19 出会い

 イーセの朝。同室に泊まっていたリヴァル、バロンは先にバロンが起きていた。

 すぐ隣のベットで寝ているリヴァルの寝相はお世辞にも良いとはいえず、イメージ通りなバロンは笑った。


「おいリヴァル。起きるんだ」


 片足をベッドから出し、腹を出して寝ているリヴァルをバロンは起こした。


「ふぇ? もう、昼か?」


「何を寝ぼけているんだ? 朝だよ」


「バロン、起きた!?」


 その声にバロンは振り向く。すると、ドアを開けて走り入ってきたヘレネがそこにいた。天使の翼をそのままに隣の部屋から来たのだ。


「おいおいヘレネ。翼は隠さないと!」


 地上に天使がいる。その事実が民衆に知られれば騒動になるのだ。そんな事は私には関係ないと言わんばかりにヘレネは堂々と翼を見せていた。


「ええ? 一々マントで隠すの面倒だよ」


「それだから人に狙われるんだぞ? 誘拐されたのを忘れたのかい?」


「はいはい。分かってる分かってる」


「すいませんバロン」


 その声はマリサだ。ドアの向こうからバロン達を見ていた。


「いや、大丈夫だろう。すぐ隣の部屋だし」


 隣部屋ならば移動距離は短い、人目はほとんどない。


「ですね。でも、これからは気をつけなれば」


 お転婆天使の世話は思っていた以上に大変だと思ったのか、マリサは困った表情を見せる。


「こちらこそ、すまない。この子には王都につくまでよく言い聞かせてきたつもりだったんが、本当、皆と旅ができて浮かれているみたいだ」


「何で天使がいるんだよ? ここは天国か?」


 まだ寝ぼけているリヴァルの一言に一同は笑うののであった。











 宿の食堂にて、リヴァル達は朝食を食べていた。寝ぼけていたリヴァルもまだ眠そうである。


「それで昨夜の事なんだが」


 食べながらバロンが口を開いた。


「冒険エルフについて有益は情報は無かったぜ」


 リヴァルが言った。そもそも冒険エルフは冒険者同士の噂程度の話であり、実在するという確証はない。王国最大の商業都市であり、国内の情報が集まりやすいこの街でさえその手がかりを掴むのは難しいのであった。


「やはりこの旅は一筋縄では行きませんね」


「いくら東の大陸にいるからってこの大陸のでかさはあの予言者様は分かってんのかね」


 幸先が悪い事にリヴァルは言う。


「こらリヴァル! テム様の悪口は言わないでください」


「へいへい」


「それと・・・・・・昨夜、怪しい男と出会ったたんだ」


 バロンが言う。


「怪しい男?」


「明らかにこちらの事情を知っている素振りだったぜ。薄気味わりぃおっさんだった」


 リヴァルが言った。


「--人の心を読む魔術の使い手でしょうか? だとしたらここに長居するのは危険でしょうか」


「情報屋だと言っていたが、どうだが・・・・・・そもそもこの街イーセは商業都市で賑わっているが、犯罪組織も根城にしているとも聞いた。あまりここにいるのは良くないだろう」


 昨夜の情報収集でイーセの悪しき所も知ったバロンはこの街に不信感を抱いている様だ。


「今日の午後にはここを立つか? 俺も長居するのはよくねぇかなとは思ってきたぜ」


 リヴァルも同じ考えである様だ。その一方、昨夜は待っていたヘレネは不機嫌な顔をした。


「ええ!? もう、この街出て行くの!? もっと色々見たいよ!」


 そんなヘレネにバロンは溜息をついた。


「いい加減にするんだ。わがままも大概にしてくれ。この街には悪い奴らも多い。そんな奴らに目をつけられたらどうするんだ? そもそも天使だという自覚は・・・・・・」


 バロンの言葉はそこで止まる。なぜなら、ヘレネが泣き出してしまったからだ。


「--バロン嫌い! どっか行っちゃえ!」


 そう言ってヘレネは部屋から飛び出していった。それをすかさずマリサが追う。


「待ってくださいヘレネ!」


 そして部屋に取り残されたリヴァルとバロン。バロンはしまったという顔を見せる。


「ちょっと言い過ぎたかもな」


「二人だけで旅している時はあんなわがままほとんど言わなかったのに・・・・・・」


「本当、俺達がいて嬉しいみたいだな。安心してんだろ。もし何かがあっても俺達がどうにかしてくれるとか思ってんだろ」


「それじゃ迷惑だろう。そんな事も分からないのか?」


「子供なんてそんなもんだろバロン」


 その言葉にバロンは何かに気づいた様子だった。

「さてと、朝飯でも食いに行こうぜ」


「悪いんだが、マリサとヘレネを探してくる」


「マリサがいるから大丈夫だって。あいつは王都にいた時から子供達のお世話とかしてっからよ」


 神教は捨て子や浮浪児を保護する活動をしており、保護施設を経営している。その為、マリサは施設で世話の手伝いも行い、リヴァルとバロンよりは子供の世話には慣れていた。


「だからって僕が泣かせたし、やっぱり探してくるよ」


「はぁ・・・・・・しゃあねぇな。俺も行くぜ」


 身支度を整えた二人は部屋を出て行くのであった。












 宿から出て少し行った路地の通路でマリサとヘレネの二人はいた。白い翼が目立たない様にヘレネにマントを羽織らせた。ヘレネはその場に座り込んでいた。


「ヘレネ。二人の所に戻って朝食にしましょう」


 優しい声で語りかけるマリサにヘレネは声を荒げて答える。


「うっさい! 三人で食べればいいでしょ?」


「三人より四人です。食事は大勢で食べるのがいいんですよ」


「そんな事ない。誰と食べようと一緒だよ」


 天界にいた頃のヘレネはほとんど一人で食事をしていた。正確には周りに大勢の使用人に囲まれながらの食事であるが、両親と一緒に食事をする事は年に数回のみ、両親共々忙しい身の上の為、日常で一緒に食事をした記憶はないのだ。


「もしかして? 家族と食事をした事がないのですか?」


「あるよ。でも・・・・・・特別な時だけ、しかも、人前だからきちんとしなさいとしか言われない」


 そのヘレネの言葉でマリサはこの子が天使でも高い身分の子であると理解した。そんな子が下界に落ちてきたのは前代未聞であるとマリサは改めて思うのであった。


「ここにいたのか!」


 その声に二人は振り向く。すると、そこにはバロンとその背後にリヴァルがいた。


「飯にしようぜ。お二人さん!」


 気さくな様子でリヴァルが言った。それに対し、ヘレネはそっぽを向く。


「--ヘレネ、悪いかったよ。すまない」


 バロンが謝るが、ヘレネはそっぽを向いたままだ。


「べっ別に怒ってないもん。何で謝るの?」


「そっか! じゃあ、行こうぜ」


 リヴァルはそう言うと、ヘレネを抱き上げた。


「ちょっとリヴァル! 天使様に何てことを!?」


「おい、リヴァル!?」


 マリサとバロンはたじろく。そんな二人を尻目にリヴァルはお姫様抱っこでヘレネを宿へと運ぶ。


「おい! こら! 私を抱っこしないでよ!」


「俺は腹が減っているんだ。こんな所で座ってないでパン食べに行こうぜ」


 強引なリヴァルに、バロンは驚いているが、マリサはやれやれと言った顔をする。


「もう、リヴァルは--」


「わっ私は別にお腹すいてないよ!」


 その台詞を言った途端、ヘレネのお腹が鳴った。


「ははっ! お腹は正直だな」


 赤面するヘレネ。今にも泣きそうだ。


「おい、リヴァル。また、泣くぞ」


 そのバロンの言葉でリヴァルはヘレネをその場に下ろしてた。


「なあヘレネ。俺達がいて楽しいのは分かる」


 リヴァルの言葉をヘレネは黙って聞く。


「楽しいのはいいが、お前は天使だ。この地上では珍しい存在。だから、悪い奴に狙われるかもしれねぇ」


「そっ・・・・・・そんな事分かってるよ。でも! 私、私初めてなんだもん!」


「初めて?」


「そう、友達だけでこういう事するの!」


「こういう事? 旅とか冒険みたいな事か?」


「うん。天界にいた頃はいつも大人の使用人が周りにいた。どこに行ってもね。だから、友達だけで遊んだりしたり、冒険なんて無かった」


「なるほど。ヘレネはお嬢様なんだな!」


「お嬢様? よく分かんないけど、お父様は偉い人かな」


 そのヘレネの言葉にリヴァル、バロン、マリサは顔を見合わせた。


「そっか! なら、今が楽しいのも分かるぜ! 俺がヘレネのぐらいの頃は野原駆けずり回ってたぜ!」


「そうなの!? どんな事したの?」


「おっと! それが聞きたいならこのままご飯にしようぜ! 一緒にご飯食べてくれるなら話してやるよ!」


 そのリヴァルの言葉にヘレネは頬を膨らませた。


「ずるい!」


「へへっ! 何の事かな?」


 とぼけるリヴァルにヘレネは渋々といった感じで言った。


「しょうがないな・・・・・・しょうがないから皆でご飯にしよ」


「そうこなくっちゃお嬢様」


 二人の会話を後ろで聞いていたマリサとバロンは自然と笑顔を見せる。


「何だ・・・・・・リヴァルも子供の相手得意じゃないか」


「リヴァルも?」


「ああ。リヴァルは君は子供の世話には慣れていると言っていたからね」


「私はそんな・・・・・・ただリヴァルは思考が子供レベルだからですよ」


 リヴァルには毒舌なマリサにバロンは苦笑いする。


「そうなのか・・・・・・」











 朝食を終えた四人は話し合いの末、商業都市イーセを立つ事にした。王国において一番情報が集まりやすい街ではあるが、天使を連れて歩いては好ましくない場所である事も分かったからだ。

 四人は午前中までは街に留まり、午後から隣国リグイット国に向かう事とした。

 四人は情報収集としてギルドに向かっていた。イーセは今日も人々が行き交い、賑わっていいる。


「昨夜も行ってきたけどよ。有益な情報は期待しないほうがいいぜ」


 四人の先頭を歩くリヴァルが言った。


「なにせ冒険エルフ。巷では有名な話だけど、いざ、探すとなるとどれもこれも信頼性に欠ける話ばかりでね。一筋縄ではいかないよ」


 昨夜ギルドに行ったリヴァルとバロンの二人は、冒険エルフの情報の多さに意気消沈気味だった。なにせ軽く百以上はあったからだ。そしてどもれ眉唾物ばかりで、その中から信頼性の高い情報を洗い出すのは容易ではない。


「冒険エルフは湖の畔に住んでいるとか、冒険エルフは女好きだとか、冒険エルフは死なないとか、どっかで聞いた事ある話もあったし、その中に確かな情報があるのかさえ分かんねぇよ」


 リヴァルは愚痴をこぼす様に話した。


「たっ確かに冒険エルフの話は昔からあります。村にいた頃から聞いた話もあります。それでも、ヘレネの為に探すしかありません」


 士気が低い二人を鼓舞するマリサ。だが、リヴァルは溜息をして言った。


「予言者様ももうちょっと情報さえくれればよう・・・・・・」


 その時だった。人混みの向こうから「スリだ!」という叫び声が聞こえてきた。イーセは人が集う街。当然、犯罪発生率は高い。昨日からこういった叫び声は四人は聞いていた。


「捕まえてくれ!」


 続けて同じ声の叫び声が聞こえてきた。すると人混みをかき分けて犯人の男が四人の前に走り出てきた。

 バロンは咄嗟に捕まえようとするが、それをリヴァルが止めた。


「俺に任せろ」


 呟く様に言うと、リヴァルは剣に手をかけ、抜くような動作を見せた。 

 それに気づいた犯人の男はリヴァルを避けようとするが、遅かった。

 リヴァルは自身の固有能力と言える魔力放出にて、瞬時に犯人の男の間合いを詰め、腹部を強く殴った。当然、男は怯み、その場に尻餅をついた。


「ぐはぁ」


 男は強い痛みに動きを止めた。それを見ていた周りの人々は歓声を上げた。


「すごーい!」


 歓声の中でもヘレネの声が大きく、目立った。


「ふん! 盗人なんぞこんなもんよ!」


 したり顔を見せるリヴァル。だが、マリサは困った顔を見せた。


「ちょっとリヴァル。あまり目立つ様な事は・・・・・・」


 神教としては善行として褒めるべきだが、天使様を連れている身。あまり目立ちたくはない。


「いいだろこんぐらい。大体ヘレネ喜んでるし」


「すいません!」


 その声にリヴァル一同は振り向いた。そこにいたのは若い男。帽子を被り、優しい笑顔をリヴァル達に向けた。


「ありがとうございます。スリを止めてくれて」


 リヴァルはスリの男を押さえ込む。


「王国剣士なんでね。これぐらいは当然よ」


「王国剣士? 君が?」


「まあな。俺は王都でも有名なあの」


「はいリヴァル! さっさとその泥棒さんを衛兵さんに引き渡しましょう」


 会話を遮る様にマリサが二人の間に立った。


「おいマリサ。何、すんだよ」


「いいですか? 私達は目立つ事を控えるべきなんです。ヘレネがいるんですよ」


「大丈夫だろ? これぐらいで」


 リヴァルの危機感の薄さにマリサは溜息をついた。


「財布とはこれですね?」


 バロンがスリ犯の懐から財布を若い男に渡した。


「ありがとう。どうやら君達は旅人みたいだね」


「はい。王都から来ました。僕はバロン。この子はヘレネ」


 バロンが当たり前の様に自己紹介を始めた事にマリサは動揺する。


「ちょ、ちょっとバロン」


「随分と美しい女の子だね。金髪碧眼とはまるで天使の様だ」


 凝視する男の視線にヘレネは恥ずかしいのか、バロンの背後に隠れた。


「ははっ、これは失礼お嬢さん。とても可愛いのでつい見とれてしまいました」


 笑う男にバロンは愛想笑いをした。


「王国剣士はリヴァル。そして白い礼装の子は神教徒のマリサです」


「これは失礼しました。私はイーセ商会のマルクです」


 若い男マルクは自己紹介した。どうやら怪しい人物ではない様だ。


「どうやら民間的な方々ではない様ですね。公的な様で」


「さすが商人の方だ。その通りです」


「なるほど。何か事情がある様だ。もし良ければ礼をかねて何かしたい。良ければ話してくれませんか?」


 マリサが不安そうな顔でバロンを見つめる。


「昨夜も訪ねた何人かに笑われたのですが、冒険エルフはご存知ですか?」


 バロンの問いにマルクは頷き、言った。


「ええ、知ってます。昔からある都市伝説の類ですね」


「私達はその冒険エルフを探しているのです。理由は話せませんが、どうしても冒険エルフに会わなければいけないのです」


「冒険エルフを探している奴がいると昨夜聞きましたが、あなた達だったのですね」


「ははっ、その通りで。冒険エルフを探すのなどやはり笑い話でしょうね」


 そのバロンの言葉をマルクは手を出して、遮った。


「いえ。私は冒険エルフの話は笑いませんよ。何故なら私は幼き頃、彼に会いましたから」


 そのマルクのリヴァル達一同は驚嘆した。


「おい、マジかよ!? あんた、冒険エルフに会ったって?」


 興奮気味にリヴァルがマルクに言い寄る。それをマリサが静止した。


「ええ、本当です。とは言ってもこれを話してここまで食いつくのはあなた達が初めてですが・・・・・・」


 寄るリヴァルに困惑しつつ、マルクは言った。


「本当ですか?」


 バロンが真剣な目でマルクに問う。それに気づいたマルクは言った。


「私も神教の一信徒だ。神教の彼女の目の前で誓います。嘘はつきません」


 両手を合わせ、マルクはマリサに祈りを捧げた。それに対し、マリサは祈りで返した。


「ありがとうマルクさん。私もあなたを信じます」


 こうしてリヴァル一同はスリ犯をイーセの衛兵に送り届けた後、イーセ最大の施設イーセ商会館に向かい、そこの応接室でマルクからその出会った当時の話を聞く事となった。


「では、お座りください」


 応接間で先に座っていたマルクに四人は同じくソファに座る様に促されて四人は座った。


「この話をするのは久々です。これを話して喜ぶのは小さな子供達ばかりで、大人達は信じないですね」


「私は信じるよ」


 早速、子供のヘレネが言った。それに対し、マルクは笑顔で言った。


「ありがとうお嬢さん」


 マルクの向かいに座るリヴァル達。マリサが言った。


「では、お聞かせくださいマルクさん。あなたが出会った冒険エルフの事を--」






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