはライオットの憎しみを理解しきれていない自分を歯がゆいと思ったのか、拳を強く握ってしまうのであった。
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