17 旅のはじまり
季節は春。王都アヴァニアのアルドア大聖堂の応接間にて密かに表彰式が行われていた。それはバロンの功績を称える式である。
予言者テムに会った翌日の午前。リヴァル、マリサ、バロン、ヘレネは集められ、マークスと聖者マルロ立ち会いのもと式は行われた。
「おめでとうバロン」
勲章を胸に飾ったバロンにヘレネが言った。
「ありがとう」
「では、表彰も終えた事ですので、マリサ。あなた達はまず、冒険エルフを探しなさい」
テムが言った。
「冒険エルフですか?」
「聞いた事があります。ここに来る途中の村や町で噂程度ですけど。エルフでありながら人間界にいると」
バロンが言った。
「俺も冒険エルフは聞いた事あるぜ。とは言っても引きこもり種族のエルフが世界中旅しているとか信じられないけどな」
リヴァルの言うとおりでエルフは天使族と同じく高潔で高貴な種族で、滅多に人間の前に姿を現さない事で知られる。天使族程ではないとはいえ、人生で一度会えば幸運と言われている。一説によればエルフ達がいる里は強力な魔術結界にて隠蔽されており、人間には見つけられないと考えられている。
「この世の中、絶対はない。その幼き天使様を見て言えるでしょう」
「まあ、そう言えるかも知れないけどテム様よ。その冒険エルフ様ってのはどこにいんだよ?」
リヴァルが問いただす。
「今はこの東の大陸にいます。そもそもエルフの里自体東の大陸のどこかにあるのです」
「そのどこかが分かれば苦労しないぜ」
リヴァルは嫌味を感じさせる。
「こらリヴァル! テム様に失礼な態度は怒りますよ」
マリサが言った。
「へいへい」
「なるほど。その冒険エルフに会い、天使族との仲介役をお願いするのですね?」
バロンが言った。
「その通りですバロン。天使とエルフは古代から親交を持つ仲と言われいます。天界に直接連絡できない以上、地上に住むエルフ族に頼るしかありません」
「わかりましたテム様。私達はこの大陸で必ずエルフを見つけ出し、彼女を天界に帰します」
その日の午後。王都正門にて旅の準備を終えたリヴァル一同は集まっていた。そう、出発の時である。見送りにはマークスと聖者マルロが来ていた。
「マリサ。どうか体に気をつけて。そして必ずこの天使様を天界にお送りしてくれ」
「はいマルロ様。私に与えれたの役目。必ず果たしてみせます」
「お前は正直この中で一番トラブルを招きそうで不安だが、その剣術の才能で天使様に尽くせよバカ弟子」
「言われなくてもちゃんと送り届けてやるぜ師匠。そして帰ってきた暁にはもうバカ弟子とは言わせねぇからな!」
四人は出発した。天気は快晴。マリサとヘレネは見送りの二人が見えなくなるまで手を振った。
四人がまず向かうのは王都の隣街である商業都市イーセである。
「とりあえずイーセに向かうんだろマリサ」
リヴァルが言った。
「はい。ここから半日で着くイーセで冒険エルフの情報収集します」
「イーセという街はどういう所なんだい?」
バロンが聞いた。
「商業の盛んな街だ。王都よりは小さい街だが、賑わってるぜ。俺も何度か魔物退治で師匠と行った事ある」
「そうか。商売の街なんだね」
「私! 買い物したい!」
ヘレネが笑顔で言った。
「資金は教会から支給されてますが、ムダ遣いはできません。悪いですけどヘレネ。買い物は我慢です」
「ええー・・・・・・わかった」
不服そうな顔でヘレネは答えた。
「僕達がいるからっといって、わがままは言わない事。君は天使なんだからまた誘拐されるかもしれないんだ」
「バロンもいるし、リヴァルだってマリサもいるんだから平気だよ」
この中で一番若く幼いヘレネはまだ十歳の女の子。遊び盛りの年頃だ。しかも、滅多に来ることがない地上での旅は幼い冒険心をくすぐるのには十分な様だ。
「バロンの言う通りです。ヘレネは勝手に行動しない事。約束ですよ」
そう言ってマリサは右手の小指をヘレネの前に差し出した。
「――何それ?」
差し出された小指の意味が分からずヘレネは首を傾げた。
「そうか。天使の風習にこれはないのですね。これは指切りといってこの大陸の風習で約束する時にするおまじないです」
「へぇ・・・・・・人間族って面白い事するんだね」
「僕も初めて見たよ。ガランの方にはない風習だ」
バロンも興味がある様だ。
「ははっ。でも、それって結構野蛮だぜ。なんせ破ったら針千本飲むんだからな」
リヴァルが笑いながら言った。
「ええっ!? 針千本飲んだら死んじゃうよ」
「確かにアルドアの風習にしては野蛮だね」
ヘレネとバロンは少々驚いた様子だ。
「じっ実際に針千本飲ませる事はしませんよ。ただ、それだけ約束を守る事は大事だという事を教えるためのものだと聞いています」
「確かに約束は守る事は大事だね。よし、僕もやってみるよ。どうやるんだい?」
「はい。まず、相手も小指だけ出して、互いに小指を掛け合い。こう唱えます」
ヘレネと小指をかけたマリサは唱えた。
「指切拳万、嘘ついたら針千本飲ます。指切った」
「うえぇ! 約束しちゃった! これで約束破ったら私に針を千本飲ませるんだねマリサ!?」
「だから、飲ませません。これは脅し文句みたいもので」
「ええい! じれったいな! 俺が今思いついたやり方でするぞ!」
そう言ったのはリヴァルだ。リヴァルは全員に小指を出させた。
そして小指の先端を四人でくっつけた。
「これは指切りなんでしょうか?」
「細かい事は気にすんなマリサ。ようは指を合わせりゃいいだろ?」
「まあ、これもこれでいいかもしれませんね」
「だろ!? これ、もしかしたら将来流行るかもしれねぇぞ!」
やたらニヤニヤしているリヴァルにマリサは悪い予感を感じた。
「指切拳万、嘘ついたら鼻糞千個」
それを言い切る前にマリサの拳がリヴァルの腹部にクリーンヒットしたのであった。
商業都市イーセ。商業賑わうその街の片隅でとある男が暗い路地へと入った。その男はしばらく歩き、とある建物へと入った。するとそこにはもう一人、男が部屋の真ん中で立っていた。
その男は奇妙な外見で、顔は白く、長髪をオールバックにした男は入ってきた男を見るなりニヤリと笑った。
「パモーーーーレ!」
突然の奇妙奇天烈な叫びとその動きに入ってきた男は驚き、動揺した。
「あっあんたがあのパモーレかい?」
部屋に入ってきた男が聞いた。その問いにパモーレと呼ばれる男は笑いながら答えた。
「いかにも! 私があのママン・パモーレです!」
歯茎を見せつけてくるその笑顔に入ってきた男は不気味さを覚える。
「へぇ・・・・・・あんたがねぇ--それで仕事の頼みたいんだが?」
「ほほう!? それでどんな仕事ですかな!?」
急に近づいて来たパモーレに男は後ずさりした。
「ひっ! そ、そのとある子供を誘拐してほしい」
「子供!? 子供ですとな!? この私に子供を誘拐させる気とは--素晴らしい!!!!」
パモーレは踊りながら答えた。そして万遍の笑みで答える。
「私・・・・・・子供がだ・い・す・きです!!!!」
パモーレの告白に男は苦笑いで答えた。
「そ、そうか。それでその子供なんだが、これに詳しく書いてある。この紙に書いてある日時にここに連れてきてくれないか?」
男はそう言って一枚の紙を手渡した。
「ほほう! これまた上級階級のお子ちゃまだ! 男の子だな! よーし! 色々一緒に遊んじゃうぞ!」
「そ、そうだな。子供も喜ぶかもな。でも、ちゃんと誘拐してきてくれよ。報酬は前金でこれだ」
男は金貨が詰まった袋を渡した。
「成功したら、これの倍を出す。いい条件だろ? 仕事・・・・・・引き受けてくれるか?」
その男の問いにパモーレは顔を近づけて、ニヤリと笑い言った。
「おっけぃ!!」
「きっ聞いた通りの男のだなあんた」
男は立ちず去りながら言った。そして逃げるように部屋を出て行った。
「相変わらず、きしょい動きあんた」
「これはセルティナ! お久しぶりですね」
パモーレの前に現れたのは、黒く薄いドレスを身に纏った肉欲的な体を持つ佳人だった。長く薄紫色の髪を靡かせて、歩く姿も色気を感じさせる。
「そちらこそ、相変わらず素晴らしい体だ・・・・・・」
パモーレはそう言って舌なめずりをしてみえた。
「やめて。私はあんたの範囲外でしょう。18年ぶりっていうのに本当何も変わらないのね。気持ち悪いわ」
「当たり前でしょう。我々はそういう者ですから」
「--まあね。それで、18年前の聖人降臨以来の脅威がこの街に来るって事かしら」
「私達がここに導かれたという事はそういう事でしょう。ヒヒッ! 心臓が高鳴りますね!」
「私は嫌だわ。今回もあんたが先方って事でいいかしら?」
「いいですよ! 仕事ついでに片付けてあげましょうか」
「前回の様に私にまで手こずらせないでね」
「はーい。わかっておりますとも」
パモーレはそう言うと部屋に奥へと消えていった。
時は夕暮れ。アルドア王国の一都市にして商業都市イーセにリヴァル達一行はたどり着いた。
広大な平野にあるイーセは東西南北に大きな街道と繋がっており、さらには関所がないため人や物の往来が多く賑わっている。しかし、その分、治安は王都に比べると悪い。
「なあ、マリサ。そういえば泊まるとことかどうすんだよ?」
正門を抜けた後、リヴァルが尋ねた。
「神教紋章をマルロ様から渡されています。教会ならば、これを見せるだけで泊まれます」
神教は東の大陸各地に支部があり、大きな町には必ずと言っていいほど教会が建てられていた。そして神教紋章は神教のエンブレムを象ったペンダントは純金で作らており、選ばれた信徒にしか渡されない代物である。
「すげぇ。金じゃねぇか!」
マリサは懐から神教紋章を見せた。滅多にお目にかからない金にリヴァルは興奮気味だ。
「これを見せればイーセ教会には泊まれますが、ここはあえて宿に泊まりしょう」
「冒険エルフの情報収集だね」
バロンが言った。
「そうです。これからは少しでもエルフについて情報を集めて、旅をしなくてはなりません」
「まあ、そうなるよな。分かったぜマリサ。お前達二人は宿で待ってろ。情報収集は俺達がやるぜ」
リヴァルがバロンを見ながら言った。
「ですが・・・・・・人手は多い方が」
「バカ言え。ここはイーセ。商業賑わう街ではあるが、やべぇ所だ。なにせ犯罪組織の巣窟とかそういう噂もあるしな」
「そうなのかリヴァル。だったらなのさらこれからの夜は出てこない方がいいだろう。マリサ。ヘレネを頼むよ」
治安が悪いならば、当然である。マリサは少し黙った後、言った。
「わかりました。私達は部屋で待っていましょうヘレネ」
マリサの問いにヘレネは反応しない。
「ヘレネ?」
「うわぁ! お店がいっぱい!」
ヘレネが大きな声で言った。まさにその通りで正門からの大通りには出店が奥まで続いているのだ。そしてなにより人の数である。夕暮れの夕飯時は王都でも見られない程の人が来るとも言われており、その言葉通り、数え切れない人々が四人の周りを行き交っていた。
「確かに、こんな数の人は私、初めて見ます」
「前来た時より、何か多くなってる感じだな」
よく見ると獣人もちらほら見えた。アルドアは基本的に人間国家であるが、獣人族もおり、人間との交流は盛んである
「あの人、初めて見るタイプの獣人だよバロン!」
「そうだねヘレネ。見たことが無いな。犬? 狼かな」
「おい。二人とも珍しいとは分かるが、さっさと宿を探すぞ。こんだけ人がいるともしかしたら泊まれねぇかもしれねぇからな」
「分かった。いくよヘレネ」
バロンはヘレネの手を取り、歩き出す。
一方、ヘレネは初めて見る多数の群衆に好奇心の目を輝かせていた。
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