29 目覚める光

 天使カークとパモーレの戦闘から逃げ出して一時間がたっていた。リヴァル達は山の麓のとある洞窟内で雨宿りをしていた。逃げ出して数十分後、雨が降り出したのだ。


「カーク・・・・・・カーク・・・・・・カーク」


 逃げ出して以降、ヘレネはマリサに抱き抱えられたままマリサに胸に顔を埋めて何度もカークと言いながらシクシクと泣いていた。 そんなヘレネにバロンとアルはただ見守る事しか出来ず、リヴァルは少し離れた所で苛立っていた。


「クソ! 天使様に言われるがまま逃げてきたけどよ。これで良かったのかよ」


 そう言ってリヴァルは剣を抜き、振り下ろした。


「天使の指示だ。間違いはほぼない」


 アルが言った。


「どうしてそう言い切れる? 天使様だろうが間違う事はあるだろ?」


「天界の住人だぞ。我々より優れた知性と身体を持ち、人が届かぬ魔術を行使する民だ。君のような者とは違うぞ」


「――なんだと? 喧嘩売ってんのか?」


 リヴァルは口調を荒げる。


「やめてくれ。こんな時に喧嘩なんて」


 バロンが言った。


「喧嘩などしていない。リヴァルが理解していないだけだ」


「おい、もう一度言ってみろ!」


「やめて下さい!」


 そう荒げて言ったのはマリサだった。泣くヘレネをなだめながら、リヴァルとアルに険しい顔を向ける。


「これからどうするかを話し合ってください。まだ、あの男が追ってくるかもしれません」


「天使が相手だよ。この世の最高位に位置する種族だ。負けるなんて」


「それはどうかな?」


 バロンの言葉を遮る様にアルが言った。


「どういう事だよエルフ様。天使がまさか負けるとでも思ってんのか?」


 喧嘩腰なリヴァルが問う。


「――このままこの洞窟を進む。歩きながら話そう」


「おい! この洞窟の奥に行ってどうすんだよ? 自分から行き止まりにいってどうすんだ?」


「リヴァル。私は冒険エルフだ。世界中を旅してきた。もちろんここもね。この洞窟はトンネルになっていて反対側に出るようになっている。そしてその先に街があることもね」


「ト、トンネル!? 知ってんなら早く言え!」


 アルはそのまま進み。懐から杖を取り出して小さな炎魔法を使って暗い洞窟内を照らした。アルを先頭にリヴァル達は洞窟内を進み始めた。


「まず、君達に聞きたい事がある。今まで全く気づいていなかったのかい?」


 その問いにリヴァル達は意味が分からず、互いに見合わせた。


「何の話だい? 気づいていたとは?」


 バロンのその返答にアルは溜息をついて言った。


「そうか・・・・・・今の神教の人事は大した事がないようだな。マリサは良しとして、半端な者を二人も護衛に付かせるとは」


 その二人とはリヴァルとバロンだ。確かに経験豊富なアルの前ではまだ子供とも言える二人は一人前にはほど遠いだろう。

 アルのその言葉にバロンは言い返す胆力はないが、一方リヴァルは黙っていない。


「言わせておけば! いいか! 俺はなぁ」


「アル。二人は私が選んだのです!」


 リヴァルの言葉を遮る様にマリサが言った。思いがけないマリサの行動にリヴァルとバロンは目を丸くする。


「ほほう。君が」


「はい。だから、この二人は選ばれし者です」


「そうか、それでその選ばれし者は今まで奴らに全く気づかったわけだ。尾行されている事を」


 そのアルの言葉でリヴァル達はやっと気づいた。


「俺達が尾行されてただと!? いつからだ!?」


「僕も感知魔術は扱える。それなのに気づかなかったって・・・・・・」


 アルの言葉に動揺するリヴァルとバロン。そんな二人にアルは話を続ける。


「いつからされれいたかは分からないが、尾行されていたのは確かだ。バロン、君の感知魔術は人間にしては優秀な方だろうけど、完璧ではない。闇の魔術を扱う者の前では非力だ」


「その闇の魔術を扱う者とは一体何者なのですか?」


 そのマリサの問いにアルは少し間をおいて答える。


「アル?」


「――今から百年以上前だ。僕が奴らの噂を聞き始めたのは」


 アルは先が暗く見えない洞窟を進みながら

どこか思い詰めた顔で話し始めた。


「最初、奴らは旅芸人と聞いていた。子供達を笑わす道化として世界中を旅していると。だが、それは違った。奴らは旅芸人などではなかった。奴らは子供を笑わすのではない。子供を攫う者だった」


「それは百年前ぐらいの話だろ? さっきの奴はどう見ても四十ぐらいのおっさんだったぜ。明らかに若いだろ?」


「この世にはありえない事があるんだリヴァル。僕らエルフ以外に長寿の種族がいないとは言い切れない」


「つまりあのおっさんはエルフ以外の長寿の種族って事か? まさか天使じゃあるまいな?」


「いや。それはない。闇の魔力を持つ天使など聞いた事がない。そして奴の名前を私は知っている。まあ、奴自身が叫ぶ様に言っていたが・・・・・・」


 そのアルの言葉に一番に気づいたのはバロンだった。


「パモーレ? まさかあのパモーレって?」


「そうだバロン。奴は親が子に言い聞かせる時に出てくる定番で有名な道化の者。ママンパモーレ、又の名をパパンパモーレだろう」


 そのアルの言葉にリヴァル達はヘレネを除いて驚嘆した。

 ママンパモーレ又はパパンパモーレ。パモーレとは現代において親が言うことを聞かない子に言い聞かせる恐ろしき子攫いの道化の名であり、子育てでは定番の架空のキャラクターである。

 パモーレが来て攫われるぞ。東西大陸関係なく親が子に使う脅し文句としてよく知られている。


「おい! まさかあいつがあのパモーレだって言うのかよ!? ガキの頃、散々ババアから聞かされた野郎が奴だと?」


「私も親に言われました。ですが、あの男が本物だという証拠は?」


 驚きつつも、リヴァルとマリサは腑に落ちない様である。


「確かな証拠はない。だが、君達が聞いてきたパモーレとは近い身なりをしていないかったかい?」


 パモーレは絵本でも出てくる道化であり、白い顔、おかしな格好、奇天烈な言動で人をまどわかし隙あれば子を攫っていくとうキャラクターだ。確かにあの男はほぼ当てはまるが。


「パモーレのマネをしているだけでは?」


 バロンの疑問も当然であった。


「私も奴が本物のパモーレだと最初は思っていあなかった。しかし、奴はこうして目の前に現れ、我々に闇の魔力を見せてきた。とある地方ではパモーレは闇の使い手だと言う言い伝えがあるんだ。ならば奴は――」


 リヴァルとマリサは魔法には疎い。バロンは魔術師であるが、闇の魔術は禁忌の領域。知っているのはその源の名前ぐらいだ。


「まさか・・・・・・悪の根源が関わっていると?」


 悪の根源。この世界の最大の災いである。正体不明の存在で、古代から確認されているにも関わらず誰一人その正体を解明出来ぬ最悪の中の最悪と言われる程の存在である。何度か大国が討伐隊を出した事もあるが全て失敗に終わっている。ただ、分かっているのは色は漆黒で周囲に悪を振りまいているというだけ。


「ああ、あれだろ? 何かおとぎ話で出てくる悪の親玉みてぇな」


 リヴァルが適当な事を言った。


「悪の根源とは神教の古代書にも出てくる歴とした悪しき災いの事です。誰一人その正体を解明出来ず、討伐も出来ていない悪の象徴とされています。最後に公式に確認されたのは十八年前の西の大陸アグ古代神殿だったはず」


「その通りだマリサ。実は私も当時近くにいた」


 そのアルの言葉にリヴァル達は驚いた。


「さすがは冒険エルフだぜ」


「姿形はどんなだったんだいアル? 見た者は悪が増長されると聞いたが見て気分を悪くした? それと・・・・・・」


 珍しく聞いてくるバロンにアルは戸惑う。


「バロン、話が逸れているよ」


 そう言われてバロンは我に返った。


「ごめん。それで・・・・・・奴と悪の根源の関係とは?」


「奴は・・・・・・明らかに闇の魔力をその身に宿している。私の感知魔術はエルフ魔術。特に感知魔術は古代エルフ魔術に属する古い術なんだ。古いながらも人間の感知魔術より優れている。何故なら闇の魔力も感知出来るからね」


 アルの言う通り、人間が使用する魔力感知は四大属性を基本として感知するタイプが主で全く研究がなされていない闇属性に対する感知は全くないと言っていいほど感知できないのであった。

 闇の魔力は触れれば精神に害を及ぼす、少しでも関われば不幸を招く、使い手は次第に悪魔と化し人間に二度と戻れなくなる等人間界ではこういった言い伝えが各地で伝わっているためか神教の禁忌指定も相まって人間で研究した者はほぼ皆無であり、いたとしてもその名の通り時の権力や神教により闇に葬られてきた。


「闇の魔力についてエルフでも伝承がある。闇の魔力は悪の根源が授けるとね」


「と言う事は、奴は悪の根源に闇の魔力を授けられたと?」


 バロンが言った。


「伝承通りならば、奴の長寿も説明がつく。闇の魔力ならば不老不死の可能かもしれない。子供達を操るの容易いだろう・・・・・・そして」


 話ながら洞窟を進んでいくうちに、気づくと反対側の出入り口の光が見え始めていた。そしてその出入り口に一人の人影にリヴァル達は気づいた。


「・・・・・・天使様?」


 マリサがそう言った途端。ヘレネの目は見開き、マリサから離れてその天使の人影目掛けて飛んでいった。


「カーク! カーク! 無事だったんだね」


 その天使の人影とは天使。カークだった。洞窟の外は既に晴れており、陽光が雲の隙間から差していた。


「ほら見ろ! 天使がそう負けるわけねぇだろ! これでこの旅も終わりだな」


 そう言ってリヴァルも走り出した。

 だが、アルだけは一人だけそのカークの人影に違和感を抱き、目を瞑って感知魔術を強めて気づいた。


「逃げろ・・・・・・」

 

 カークの口はそう動いてた。

 アルは目を見開き叫ぶ。


「リヴァル!! ヘレネを守れぇぇぇぇ!!!!」


 最初、リヴァルはその叫びの意味が分からなかったが、それにすぐに気づいた。


 天使カークの周りの影が大きくなり、何かが風を切っている音に気づいたのだ。


「ヘレネ! 行くんじゃねぇ!」


 もう遅かった。空から落ちてきた巨大な岩によってカークもろともヘレネは巨石の落下に巻き込まれた。

 巨石の落下は凄まじく。辺りに風を吹き荒れさせて土煙が上がった。


「ヘレネェェェェ!!!!」


 あまりに残酷な光景にマリサは泣き叫ぶ。 バロンは唖然とし、アルは周囲を警戒しつつ、現場に急行する。


「おい! リヴァル! ヘレネ! 返事をしてくれ!」


 アルは土煙を風の魔術で吹き飛ばす。それと同時に剣が振るわれ、巨石が切り刻まれてバラバラとなった。


「リヴァル・・・・・・」


 巨石をバラバラにしたのはリヴァルだった。そしてその腕に抱かれているのはとても怯えているヘレネだ。それを見てアルは一安心した。


「間に合ったぜ・・・・・・ギリギリだった」


 リヴァルは魔力放出を全力で使用し、落下からヘレネを守っていた。まさに危機一髪の瀬戸際だった。


「あららら~、残念ね。天使を同時に二人ぶっ殺す偉業を達成出来なかったわね~」


 その声にリヴァル達一同は凍り付く。洞窟に入る前に聞いた声。闇の魔力を宿した怪人。

 リヴァルはそいつを睨んで言った。


「パモーレ・・・・・・てめぇはここでぶっ殺す!!」


 洞窟の出入り口で待ち構えていたのはあのパモーレだった。

 パモーレの体は所々キズと血で塗れているが、その顔は笑顔だった。とても不気味な笑顔で歯茎から血がにじみ出た歯をこれでもかと見せつけてくる。


「苦労したわ~。さすが天使! 光の魔力がとても痛かったわ。でも、やったわ! やってやったわよ! ギャハハハハ!!」


 パモーレの口調は最初から明らかに異なっていた。最初に会った時の口調に比べ明らかに女性的である。


「おい。こいつ、さっとは違う変な言葉使いしてんぞ!?」


「それはそうよ。だって、あたしには複数の人格があるんだもん!」


 そう言ってパモーレはぶりっ子ポーズをして見せた。気持ち悪い。


「複数の人格? まさか・・・・・・」


「ここはどうしましょうアル。あの男はどうやれば倒せるのでしょうか?」


「おい! また逃げんのか!? 戦うのか!?」


 アルを除いたリヴァル達は混乱していた。この世界最強の種族天使の死を目の当たりにして、一同ショックを受けていたのだ。アルも仲間の混乱には慣れていないのか、すぐに動く様子はない。

 そしてヘレネはリヴァルの腕に抱えられその中で泣いていた。カークの悲惨な死。幼い子に突きつけられた残酷な光景だった。岩と地面の隙間から流れ出る血と血塗られた羽が宙を舞う。そこにはもう白き美しい羽の姿はなかった。それを見たヘレネの目は大きく見開いた。見た途端、カークの死の場面が何度も脳内で再生されてしまう。


「いやぁぁぁあぁぁ!!!」


 それは突然だった。ヘレネの叫びにリヴァル達どころかパモーレも驚いた。

 叫び出したヘレネの体からとてつもない光が溢れ出す。光でヘレネの姿は見えない程だ。光の魔力である。ヘレネが発する光はパモーレの体を焼いていく。


「いゃあああ!!!! 何よこれ!? 私の美しい体が熱い! 痛いわぁ!!」


 その光はまさに闇をかき消す神聖な光。ヘレネの光の魔力はさらに高い次元に目覚めたようだった。






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