27 ルシファー

「ルシファー家とは天界において名門中の名門にして名家中の名家として名高い一族だ。歴代天使議長。つまり天使長を多く輩出し、何代にもわたって天界の権力を握ってきた主の次に力を持っていると言われている」


「へぇ~すげぇんだなヘレネの家って」


 ダイラート地下迷宮を後にしたリヴァル一行は森を進んでいた。時間は朝、朝食を終え、向かっているのはもちろんエルフの里だ。一行は草原地帯の道を進む。

 アルの説明にリヴァルはルシファー家の偉大さをよく分かっている様には見えない。それは仕方ない。天界の世相など下界では知るすべはないし、知っていても天界の様子はそう語られることはないからだ。


「とんでもない一族の子を助けるとは――もしかしたら君達は英雄と持てはやされるかもしれない」


「うっそ!? 本当かよそれ!?」


 リヴァルが笑顔で言った。


「ちゃんと天界に送り届けたならね。特に最初に保護したバロン。君は特に恩赦が大きいだろう」


「ぼっ僕が!?」


「当然だろう。なにせルシファー家のご子息を保護し、私の所まで連れてきた。これだけでも評価されよう」


「子供一人を保護したぐらいで大げさだよ。僕は当たり前の事をしただけさ」


「その当たり前がすばらしいのですバロン」


 マリサが笑顔で言った。


「そこまで謙遜すんなよバロン。エルフ様がそう言ってんだ。ありがたくしとけよ」


 珍しくリヴァルにも言われ、バロンは赤面しつつ言った。


「ありがとうみんな」


「そうだよ、バロンは私を助けてくれた。そして天界にも帰れるとこまで来た。凄い事だよバロン」


「ありがとうヘレネ。天使の君からも言われるとうれしいよ」


 バロンの感謝にヘレネは笑顔で答えるのであった。


「ところでよアルさんよ?」


「なんだいリヴァル?」


「そう言えばエルフの里ってここからどんぐらいかかるんだ?」


「だいたい半年だ」


 そのアルのさりげない言葉にリヴァル達は驚いた。


「は、半年?」


「半年か・・・・・・」



 思ってた以上に遠いエルフの里にリヴァルとバロンは驚愕した後、各々少し意気消沈した様な顔を見せる。

 そんなリヴァルとバロンの内心に気づいたのかヘレネが頬を膨らませた。涙目になっている。


「私との旅が嫌なの?」


「違いますよヘレネ。二人はただ思っていた以上に旅が長くなるのをガッカリしただけであってあなたを嫌いではありません」


 マリサが助け船を出す。幼い涙に二人はたじろぐ。


「ヘレネ。僕はこの旅を国に何の許可無くしている身だから、本来はあまりよろしくないんだ。だから、決してヘレネが嫌いなわけではないよ」


「本当?」


 バロンは何度も頷く。


「お、俺は、来年の剣技大会に出れねぇじゃん。ふざけんなクソがとか思ってねぇから安心しろヘレネ。俺はいい王国剣士だからよ」


「黙りなさい。何がいい王国剣士ですか? 天使様にむかってふざけんなクソがと思っていた人がよく言いますね。今度、そんな事言ったらどうしましょうか?」


 そのマリサの威圧ある言葉にリヴァルはただただ黙っていた。恐ろしくて何も言い返せない様だ。


「き、気をつけるぜ・・・・・・」


「何を?」


 もうリヴァルは何も言わなくなった。


「アハハハッ! まあ、この旅は長旅になるけど、皆で仲良くやっていこう!」


 万遍の笑みでアルが高らかに言った。そして一行の先頭を歩く。

 そしてアルはただ一人、一行を隠れて着いてくる存在にただ一人気づくのであった。











 リヴァル達が進む道のさきに一人の長身の男が待機していた。小汚い黒いマントで所々すり切れたフードを被り男は剣を携えている。


「あと・・・・・・少し」


 男はとある者の従者だった。その主はこの世界では有名人である。子育てをする大人ならば必ず子に対して口にする名である。


「パモーレ・・・・・・様」


(イワン! 準備はいいですか?)


 男の脳内に響くひょうきんな男の声。その声はクラウンパモーレの声だ。長身の男イワンとは距離が離れている為かテレパスの魔法にて通信している様だ。


「パ、パモーレ様・・・・・・行ける」


 のっそりとした話し方をするイワン。一々口にしなければならない男で端から見ると独り言を永遠に呟く奇っ怪な男しか見えない。


(全く・・・・・・その口にする癖は直した方がいいと百年前近くから言っているでしょう)


「・・・・・・無理」


 イワンは知力が低い様だ。そしてパモーレはイワンの知力の低さをどうこうするつもりはない様である。


(準備をここまでしてきたのです。失敗は許されませんよ)


「りょ・・・・・・了解」


(冒険エルフと会わせる為に冒険者を殺し、違うエルフを誘導した上、冒険エルフにも女の男に情報を流した。ここまで苦労したのは久々でした――まあ、楽しかったですけね)


 パモーレの目的。それは幼い天使ヘレネの確保と冒険エルフを含めた脅威の排除である。実はパモーレにとって冒険エルフは数十年前から少なからず因縁があり、鬱陶しい存在として忌み嫌っていた。


(だが、それも今日でお終いです! 心して掛かりなさい木偶の坊! きぃやああああああ!!!!)


 それはパモーレにとっての気合いのかけ声だ。本人は奇声のつもりではないが、端からみれば奇声の叫びでしかない。


「・・・・・・きぃやあ」


(声が小さい!)











 アルは森に差し掛かった始めた時には森の気配の違和感を抱いていた。リヴァル達一行は森の道を歩いていた。時間はもう昼に差し掛かる時間である。


(この気配の違和感が消えないな。何者かに狙われている?)


「アル」


(微かだが、見覚えのある魔力の感じは・・・・・・)


「アル!」


(奴がいるのか・・・・・・)


「アル! どうしたんだい?」


 その声でやっとアルはバロンに振り向いた。


「すまない。考え事をしていた」


 ごまかす様にアルは笑い言った。


「それにしてもかなり神妙な顔だったけど」


「ははっ! そうだったかい」


「ああ。それでアル。そろそろ昼食にしようって話なんだけど」


「ああ、そうだね。どこでする?」


「地図によるとこの先に小さな神殿遺跡がある。そこで食べようと皆言っているんだけど」


「神殿? 神殿か・・・・・・」


 アルはそういうと再び神妙な顔をした。


「何か悪い事でもあるのかい?」


「いや、いいだろう。神殿に行こう」


 この時、アルは警戒をしていた。やつ《パモーレ》が仕掛けてくるならそこだろうと感じていた。


「じゃあ、決まりだね」


 リヴァル達は神殿遺跡に向かう。森の中の開けた場所に佇むその遺跡は目立っていた。 そしてアルの警戒心は最大となり、魔力を体に込める。

 一行が開けた場所を歩き始めたその瞬間。尾行してきた者、待ち構えた者が姿を表した。


「・・・・・・こ、こんちわ」


 黒いマントに身を包んだ長身の男イワンが遺跡の反対側から現れた。そして周囲から同じマントを羽織った小さな子供達が何十人も姿を現す。


「なっなんだこいつら!」


 リヴァルは一番に剣を抜く。


「この子達は一体!?」


 マリサは突如現れた子供達に困惑する。


「警戒したほうがいい! 全員から魔力を感じる」


 バロンは魔力感知で子供達の魔力を感じ取る。現れた子供達は全員魔力を宿していた。


「ハメられた様だこれは――」


 アルは冷静に言った。

 ヘレネはマリサの背後に隠れる。


「・・・・・・さあ、死ね」


 イワンの合図で子供達は詠唱無しのファイヤーボールを放った。その攻撃は四方から放たれ逃げ道などない。


「しかたない――風よ!」


 アルの魔術が炸裂する。エルフ魔法。又はエルフ魔術はエルフ特有の魔法であり、人間の魔術に比べ短い詠唱かつ高威力を誇る。

 アルの得意属性は風。空気を操り風を支配する系統だ。アルの短い詠唱によって周囲の風はリヴァル達を中心に時計回りで吹き荒れ、ファイヤーボールを全てかき乱した。


「・・・・・・やっかい」


「すげぇ! さすがエルフだぜ」


「皆! 気を抜くな! 私でも少々この数は厳しい所だ!」


 アルの警告に皆緊張した面持ちとなぅた。それに比べイワンは無表情のままだ。


「・・・・・・このまま続けろ」


 イワンの命により子供達はファイヤーボールを連発する。アルの風の魔法はその都度もそれらを跳ね返すが、数を増した火の玉に突破を許した。だが、それをバロンが水の魔法にて相殺させる。


「へぇーやるねバロン。魔力だけでそこまでの水を生成するとは」


「エルフに褒められるとは光栄だよ」


 連続攻撃を受けているが、リヴァル達はまだ会話できるほどの余裕はある様だ。


「そこの男! もうそろそろ子供達の魔力切れだろう。やめさせろ!」


 アルは忠告する。なぜなら人間の子供の魔力量は高が知れているからだ。いくら火の属性の初期魔法であるファイヤーボールでも一日に数十放っていれば、子供の身では魔力切れにて疲労困憊となる。それを知っているアルは敵ながらも子供達の身を案じたのだ。

 しかし、その忠告は無意味だった。数名が倒れようとも子供達は攻撃を続け、何よりイワンは何も言わない。


「おい! 聞いているのか!?」


 アルの叫びは聞こえているはずだ。だが、イワンは何もしない。


「・・・・・・黙れ」


 イワンはただそれだけを呟き、そして子供達は倒れる数が増えても構わずに火の玉を放ち続けていく。


「一体この子達はどうしてここまで!?」



 マリサの言葉通り、子供達は不気味であった。誰一人言葉を発せず、ただただ魔術を行使するのみ。まるで人形であり、意思を感じさせない。


「この子達は・・・・・・」


 アルは険しい顔を見せる。


「操れている・・・・・・もしかして洗脳?」


 バロンの口から発せられた言葉。洗脳。この世界においては理論上魔法にて可能とされている。研究はさほど進んでおらず、何より神教から道徳的問題から禁止項目の魔法に指名されている。並の人間なら畏怖し手を出さない。


「もしかして奴らは・・・・・・」


 アルのその言葉にリヴァル達は意味が分からなかった。子供達ばかりの謎の集団。この特徴的な集団ならば噂程度で巷に情報がありそうであるが、聞いた事がない。



「おい! さすがにいつまでも炎を食らっているわけにはいかねぇぞ!」


 リヴァルが剣で火球を斬り消しながら叫んだ。


「仕方ない・・・・・・子供相手だが!」


 アルがそう懐から短剣を取り出した時。天空から一筋の光が一行を照らした。それはまさしく天の光。リヴァル達は驚き、空を見上げる。


「なんだ・・・・・・?」


 リヴァルが呟く。


「下界の者どもよ。そこまでにして貰うか?」


 その声は光の中から聞こえてきた。男の声で透き通る声。聞いた事がない美声である。


「カーク!」


 ヘレネが喜び声を上げた。

 そしてそのカークと呼ばれる天使により光の槍が子供達と長身の男イワンを襲う。光の槍はその身を貫き、体の動きを止める。体を貫くが、出血はしない。


「な・・・・・・なんだと・・・・・・?」


 イワンは身動きが出来ず、困惑した様だ。

 リヴァル達の真上を飛ぶ天使は青い髪で天使特有の端正な顔立ちの男の天使であった。白い衣を身に纏い、光に包まれ降りてくる様はまさに天使そのものであった。


「やっと見つける事が出来ました――ヘレネ様!」






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